最新のITツールを導入したのに大きな成果が得られないばかりか、かえって生産性が低下したような気がする──。うまくいかないプロジェクトが多発する背景には何があるのか。SaaS(Software as a Service)活用をテコにした業務改革支援を数多く手がけるサンブリッジで、取締役 兼 人事・組織責任者を務める梶川拓也氏に「真のメリットを享受するための正攻法」を伺った。

サンブリッジで取締役 兼 人事・組織責任者を務める梶川拓也氏

 「働き方改革」あるいは「業務改革」を旗印に、多くの企業がITツールの導入を図っています。当社は、Salesforceに代表されるクラウドサービスを中心に、導入・活用・定着の支援をしており、そうした案件も含めて市場を眺めていると、うまくいくケースとそうじゃないケースでは何が違うかが客観的に見えてくるものです。

 迷走するプロジェクト、あるいはツールを導入しても大きな成果を上げられていない案件に着目すると、「そもそも何のためにやるのか」「どんな姿が理想なのか」という極めて肝心な所が不明瞭な場合が少なくない。それって基本中の基本じゃないの?という声が聞こえてきそうですが、そんな実例が思いのほかあるんですよ。

“設計図なしのリフォーム”が横行している

 お客さんあってのビジネス。営業活動を立て直して顧客との良好な関係を築きたいからと、SFA(Sales Force Automation:営業支援)、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)、MA(Marketing Automation:マーケティング自動化)のツール3点セットに食指を伸ばす例は枚挙に暇がありません。

 基点の発想そのものは良いとして、「何が問題なのか」「何を解決したいのか」「何をもってうまくいったと評価するのか」が曖昧なまま個別の案件に落ちて、候補とするツールの機能比較表作りとか、業者選定に突き進んでしまう。別の言葉に置き換えるなら、グランドデザインが描かれていないということです。きっちりとした設計図がないままリフォームを依頼するようなことが横行しているんですね。

 それで何が起こるか。曲がりなりにもツールは動き出し「部分」で見れば機能する。しかし、一連の業務プロセスとして「全体」を見ると、所々に断絶があってチグハグが露呈し始めてしまうんです。卑近な例では、横串を刺したデータがうまく見られないからと、表計算ソフトにせっせとデータを再入力して集計するなんてことを現場がやりだすのです。

 その当人はテキパキと仕事をこなしていると思い込んでいるものの、実はそれは本来やらなくても済んだことかもしれず、誤解を恐れずに言えば、業務プロセスをきちんと設計していなかったことに起因して周辺業務を増やしてしまったということです。働き方改革で生産性を上げようとツールを入れても、他方では、ある種の“雑務”が増えてしまって、結果的にはちっとも楽にならないなんてことが実はそこかしこで起こっているのではないでしょうか。働き方改悪と言ってもいい状況です。

現実の組織活動に目を向けて改善点を洗い出す

 もっとも、綺麗ごとばかり並べても前に進めないことは多々あります。営業部とマーケティング部とでは眼前の目標が異なっていて、一致団結してうまくやりましょうと言ったところで一筋縄でいかないのが現実でしょう。先ほど、「一連の業務プロセスで見た時のチグハグ」の話をしましたが、現実の組織活動をきちんと見て、必要に応じてメスを入れることをしないと、ITツールは十分な価値を発揮しないのです。

 例えばですが、インサイドセールスのような組織を新設して、ここがハブになることで見込み客を醸成し営業部門にパスをするような業務の流れと評価制度を創ることが有効かもしれません。要は、顧客になり得る人や会社とできるだけ多くの接点を持ち、実際に商談を進めて受注に結び付けるまでの流れを今一度整理し、会社としての標準的な業務プロセスを再設計することがとても大事なのです。いわば、これが「グランドデザイン」です。

 関連する組織や所属するメンバーは何を使命とするのか。それぞれの業務のフェーズでどんなデータを参照し、どんな基準をもって判断するかも決めなければなりません。これこそが業務改革のベースとなるもので、ここがしっかりしていれば、どんなツールが自社の業務に最もフィットするかが見えてきます。「このデータを見なければならない。ツールAとBの組み合わせで、きちんと捉えられるか?」─そうした視点でツールの選定や導入が進めばしめたもの。業務が一気通貫でつながり、当然ながらデータもうまく集約されるようになる。現場はデータに敏感になり、いつしか部門の垣根を越えて議論するような社風も生まれてくる。そんな理想像に進むための正攻法なのです。

日本企業の「現場力」が時には全体最適を妨げる

 SFAやCRM、MAといった領域のツールは、元々は米国発のものが多数派です。多民族国家で言葉もスキルもバックグラウンドも様々な人を採用して、滞りなく現場の仕事を回すには、全体的な業務プロセスや、一人ひとりの職務範囲や責任を明確にしておかなければならなかったことが背景にあり、そこでうまく機能するツールとして設計された経緯があります。

