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[経営とITを結ぶビジネスアナリシス〜BABOK V3の基礎知識〜]

「引き出しとコラボレーション」と「ソリューション評価」=顧客の真のニーズを発見し価値を提案する:第3回

BABOK V3の基礎知識

2015年9月11日(金)近藤 史人(IIBA日本支部 教育委員)

業務とITシステムに対する要求を引き出し、それらを分析して解決策を考えるための知識体系における国際標準が「BABOK(Business Analysis Body Of Knowledge)Guide」である。2015年4月に、最新バージョン「BABOK Guide V3」が発表された。今回は、知識エリアの「引き出しとコラボレーション」と「ソリューション評価」を取り上げる。

 「BABOK(Business Analysis Body Of Knowledge)Guide V3」の知識エリアにある「引き出しとコラボレーション」と「ソリューション評価」は、「真のニーズの発見と価値提案」というビジネスアナリシスにとって極めて重要な課程を対象にしている。BABOKでいう「引き出し(elicitation)」とは、関係者の要望を正確で一貫性のある形で可視化することである。関係者自身が明確にできていない要望を形にするために「引き出す/誘い出す(elicit)」という言葉を使っている。

 両知識エリアの説明に入る前に、具体的な事例を紹介しながら、「真のニーズ」とは何か、「価値提案」とは何かから考えてみたい。

Webサイトは対面販売を代替できているか?

 題材として筆者の実体験を取り上げる。2015年の春、あるきっかけで筆者は名古屋から豪シドニーへの旅行を計画した。そこで、ある航空会社の国際線のチケット販売サイトを検索した。すると表示されたのは、往路が中部国際空港から米ニューヨークを経由してシドニー。復路は、シドニーから加トロントを経由して中部国際空港に帰る旅程だった。料金も、他社路線を検索した結果と比較してみると3~8倍ぐらいになっていた。

 早速、その航空会社の窓口に問いただす質問を出した。すると帰ってきたのは以下の返事だった。

「いつも弊社便をご利用いただきましてありがとうございます。お問い合わせについて、弊社Webサイトでの空席照会時に、ご案内可能な運賃ならびに経由便のご照会となりますこと、あらかじめご了承ください。(後略)」

 これが、対面販売だったらどうだろう。カウンターの前に座って「名古屋からシドニーに行きたい」という顧客に対し、「行きはニューヨーク経由で、帰りはトロント経由で帰国してください」と真面目に提案するだろうか?そんなことをすれば、顧客の怒りを買うため、まともな職員であれば、まずしないであろう。

 それが、コンピューターが相手となると対応が違ってしまう。ここで、仮説を立ててみよう。仮に、前述の航空会社の販売サイトで、次のような対応ができたとすれば、どうだろう?

「お客様がご指定になられた旅程は、ただ今、弊社ならびに提携航空会社の保有する路線ではご提供できません。下記の他社路線をご選択ください。
A社便とB社便へのリンク」

 これであれば、顧客は入手したいと思っていた航空券にたどり着けて満足し、他社便まで紹介してくれたことに感謝するであろう。そして航空会社にすれば、顧客がクリックした他社便のログから販売機会の損失を記録し、新規路線などを計画するための貴重な情報を入手できる。

 これら両者の違いは、Web販売の情報システムのニーズにおける「引き出し」によるものだ。上記の航空会社の対応は、自社および提携会社の販売システムにおいて提供可能なプロダクツが「引き出し」のドメインになっている。しかし、顧客の関心は、そこにとどまらない。顧客の“Wants(要求)”は、世界各地どこにでも及ぶ。

 これに対し、仮説を立てたWebサイトの「引き出し」は、提供可能なプロダクツではなく、顧客が旅行において経験するプロセス全体をドメインとして定義している。「顧客にとっての価値は何か(Customer Value Proposition)」という問いから始め、顧客が経験するあらゆるプロセス、あらゆる状況下で最高の体験を得てもらうことを目標に要求を引き出している。

 たとえ自社で提供できる製品/サービスがなくても、置かれた状況下で顧客に最高の体験を提供するという考えに立てば、販売の機会損失のデータを入手できるのだ。これは理想論なのだろうか?

