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「我田引水でイノベーションは起きない」-日本国際賞の岩崎俊一氏

2010年5月19日(水)

今や世界中のハードディスクに採用されるようになった「垂直磁気記録方式」。これを発明したのが岩崎俊一氏(東北工業大学理事長)である。日本発の要素技術で社会に貢献した功績が、2010年の日本国際賞(ジャパンプライズ)受賞へとつながった。氏へのインタビューを通し、イノベーターに求められる才覚について聞いた。

 大容量化が著しいハードディスク。見た目にはまったく分からないが、実はその記録方式がここ数年で大きく変わった。従来は「水平(面内)磁気記録」と呼ぶ方式が広く使われていたが、2007~08年を境に、より合理的な高密度化を図れる「垂直磁気記録」方式へのシフトが加速。2010年以降は、ほぼすべてのHDDが「垂直」を採用する見通しだ。

 実はこの方式は“日本発”の要素技術。発明したのは現在、東北工業大学理事長を務める岩崎俊一氏である。この功績が称えられ、氏は2010年の第26回日本国際賞=ジャパンプライズ(工業生産・生産技術分野)を受賞した。ちなみに日本国際賞は、日本版ノーベル賞とも言える位置付けで創設されたもの。財団法人国際科学技術財団が主催している。

 日本の産業界、とりわけITの世界では、日本発のアイデアや製品が“デファクト”としてリードするシーンが極めて少ない。そこにはどんな背景があるのか。この状況を少しでも改善していくには、ビジネスリーダーとしてどのような心がけが必要となるのか。編集部が岩崎氏に話を伺った。(聞き手はIT Leaders副編集長、川上潤司)

写真 日本国際賞を受賞した岩崎俊一氏

-垂直記録方式が、現在のハードディスクの主流になった感想は?

 私が磁気記録の研究を始めたのは1950年代のこと。高密度記録理論を追求する過程で、1970年代の半ばには垂直磁気記録方式にたどりついた。そして今、その理論を実装したディスク装置が量産されるのを自分の目で確かめられることは、研究者冥利に尽きると言える。

 単に“モノ”としての量産ではなく、それが“文明”の一端を担えていると実感できることが何よりも嬉しい。ディスクの大容量化は目覚ましく、今や数百エクサバイトもの情報流通を支える基盤としても使える状況にある。これは、人々のライフログをはじめ、様々な知恵を後世に伝える「ロゼッタストーン」になり得るということ。社会基盤、大げさにいうなら人類発展の礎に少しでも貢献できたのではないかと感じている。

 かつて、アジア地域にある某メーカーのディスク工場に赴いたことがあり、現場で働いている方々に「製造ラインに立つ皆さんは、今まさに文明作りに携わっているんです」と話したところ、工場全体の士気が高まったというエピソードもある。

-「文明」という部分ももう少しかみ砕いてほしい。

 要は目先の商売に翻弄されずに、社会に根ざして人々の暮らしを豊かにできるかということ。最近の言葉で言うなら「サスティーナブル(sustainable)」、つまり将来的な環境や次世代の利益を損なうことなく維持発展させていく視点を持つこととも換言できる。

 例えば、エコの時代だからハイブリッドカーやEVをいち早く開発して、先行者利益を得ようという発想ではいけない。自分のアイデアの延長線上に、人々を幸せにしたり、豊かな暮らしをもたらしたりする「絵」を十分に描けなければいけない。そのアイデアから直接的に受ける恩恵もあるだろうし、間接的には、多くの人に労働機会をもたらすというのもあるだろう。世間的に通用するだけでなく、強く求められるアイデアかどうかは、それを中心とした絵の出来映えに左右される。

 画家が実際に絵を描くシーンを思い浮かべてほしい。キャンバスに近づいて細部を描写することも必要だし、時に遠くから眺めて構図や色のバランスに気を遣うことも欠かせない。様々なことに配慮しているからこそ、作品としての迫力や説得力が生まれ、結果として価値が認められるのだ。科学技術の分野だって同じこと。1つの専門分野に特化して極めることは重要だが、それだけで作品は生まれない。常に人の暮らしとの関係を意識しつつ、様々な領域の視点を併せ持つ姿勢が大切だ。

