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第4回 安易に解を与えず“憧れの人”を持たせる

成長欲求は伝染性

「成長したい」という気持ちは、ITエンジニアの仕事へのモチベーションをぐんと高める。ただし、周囲の環境によってはそうした成長への欲求は眠ったままになってしまうことがある。マネジャーやリーダーは、目標管理や辛抱強い問いかけを通して、部下の成長欲求のスイッチをONにしたい。

「今のような厳しい経済情勢でもモチベーションを高く保っている組織には、どのような特徴があるのでしょうか」。先日、ある講演の際に参加者からこんな質問を投げかけられた。私は間髪入れず、「成長欲求の旺盛な人が多い組織です」と答えた。成長欲求とは、なんとも抽象的な言葉である。今回は、この成長欲求について考えてみたい。

メンバーが成長したくなるとき

ここで言う成長欲求とは、読んで字のごとく「仕事を通じて自分の意識や行動、スキルを高めたい」という気持ちのことである。成長欲求が強い部下は、仕事に対するやる気が高いだけでなく、逆境にもめげない。次から次へと迫り来る環境変化を楽しく感じられるようになるからだ。「この環境変化は自分が成長するチャンスだ」とポジティブに考え、難局を乗り越えようとするのである。

例えば、システムにトラブルが発生してユーザーに呼び出されたときをイメージしてほしい。そんなとき、成長欲求が強い部下は「ここはしっかりと使用状況を確認して、今できる最善を尽くそう」「これを俊敏に解決することでユーザーとの関係を強固にできる」などとポジティブに考え、前向きに行動できる。その結果、高い成果を上げやすい。

人は誰しも、成長欲求を持っている。だが残念なことに、働いている環境によってはそのスイッチがオフになっていることがある。もちろん、中にはどんな環境にあってもむらむらと成長欲求を抱いて確実に成長している人はいる。だが多くの場合、成長欲求のスイッチが入るのは外的な刺激を受けたときだ。チームを率いるマネジャーやリーダーは、どうすれば部下の成長欲求を刺激できるかを考える必要がある。

部下は、どんなときに「成長したい」と感じるのだろうか。それには大きく4つのシーンがある。「自分が向かうべき目標をはっきり持っているとき」「高い達成感を得たとき」「自分の成長を可視化できるとき」「自分は5年先、10年先にどうなっていたいかといったキャリア像を思い描けるとき」である(図1)。マネジャーやリーダーは、どうすればこうしたシーンを演出できるだろうか。以下では、そのための具体的なマネジメント策を提示していきたい。

図1 成長欲求のスイッチを入れる4つの要素

目標と達成度を共有する

図2 部下に目指すべき事柄を自覚させる目標設定シートの例

部下の成長欲求を刺激するにはまず、その部下の目標を可視化すべきである。そのためには、目標管理シートの共有が効果的だ。このシートに、部下は「いつごろまでに、どうなりたいか」を記入する。このとき、目標を意識のレベル、行動のレベル、スキルのレベルに分けるとよい(図2)。

このとき設定する目標は、その部下にとって簡単すぎても難しすぎてもいけない。極めて安易な目標では、クリアしても達成感を得られない。だからといって、高度すぎる目標では、その部下は「どうせ無理」と挑戦する前にあきらめてしまいかねない。

部下の成長欲求を最も高めるのは、少し努力すれば達成可能な目標である。例えば「半年前には不可能だったが、最近勉強した技術を駆使すればなんとかなるかもしれない」と思えるくらいの難易度が望ましい。

その部下の意識や行動、スキルが設定した目標にどれほど近づいているかを定期的にフィードバックすることも重要である。部下は、自分が少しずつでも前に歩んでいる実感をつかめると「もっと成長したい」という欲求を強めるからだ。このため、1カ月に1度くらいの頻度で目標の見直しや達成度のチェックを実施したい。組織によっては「目標管理制度」を運用しているかもしれない。しかしその場合、目標の見直しや達成度のチェックを実施するのは半年とか1年に1度程度だろう。成長欲求を刺激するという観点からは、それでは不十分である。

