システム構築/プロジェクトマネジメント システム構築/プロジェクトマネジメント記事一覧へ

[ユーザー事例]

危機迫る基礎自治体の情報システム、埼玉県町村会がシステム共同化で克服へ

2014年11月11日(火)田口 潤(IT Leaders編集部)

共通点が多いはずなのに、なかなか進まない自治体システムの共同化。危機感を募らせた町村レベルの自治体の中には、難題に挑み成功するケースも出てきている。本稿では、埼玉県町村会の取り組みを紹介する。2014年10月16日に開催されたシステムイニシアティブ協会(SIA、現BSIA)の第42回研究会で発表されたものだ。

 日本全体で1700余りある基礎的地方自治体、中でも小規模な町や村といった自治体の情報システムに危機が迫っている。人口減少などに起因するIT予算縮小の一方で、毎年のように法改正に伴うシステム改修が必要なのだ。専任のIT要員を置けない実情がそれに追い打ちをかける。問題は町や村といった自治体だけではない。規模が小さくIT予算が十分でない市レベルの自治体も少なくない。

 危機をどう克服すればいいか。有力な策の1つが情報システム共同化である(図1)。基礎的自治体の情報システムは多少の違いはあっても根本は共通。インフラや業務システム、およびその運用を共同で行えば、個別にやるより効率が良くなるのは自明だ。ところが理屈はそうでも、いざ実施しようとすると一筋縄ではいかない。共同化の成功例がまだ数例しかないことが、難しさを示している。

図1 町村が抱える課題
拡大画像表示

 では成功した自治体はどうやったのか? システムイニシアティブ協会(SIA、現BSIA)が2014年10月に実施した定例勉強会において、成功例の中でも最大規模の共同化を推進している埼玉県町村会・情報システム共同化推進室の市瀬英夫氏が、その実際とポイントを語った。自治体だけではなく、中小企業の情報化にも通じる内容だ。以下、市瀬氏の話を紐解いてみよう。

【背景】増えるシステム改修と減るIT予算

 まず町村自治体における情報システムの概要から。市瀬氏によると大きく2系統ある。1つが基幹系で、住民基本台帳、税務、国保、介護など保険関係といった住民サービスに関わるもの。自治体の“本業”を支えるシステムだ。もう1つが情報系。自治体組織の財務会計、人事給与、グループウェアなど役所関連である。財務会計を情報系と呼ぶのは違和感があるが、民間企業とは異なるという。

 「基幹系は、言わば住民の人生管理システムです。生まれたときに登録し、仕事に就けば税金や保険のシステムが関係するんです。ですから基幹系にはセキュアで間違いのない処理、あるいは大量一括処理が求められます」(市瀬氏、以下同)。自治体のIT予算は予算全体の1~3%程度だという。特別予算を組んで、基幹系を全面刷新することはまれで、予算の範囲内での部分改修がメインだ。

 問題の1つは町村レベルの基礎自治体の場合、IT専任の担当者を置けないこと。市と町村の違いは主に人口で、5万人を超えると市になる(合併に関する特例の適用時は3万人)。言い換えれば町は3万人未満、村は県によって異なるが1万5000人未満。「自治体の職員数はおおむね人口の1%。2万人の町の場合は200人ですから、ITの専門家は置くのは困難です。人事異動もあるので兼務が普通です」。

 一方で毎年のようにある法改正に対応しなければならない。介護保険や住基ネット、後期高齢者制度などのほか、住民基本台帳への外国人の登録もあり、これからはマイナンバー制度対応がある。「ベンダーに対応を依頼すると、例えば“介護保険一式 ウン百万円”といった見積り。議会を通すための文書作りだけでも大変です」。税収減のため、IT予算は毎年5%減という自治体も少なくないというから、事態は深刻である。

 市瀬氏が共同化を担当した、埼玉県の町村はその典型例だった。図2に示すように、埼玉といっても中西部のエリアの自治体が中心。交通の便や産業基盤が、政令指定都市のさいたま市とはまったく異なる。今回、共同化に参加したのは18団体で、人口は合計35万人。単純計算で1団体当たり2万人弱だ。そんな中、北海道や神奈川県でシステム共同化の動きや成功例が出てきた。「平成22年頃、なぜほかができて埼玉ではできないのかという声が上がり始めます。クラウドコンピューティングが普及する話もありましたし、通信回線の費用も安くなり、外部環境が整ってきました」。