 欧米人が「Customer Value Proposition」と呼ぶ顧客への価値提案を考えるときに、有効なヒントになる視点が「デザイン思考」にはある。デザイン思考では、本人自身も気づかない価値を提案する要素として、「洞察(Insight)」「観察(Observation)」「共感(Empathy)」の3つを挙げる。

 航空会社のWebサイトの例でいえば、対面販売の時代には、容易に顧客に共感できた。ところが、コンピューターが間に入ることで、その共感がなくなった。これを「当たり前」として看過するか「重大な欠陥」と認識するかで、その企業の経営姿勢が決まる。

 前置きが長くなった。知識エリア「引き出しとコラボレーション」を見ていこう。

知識エリア:引き出しとコラボレーション

 引き出しとコラボレーションには、図1に示すように5つのタスクからなっている。

図1:「引き出しとコラボレーション」の5つのタスク(BABOKガイドV3を基に清水千博氏が作成)図1:「引き出しとコラボレーション」の5つのタスク(BABOKガイドV3を基に清水千博氏が作成)
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タスク1=引き出しを準備する

 BABOK V3では、知識エリアの概要の冒頭に「ビジネスアナリストは、アクティビティーの成果を定義することにより引き出しを準備する」と書いてある。つまり、引き出しの成果の定義次第で結果が180度違ってしまう。冒頭の航空会社の事例で言えば、引き出すべき成果を自社で提供可能なプロダクツに関連させるのか顧客価値に関連させるのかだ。

 引き出しの準備段階でもう1つ重要なポイントが、ステークホルダーに対する事前準備である。単純なシステム更新などの引き出しなら、聞く側も想像がつく。だが、チェンジ(変革)のための引き出しとなると、多くの場合、ステークホルダーの理解を得るのは容易ではない。結果、多大な抵抗に直面することになる。可能な限り趣旨を理解してもらえるよう、事前の準備(根回し)が重要な意味を持つ。

タスク2=引き出しを実行する

 V3では、引き出しのタイプとして、(1)コラボレーション、(2)研究活動、(3)実験的活動の3つを挙げる。

(1)コラボレーション
直接ステークホルダーとやり取りし、経験や、専門性、判断を相互に信頼し合う。

(2)研究活動
資料やソースを調査し、ステークホルダーが知らない情報を発見する。ステークホルダーが研究活動に参加することも可能。研究的活動には、過去データを分析し、トレンドや過去の結果を特定することなどがある。

(3)実験的活動
ある種のテストなしでは見つけられない情報を特定すること。こうした情報は、人からも文書からも引き出せない。なぜなら知られていないからだ。実験は、この種の情報の発見に役立つ。実験には、観察や、概念実証(Proof of Concept)、プロトタイプなどがある。

 筆者はかつて、ある製造業のサプライチェーンの最適化に当たり、提案された様々なソリューションの中で、何が最良の効果を生むかを判断するために、システムダイナミックスによる定量モデルを作成し、効果を検証したことがある。結果、ステークホルダーが当初想定していた案はあまり効果がなく、全員が漠然と「できればいいけど難しそうだ」と感じていた案が劇的な効果を生むことが判明し、全社を挙げてその施策に取り組むことになった。これなどは、実験的活動の部類に入るであろう。

タスク3=引き出しの結果を確認する

 引き出しの結果を確認することは、従来から実施されており、珍しいことではない。だが、V3では、これまでの経験に加え、もう少し重要な意味を持つ。それは、引き出しの結果に対しステークホルダーが未知の価値に合意していることまでを確認することである。

 上述した定量モデルによるシミュレーションなどがその一例だが、ファシリテートされない引き出しによって未知の価値が引き出された場合、すなわち、ステークホルダーとビジネスアナリスト、あるいはステークホルダー間でインタラクティブに活動した際に偶発的に未知の価値が発見されるような場合、ステークホルダーの合意を確認することは非常に重要だ。先の例では、合意までに1年の時間がかかっている。

タスク4=ビジネスアナリシス情報を伝達する

 適切なステークホルダーに適切な要求パッケージを用意し、伝達する。ここで重要なことは、「誰に対して、何を、いつ伝達するのか」であり、その相手に相応しいフォーマットでビジネスアナリシス情報を表現する必要がある。

タスク5=ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする

 V3が目指す「未知の価値の発見」には、ステークホルダーのコラボレーションが不可欠になる。日本的に言えば“根回し”と言えるかもしれない。ここで重要なことは、ステークホルダーとの共通のゴールに向けてコラボレーションするということである。ステークホルダーが望んでいることが何で、それが組織のゴールにどのように関係するのか。ここをよく理解しなければ上手くいかない。特にチェンジによる組織への影響が大きい場合は、より慎重な注意が必要である。

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