-その実践は並大抵ではない。

 自分の信念を持つことに尽きるだろう。さらにその信念は、「先見性のある確かな構想力」「勇気を持って踏み出すこと」「最後まで耐え抜くこと」によって支えられる。

 私自身も、先の発明が順風満帆にいったわけではない。1990年代、従来の面内記録技術で十分な容量を確保できるという風潮が高まり、垂直方式不要論が持ち上がった。本当に辛い時期だった。もちろん我を通してないか客観的な目で見ることは欠かせないが、どうしても間違っていないと思えるなら、やり抜くしかない。学会への論文提出、学術研究機関の説得、門下生の研究活動支援、マスコミ対応…。自分ができる限りのことを精一杯やる。1つひとつは即効的な効果が感じられなくても、どこかで芽吹き花開くときがある。そう信じて耐え抜くしかない。

 論文などが認められ広く知られる研究者は誰もが恵まれた環境にあると考えられがちだが、それは心外だ。事実、資金が用意されて、設備も整い、スタッフにも事欠かない…そんなお膳立てされた環境で研究にいそしめる人は極めて少ないし、私もそんな状況下にはなかった。研究者たるもの、実験や論証に没頭するだけではなく、それが日の目を見るための道筋をつくる才覚も求められる。もっと一般化して言うなら、あるプロジェクトを進める時、リーダーはその意義や必要性を整理して関係者と共感するのは当然のこと、風当たりの強いときはメンバーの先頭で矢面に立ち、必要とあらば根回しや反対勢力の説得に奔走する。その覚悟がなければリーダー失格だ。

-そのリーダー論は、これまでの研究活動で培ってきたもの?

 その通りだ。頭だけで考えて、よいアイデアは世間に受け入れられると勘違いしてはならない。いかにして人を動かすか。そのためには、どうしても統率力が必要となることを身をもって学んできた。

 ただし、自分なりにルーツを探ってみると、どうやらその昔、海軍学校で学んだ教えが母体をなしているとも思える。幹部候補を集めた学校なのだが、徹底してたたき込まれたのは「指揮官率先」という心構えだ。読んで字の如く、リーダーたるもの、常に先頭で体を動かし、身をもって示すということだ。84歳になる今も、自分に言い聞かせている。

-新たな着想を得るコツのようなものは?

 これはなかなか言葉で伝えるのが難しい。「発明」は、後からはいくらでも理論立てて説明がつくのだが、その瞬間は“直感”でしかない。自分の中にある様々な知識や体験が、ある時に何らかのはずみで結び付くというか…。と考えると、普段からいろいろなことに興味をもってどん欲なまでに吸収することが大事だと言える。意外性のない答えになってしまうが、ありとあらゆるモノに対するアグレッシブな姿勢と興味が、結局はアイデアの母なのだと思う。私自身の例を挙げるなら、例えばロシア文学に傾倒したことがあって、それも少なからず研究活動に影響を与えている。

 そして繰り返しになるが、人々のため、社会のため、地球のため。つまりは文明に貢献するには、どのような仕組みやモノが理にかなっているのかを見る姿勢が基本となる。文明ができることによって、新たな技術の芽が生まれる。その技術がまた文明を発展させる。そのあるべき姿に逆らわないことだ。我田引水の発想ではイノベーションは起きない。

[岩崎俊一氏のプロフィール]
1926年8月生まれ。49年、東北大学工学部通信工学科卒業。東京通信工業(現在のソニー)を経て、64年に同大学教授。一貫して磁気記録の研究に携わり、75年には垂直磁気記録方式について発表。89年に東北工業大学学長となり、2004年からは理事長を兼任。08年に学長を退き、理事長専任となる。 http://perpendicular.tohtech.ac.jp/

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