 一方で日本といえば、明確なジョブディスクリプション(職務記述書)などなくても、配属に照らして自らの役割を理解し、自律的に立ち回り、あうんの呼吸で協力し合うことにも長けている。およそ自分が見通せる範囲の業務については、知恵を絞って最適化・効率化してきたとも言えるでしょう。ただし、「自分が見通せる範囲」というのは、必ずしも全体最適にはつながっていないものです。そこを見誤って、「ベストプラクティスに基づいたツールだから、それを入れて業務を合わせればうまくいくはず」と考えるのは早計。「自分達のやり方とギャップがありすぎる」「他の部署が参照するデータをなぜ我々が入力するんだ?」といったフラストレーションが後々から噴出するといったことがおきがちです。

 好むと好まざるとに関わらず、今の時代のビジネスをIT抜きで考えることはできません。だとしたら、ITのポテンシャルを十分に活かせるように、もっと言えば、現場で発生するデータをとことん使い倒すことができるように、業務のあり方を見直さなければならないのです。先ほど例示した営業やマーケティングだけにとどまらず、あらゆる業務について「このままでいいのか」という疑問を持って再考することが欠かせません。

 世間が注目しているようにITの中でもとりわけ期待を集めている一つがAI(人工知能)です。データをたくさん持っている企業ほど恩恵を被るとの説は正しいように思えるものの、そこには「ビジネスにとって意味のあるデータ」という条件が付くはずです。いくらAIが進化するといっても「ゴミ同然のデータ」から予兆を捉えることなど不可能です。意味あるデータとは、とりもなおさず、全体最適の業務プロセスから生み出されたデータのことを指し示すのです。

経営陣は全体のプロセス設計にこそ注力すべし

 では、誰がグランドデザイン再設計の指揮を執るのか。それはやはり経営トップであり、少なくともボードメンバーの誰かが責任をもって遂行すべきかと思います。「全体最適」がお題目であれば、それを事業部に聞くのは的が外れてますよね? 何を強みに戦っていくのか。そのために、現場がどう動くべきか。それを熟考して形にするのは経営陣の大きなミッションです。

 ボードメンバーがITについてもある程度の土地勘を持っていることが望ましいものの、なかなかそうはいかないのが現実かもしれません。善後策として考えられるのは、ITへの知見があり、それ以上に今を変えたいとの熱意を持った参謀役を登用することです。

 そんな話をしていると「うちにはシステム担当役員がいますから」と切り返されることも多々あります。その人が、まずビジネスを考えて、そこにITをどう絡ませるかを考えるタイプであれば問題ないのですが、主従逆転でシステムありき、もっと言えば業者選定とプロジェクト監督ばかりに熱心だと歪みが生じがちですね。

 何よりもテクノロジーへの好奇心があって知識獲得に貪欲な人。現場の業務をよく知っていて一方では大局的な見方もできる人。肩書きなどには関係なく、問題意識を持った人がモノを言える会社であれば、芽があると感じています。実際にうまくいった案件を振り返って見ると、経営陣、あるいはそこに近い所に、自らに大鉈を振るえるタイプのキーパーソンがいる例が多いと感じています。

なぜ改革が必要なのかを再考してほしい

 知的好奇心の観点で言うと、欧米などで開催されるテクノロジーカンファレンスに赴いた際、日本人が少ないことをやや危惧しています。来場者、あるいは事例セッションの登壇者に目をやると国際色豊か。中国、韓国、インド…とアジア勢も年追うごとに増えている気がするのですが、日本からという人はあまり見かけないのです。最近ではオープンイノベーションという響き良い言葉もよく耳にしますが、突き詰めれば人と人との出会いですよね。こういう場に積極的に出かけて、改革のヒントや有望な人脈を得ようという方が一人でも増えることを願うばかりです。

 わざわざ海外に出かけて一次ソースに当たらなくても「メディアが報じてくれる」「ネットを探せば情報が見つかる」との声があり、それは一面では正しいのですが、諸外国からの来場者の狙いは、今後のトレンドを肌身で知ることであり、改革のベンチマーク材料を探すことであり、一緒に組んで何か始められそうなパートナーと巡り会うこと。少なくとも、グローバル市場での競合相手は、そこまでして変わろうとしていることを知ってほしいですね。

 やや話が飛躍してしまいました。今、国内で「働き方改革」が声高に叫ばれているのには様々な背景がありますが、とりわけ、少子高齢化によって生産年齢人口が漸減している現実への対処策は待ったなしです。ITに任せることは任せ、それと人がうまく連携して生産性を劇的に上げなければ、早晩立ちゆかなくなる。ここを真剣に考えれば、「ITツール導入でかえって周辺業務が増えた」という本末転倒なことを許す余裕はないのです。規模の小さな企業ほど、深刻な問題として跳ね返ってきます。

 気合いや根性を否定はしませんが、何よりも大事なのは経営側が「合理的で根拠ある業務プロセス」を提示し、それと併せて「スマートで快適な執務環境」を整えなければ、働き手から見切られるということです。規模の大小を問わず魅力的な企業には人材が集まるし、そうでない企業には背を向けるのは必然の流れ。その切実な問題を念頭において今から改革を急ぐことが求められているのです。(談)