[青木顕子のスウェーデンIT通信]

医療分野におけるIT最新事情(Vol.05)

2011年2月2日(水)青木 顕子

前回の「初代IT大臣にかかる期待」でも少し触れたが、ここスウェーデンでも日本と同様、医療・福祉分野でITをいかに活用するかが重要なテーマとなっている。こうした動きの中から、筆者の目にとまった最近のニュースをレポートする。

■スウェーデン生まれのアプリがアメリカで人命救助

まずはスウェーデン発のモバイル・アプリケーションが実際に人命救助に役立ったというケースを紹介しよう。

iPhone/Android対応のアプリケーション「Phone Aid」をご存じだろうか。これは、心肺蘇生法(CPR:Cardio Pulmonary Resuscitation)のステップを画像付きで分かりやすくガイドするアプリケーションだ。例えばアップルのApp Storeならば2米ドルほどでダウンロードできる。もしかすると、日本でも、すでにダウンロードしてお使いの方もいるかもしれない。

このアプリケーションの生みの親は、スウェーデン第2の都市、ヨーテボリに住むポントス・ヨハンソン医師だ。友人のITコンサルタントでプログラマ役をかったマグヌス・エナソン氏と共同開発し、2008年11月に世界同時リリース。1週間で6万件のダウンロードを記録したという経緯がある。

長年にわたり、病院スタッフや一般向けに心肺蘇生法を教授してきたヨハンソン医師だが、その一方では、実際に教えたことが実に早く忘れられてしまうという事実に直面していた。特に、救急車を待つ間のストレスフルな状況においては、その場に居合わせた第三者がCPRを施す率は極めて低いという結果が出ていた。蘇生法のステップを正確に思い出せないことに加え、もし失敗したら…という恐怖心が伴ってしまうのが大きな理由だ。ここから、「携帯電話で利用できる救急処置ガイド」というアイデアが生まれた。

リリースから約2年が過ぎた今年、ヨハンソン医師のもとに、米国在住のバスケットボールのコーチから1通のメールが届いた。試合中に倒れた17歳のプレーヤーの命を、Phone Aidの指示通りに応急処置を施すことで救うことができたという嬉しい知らせだった。

このアプリケーションには現在、英語版のほかに、スウェーデンで赤十字とのコラボでリリースしたスウェーデン語版もある。子供病院に勤務するヨハンソン医師は、近く子供向けの人命救助ガイドのリリースも予定しているという。詳しい情報は、エナソン氏のWebサイトを参照してほしい。

(参照: Göteborg-Posten, Entanke社Webサイト)

■医療のIT化の行方

「National eHealth」は、医療福祉面における安全かつ利便性に優れたデータ利用を目指すIT戦略の総称だ。フォーカスを、従来の技術やインフラから、「Eサービス」によるサービス向上へとシフトさせているのが特徴だ。医療のIT化がまさに国力をあげて進む中、少し気になる数字が目にとまった。

昨年のVitalis(スウェーデン最大のeHealthコンファレンス)で発表された、医療4組合が関連団体と協力して行った調査結果だ。ここで、医療従事者がITシステム利用のために毎日17分から56分も無駄にしていると感じていることが明らかになったのである。この数字を人件費に換算すると、年間5億スウェーデンクローナ(1クローナは約12.8円)に相当する。

理由は多々あるが、その中でも、システムが古くて遅いこと、システムが使いにくいこと、そして、よく話題となる医療従事者にIT知識が不足していることが大きな原因として挙げられている。2004年に行った同調査では、電子カルテ導入前と比べて業務効率が向上したとの結果が見られたが、2010年の調査では、医師や看護師などが患者対応に充てる時間が減少してしまうという問題点が浮上した格好だ。

さらに、オステルヨットランド州の患者デーダ漏洩、ウプサラ州の病院でおきた電子カルテシステムバージョンアップ時のデータ障害など、トラブルも続いている。また、世界的に名高いカロリンスカ大学病院におけるデータ流出は、法律違反で賠償金問題にまで発展しそうだ。スウェーデンでは、医療関係者が担当患者のデータにアクセスすることが法律で認められているが、他機関へデータを送付する際には、どのデータを対象とするか前もって患者の承諾を得ることが条件。この唯一のルールに違反し、個人の電子カルテ情報を他の医療機関へ提供していることが2009年末の調査で明るみになり、今なお、この問題が取り沙汰されている。

ITを中心とする技術イノベーションが医療の進歩や発展に寄与する可能性は計り知れない。その一方で、業務効率化とプライバシー保護のバランスをどうとるか、医療従事者と患者とのコンタクト/触れ合いの時間をいかに創り出すかといった視点を忘れてはならない。危機感ではなく、「安心感」を育む上で医療のIT戦略はどうあるべきか。今後もeHealthの行方に注目し、レポートしていきたい。

(参照:政府Webサイト

■環境負荷軽減を目指すストックホルム州(ランスティング)

2010年のEuropean Green Capital賞に輝いたヨーロッパきっての環境都市ストックホルム。この度、ストックホルム州議会(SLL)が、環境目標を発表した(ちなみにスウェーデンでは、州議会<ランスティング>が医療サービスの責任を担い、ほぼ全ての医療サービスを提供している)。

・2011年のエネルギー消費を2000年のレベル以下に抑える
・資源効率化とエコサイクル重視の購買
・有害物質を使用した製品購買のストップ

この一環としてのSLLにおけるコンピュータ機器交換に際し、エネルギー消費率、再生プラスチック利用、鉛や水銀の削減への取り組みといった側面から今回はデル・コンピューターが選ばれた。交換対象となるのは、約4万台のコンピュータである。SLLの環境担当マネージャーは、2014年までに40%以上の環境負荷を低減でき、国内で水銀を使用しないモニターを導入する最初のビッグケースになると語っている。

(参照:IT I VÅRDEN

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