図2 共同化に踏み切った自治体
拡大画像表示

 もう一つ、特定ベンダーへの依存から脱却するための費用に関して、ある種の相場観が醸成され、共同化の議論がしやすくなったという。「共同化=システム移行ですが、何を移行するのかというと住民のデータです。しかし自治体はデータ構造を把握しておらず、ベンダー任せ。いざ移行しようとすると億の単位の作業費用が発生していました。DBを押さえられていると本当にどうしようもありません」。

 実際にデータを整備するには相当額の必要がかかるのは間違いないにせよ、いわゆる“ベンダーロックイン”というものの1つだ。移行後のシステム構築費用や運用費用とは別に億単位の費用が発生するとなると、塩漬けするしかない。それが「最近になって2万人の自治体で5000万円といった相場が生まれ、格段に議論がしやすくなりました」。ここに国や県、旧・地方自治情報センター(現在は地方公共団体情報システム機構)が補助するので、費用面の見通しもつきやすくなったという。

【開始】自治体の説得に奔走、途中脱退には罰則も

 こうして共同化の必要性や外部環境が整う中の平成23年7月、秩父地方の町村が共同化の検討に着手。他地域の視察や検討会を経て10月、23の自治体が参加する埼玉県町村会として埼玉県に対し共同化の支援を要請した(図3)。この段階で、市瀬氏の出番になる。「以前は民間企業の立場で自治体のシステム共同化を支援していました。縁あって自治体側で共同化を推進する立場になりました」。

図3 プロジェクトの経緯
拡大画像表示

 市瀬氏は事務局役として、まず23自治体のヒアリングや共同化の説明に奔走する。共同化の効果を高めるにはできるだけ多くの自治体の参画が必要だからだ。「共同化への姿勢には温度差があります。どこかに集まってもらって説明するのではなく、こちらが足を運びました。埼玉県は広いので移動だけでも大変ですが、自治体によって事情は違いますし、それは行ってみないと分かりませんから」。

 実際、各自治体の説得は一筋縄ではいかなかった。首長は費用が下がれば原則としてOKになるが、IT担当など現場は現状が変わることや実現可能性に不安があるのだ。「業務上の問題をヒアリングしたり、機能的な詳細や移行スケジュールなどを提示し、不安の払拭に努めました。県庁から職員を招く話もしました。町村には県庁から人が来る話は信頼の面で効果的なのです」。

 その結果、話を持ちかけた自治体23のうち15の事務局が「本気で共同化を推進するならそれに乗る」と言ってくれた。様子見が5、否定派が3あり、最終的に「費用削減のデータを見せることで、様子見のうち3自治体が共同化にOKしてくれました。残念ながらNGの自治体は相対的に裕福だったり、ある意味でプライドが高いところです。ともあれ23の半分以上を目標にしていましたので、クリアできました」。なお参加を表明した自治体には、脱退するときにペナルティ(罰金)があることを了承した上で協定書に署名してもらった。「脱退の可能性を減らさないとベンダーがリスクを負ってくれないからです」という。

この記事の続きをお読みいただくには、
会員登録(無料)が必要です
  • 1
  • 2
  • 3
関連キーワード

自治体 / 行政 / TKC / KDDI / 埼玉県 / 秩父市 / BSIA / 電子行政

関連記事

トピックス

[Sponsored]

危機迫る基礎自治体の情報システム、埼玉県町村会がシステム共同化で克服へ共通点が多いはずなのに、なかなか進まない自治体システムの共同化。危機感を募らせた町村レベルの自治体の中には、難題に挑み成功するケースも出てきている。本稿では、埼玉県町村会の取り組みを紹介する。2014年10月16日に開催されたシステムイニシアティブ協会(SIA、現BSIA)の第42回研究会で発表されたものだ。

PAGE TOP