ワークスタイル変革は、ICTの進展と共に長年叫ばれてきた言葉だが、組織全体でしっかり実践し、顕著な成果を上げている企業は思いの外少ない。生産性を高め、イノベーションを生み出す真のワークスタイル変革を実現するためには何が必要なのか。PwCコンサルティングでワークスタイル変革のコンサルティングに携わる井手健一氏に話を聞いた。

 「ワークスタイル変革」という単語を耳にしたことがない人はもはやいないだろう。経済のグローバル化や少子高齢化が進むなか、従来の均質・長時間労働のスキームにしがみつくことは企業成長の頭打ちを意味する。そこでこれからの競争力強化の鍵と目されているのが、ワークスタイル変革だ。働き方の自由度を高めることで現場の力を引き出し、生産性の向上やイノベーションの創出、ワークライフバランスの実現による従業員満足度向上などにつながると期待されている。政府も2016年6月閣議決定の「ニッポン一億総活躍プラン」の中核に「働き方改革」を据え、文字どおり国を挙げての取り組みが始まっている。

 ――しかし、実際の企業ではどういう状況だろうか。大企業ではもはや当たり前に取り組んでいると思われがちだが、ただ「時短制度を制定した」とか「ツールを導入した」だけで満足をしている企業はまだまだ多い。

 組織全体での業務生産性を高めてイノベーションにつながる、真のワークスタイル変革を実現するためにはどのようなアクションが必要なのか。今回、PwCコンサルティングでワークスタイル変革のコンサルティングに従事している井手健一氏(写真1)に話を聞き、以下にまとめてみる。

写真1:PwCコンサルティング シニアマネージャーの井手健一氏

日本の生産性は先進国最低レベル
しかし課題意識を持つ人はまだ少ない

 上述したように、政府が働き方改革を推進していることもあり、ワークスタイル変革を経営課題としてとらえる企業は増えてきているが、その意識レベルには大きな差がある。

 公益財団法人日本生産性本部が分析している「日本の生産性の動向 2015年版」(http://www.jpc-net.jp/annual_trend/)によると、2014年の日本の労働生産性はOECD加盟34カ国の中で第21位と低迷しており、主要先進7カ国でも最も低い水準となっている。この状況は10年近く変わっていない。

 「総GDPを労働時間で割ったものが生産性です。これを改善するためには分母を小さくするか分子を大きくするかしかありません。つまり、働き方の効率を上げていくか、イノベーションを起こしてGDPの拡大余地を増やしていくか、このどちらかを起こしていかないと日本の生産性は上がらない。その実現施策の1つとして働き方を変えるということがあるのです」(井手氏)

 少子高齢化がいっそう進む中で、「健康な男性の均質な長時間労働」に頼って生産性を上げる戦略には限界が訪れていることをまず認識しなければならないだろう。

 ワークスタイル変革の重要性が叫ばれて久しいが、実践や成果の享受に至っていない企業はとても多い。今になってようやくワークスタイル変革を経営課題として本腰を入れて取り組みたいという企業もあれば、いったんワークスタイル変革に取り組み、リモートワークなどのITシステムも整備したものの、実際にイノベーションが発生する組織にするためにはこの先どうすればいいのかと立ち止まって途方にくれている企業もある。実践にあたっては現場の働き方、考え方を大きく変えていかなければならないが、まだまだ経営層以外の現場では、「自分たちの生産性は高くない」という課題意識を持っている人間は少ないのが現状だ。これまで従来の働き方をしてきた企業人としてのプライドもあるのだろう。

 「むしろ、スタートアップ企業のほうが、リモートワークや社内コミュニケーションなどの環境が充実しています。大企業の多くでは、そういったテクノロジーを取り入れて自分たちの働き方を改善していこうという動きが活発に起こっているとは言えませんね」(井手氏)

バズワード化するワークスタイル変革……
“事を起こす”ための、4つの要素と4つのハードルとは

 「ワークスタイル変革とかスマートワークという単語は、バズワードになってきている」と井手氏は指摘する。バズワード、つまり、実態が伴わず、時流に乗った掛け声にとどまっているというのだ。ワークスタイル変革をしたいという時に、それぞれの人たちが言う観点というのは同じものを指しているとは限らない。

 井手氏は、ワークスタイル変革を推し進めるうえで取り組みが不可欠となる要素として下記の4つを挙げる。

  1. 組織構造・業務(権限、役割、プロセス)
  2. 人材(マインドセット、スキル)
  3. インフラ(IT技術、ファシリティ)
  4. 制度(人事諸制度、就業規則)

 「ワークスタイル変革を実現するためには、まずはこの4要素について考えないといけない。ところが、現在の日本企業の取り組みを見ていると、どれか1つの要素に着目し、それに終始してしまっているように思えます。例えば、『時短制度を作った』とか、『生産性向上のためのクラウドサービスを入れた』などです。しかし、そこで忘れられているのが、“それで本当に働き方が変わるのか”という問いかけです」(井手氏)

 その問いかけへの答えを浮き彫りにするのが、変革プロジェクトの過程で企業がつまずきがちな下記の4つの“ハードル”だ。これも先に知っておく必要がある。

  1. ワークスタイルに関する世間の風評やキーワードのみが先行してしまい、自社の文化や業務に適合するか、具体的にイメージすることが難しい。
  2. 何を「成果」とするか決めねばならない、また、成果が見えるようにプロジェクトを進める必要がある。
  3. 変革プロジェクトの進め方を理解しプロジェクトをリードする適任者が社内に存在しない。
  4. 総務・人事・経理・情報システム、また営業部門をはじめとするユーザー部門といった複数の関連部局の理解・協力が必要であり、調整や推進が難しい。

 「最近、“ワークスタイル変革マニア”のような人によく会います。あっちの企業ではこんな取り組みをやっている、こっちの会社ではこういうツールを入れた、みたいな具体例をたくさん知っている。でも、『では、実際に御社ではどういった成果を目指し、どういった施策を取り入れ、どのようにプロジェクトを進めていきましょうか』というお話になると、思考がストップしてしまうのです」(井手氏)

 従来のワークスタイル変革は、各所が個別施策をバラバラに実施していることが多かった。しかし、今後のワークスタイル変革は、目指す「ワークスタイル」を定め、統合的なロードマップを描き、段階的に施策を実施していくことが成功の鍵となる。