[市場動向]

地方自治体のIT改革に見る、グランドデザインの欠如と変革をもたらさないITの関係

2009年10月27日(火)佃 均(ITジャーナリスト)

21世紀の情報システムを検証する中で気付くのは、「グランドデザイン」の欠如である。喫緊の課題への対応は必要だが、企業や地域、あるいは国や産業に、どのような将来像を描くのか。目先にとらわれてていては、夢や希望が失われる。今回は、ITを軸にグランドデザインのあり方を考える。

黄瀬信之氏 写真1:「“グリーンIT基地”が地域IT活用の将来像」と岩見沢市産業立地情報化推進室主幹の黄瀬信之氏は語る

前号で紹介した富山県砺南市の取り組みは、既存のITや仕組みにとらわれない、住民視点でゼロから考えるといった点で、いわば“グランドデザイン型”のIT改革と言っていい。8町村が合併して新市に移行する協議を通じ、丸3年をかけて「新しい市の姿」「市民と行政の関係のあり方」などを模索、結果としてそれがグランドデザインを描くことになった。

そのようなスタイルでIT化を進めている地方公共団体として筆者が思いつくのは、北海道岩見沢市、岩手県紫波町、山梨県都留市、愛媛県内子町、長崎県庁、沖縄県浦添市といったところである。

岩見沢市のIT改革を支えるのは経済部企業立地情報化推進室だ。「もともと岩見沢市は、道内農産物の集積地。その立地と巌冬の自然条件を活かして、データセンターを誘致して、グリーンITとエコ農業の情報発信基地にしたい」と黄瀬信之主幹は言う。

また岩手県紫波町は町の情報政策課と地域コミュニティの協力関係を基盤に、町内の様々な組織・団体を、“パブリック・ドメイン”に位置づけた。「役所も町づくり支える機能の1つ」というコンセプトをもとに、農協や商工会、町内の非営利団体、同好会などが横並びで参加する。同町のホームページはポータルサイト、町内のドメインは農家向け有線放送網で相互にネットワーク化され、NPOが情報交換機能を担う。

黄瀬信之氏 写真2:グリーンIT基地の予定地。JR岩見沢駅裏に広がる一帯に、寒冷な気候を利用した省エネ型データセンターを建設する計画

愛媛県内子町のIT改革は、農家と消費者を結ぶ農産物のトレーサビリティ・システムで知られる。形がいびつだったり大きさが不ぞろいで出荷できないナスやキュウリに、誰がどの畑で作ったか、いつどんな農薬を散布したかといった情報を付加することで、文字通り付加価値を高めた。安心・安全な野菜を求める消費者の「Wants」と合致して、年収1千万円超の農家が登場。若い後継者が都会から戻ってきた。

長崎県庁は外部から招聘したCIOの突出したリーダーシップ、浦添市は情報政策課“4人のサムライ”が一枚岩となった行財政改革運動が推進力だ。しかし中心人物たちがどんなに汗みどろに大きな旗を振っても、それぞれの合理性を職員と地域のIT産業が理解しなければ、着実な成果をあげることはできない。その合理性を裏付けるものこそ、グランドデザインである。

バリューチェーンの構築

前号で取り上げたもう1つ、福島県喜多方市の事例は、表現はあまりよくないが、切羽詰ったケースといっていい。このままでは税収が先細りし、市民への行政サービスに支障が出るという思いが、ヤフーオークションの利用に結びついた。

似たような事例は千葉県八千代市が全国に先駆けた社会保険料のコンビニ収納、熊本県八代市の市民参加型SNS「ごろっとやっちろ」、富山県船橋村の無線ブロードバンド、東京都西東京市の放棄自転車管理システムなどが思いつく。

予算がない、強力にバックアップしてくれる地域ITベンダーもいない。そういう中で、「何とかしなければ」の思いが、行政の常識(慣例や法制度)では不可能なシステムを実現した。八代市の「ごろっとやっちろ」は市職員が休日や帰宅後の時間を使って手作りで開発したものだし、前述の内子町が最初に使ったのは15年前の古いFAXだった。

山梨県甲府市もその類型に入る。この春に実施された定額給付金に際して、同市はその管理システムにSalesforce CRMを採用した。少しでも早く、安く、しかし給付の管理は正確に、という条件を満たす情報システムを旧来方式で開発したのでは無理と判断、SaaSの利用に踏み切った。「給付対象者は20万人。いかに早くシステムを立ち上げるかを考える一方で、期間限定であることも考慮した結果、SaaSに行き着いた」。同市の担当者はこう強調する。

気がつくのは、グランドデザイン型も“切羽詰まった”型も、庁内の管理系システムの再構築ではないことだ。なるほど長崎県や浦添市のケースは、脱メインフレームによる管理系システムの再構築に見える。だが、実はオープン系に移行する中で組織や業務プロセスを見直し、これまで管理のためだったシステムを、受付窓口から書類の交付まで一貫したサービスシステムに作り替えるのが目的となっている。「自治体の機能を行政管理から行政サービスにシフトすることで、地域における価値をどう高めるか」(長崎県総務部参事監の島村秀世氏)なのだ。

このとき、情報システムないしITサービスの価値評価は、行政事務の効率化や省力化が機軸ではない。行政機関の職員にとっての利便性でもない。その先にいる住民や国民の利便性や生産性にどう寄与できるか、その視点が欠かせない。行政機関を企業に置き換えれば、価値評価の基軸は、利用者であり消費者である。

そのように理解すると、グランドデザイン型と“切羽詰った”型の区分は見かけ上のことで、両者は同体亜種の関係にあることが見えてくる。現状追認では何も解決しないという認識からスタートするのがグランドデザイン型、解決しようにも“ないない尽し”で悩みに悩んだ末にエイヤッと取り組むのが“切羽詰まった”型。結果として両者は、図らずも「バリューチェーンの構築」という共通項で括られる。

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