先に答えを教えない

図3 部下を深層思考に導く問いかけ

部下は、自分で考えて行動した結果として何かを達成できたとき「さらに成長したい」「自分はもっと成長できるはずだ」といった欲求を強める。ここでは「自分で考えて」というところがポイントである。

このため、部下には日ごろから考える習慣を身に付けさせることである。それには、部下があなたに何か尋ねてきても、簡単に答えを教えないことだ。「君はどう思うの?」と聞き返し、その部下が自分で考えるよう仕向ける。会議や打ち合わせの際、部下の発言に対して「それはなぜ?」と何回も問いかける。こうした思考トレーニングを積むことで、部下はいわゆる表層思考から深層思考へと進化する(図3)。

こんな話を聞いたことがあるだろうか。トヨタ自動車の管理職は人材育成のために、部下に「なぜ?」を10回言う。これはまさに、部下の成長欲求を喚起する取り組みと言える。


 

ヘルプ型では部下は育たない

ここまで読んで「部下にいちいち考えさせるより、こちらから細かく指示したほうが話は早い」「自分で考えた末に失敗したら、その部下はかえってやる気を失うかもしれない」と感じる読者もいるだろう。そこで、「ヘルプ」と「サポート」の違いを押さえておきたい。

ヘルプとは例えば、部下がマンホールに落ちてしまった時に手をさしのべる行為である。一方のサポートは、はしごの上で作業をしている部下に気づかれないよう、そっとはしごを支えることである。言い換えれば、ユーザーからクレームがあった場合、お詫びに同行するのはヘルプ型だ。クレームへの対処法を部下自身にしっかり考えさせ、部下が導いた結論にいくつかアドバイスして送り出し、うまくいかなかった場合にだけ先方に出向くのはサポート型上司と言える。

ヘルプ型上司とサポート型上司、どちらのほうが部下の成長は早いだろうか。当然、サポート型である。なぜなら、サポート型上司の部下は自分で考え行動するので、高い達成感を得られる。一方、ヘルプ型上司の部下は指示されるまま行動することになるので、何らかの成果を挙げても「自分でそれを成し遂げた」という達成感はあまり得られないからだ(図4)。

図4 部下を成長させるのはサポート型上司。部下の行動をそっと支えて達成感を感じさせよう

メンターに将来像を投影させる

「自分は5年先、10年先にどうなっていたいか」を思い描かせることも、部下の成長欲求を活性化させる極めて重要な要素である。先日、ある企業のシステム部長が「ITの世界は技術進歩が速くて、キャリアパスを描きにくいんですよ」と話していた。気持ちは分かる。しかし、そう言ってあきらめていては何も変わらない。大事なことは、現在から未来を眺め、ある年齢になったらどんなことをしていたいかに思いを巡らし、その準備を始めることである。不確かさはあっても、そこに向かうために様々な行動を起こしてみることで、新しい何かをつかむことができるのだ。

部下のキャリアへの志向性を強めて成長欲求のスイッチを入れるため、マネジャーやリーダーにぜひ認識してほしいのは、メンターの重要性である。成長欲求が旺盛な人にインタビューすると、彼らにはほぼ例外なくメンターがいる。ここで言うメンターとは仕事における憧れの人のことだ。これは、「いつかこの人のようになりたい」と思える人と考えればよい(図5)。

図5 部下が自分の将来像を投影するメンター

成長欲求が旺盛な部下はメンターを持つだけでなく、そのメンターになぜ憧れるのかを詳しく説明できる。ただ漠然と「かっこいいから」ではなく、「物事をロジカルに説明できるし、今後の夢を惜しみなく語ってくれる。しかも寛容で謙虚だから、周囲からの信頼が厚い」といった具合だ。成長欲求の強い人は、自分の数年後をメンターに投影して今の自分に足りないことを客観的に洗い出し、それを埋めるために何をすべきかを考えているのである。

なお、メンターは不変とは限らない。「5年前は直属の上司だったが、今は取引先の部長がメンターだ」といった具合に、その部下の成長とともにメンターも変わっていくはずである。

チームに成長欲求を蔓延させよう

今回は、部下の成長欲求を刺激するアクションプランについて述べた。部下の成長欲求を高めることに成功すると、職場に好循環が生まれる。目標に向かってアグレッシブに仕事にまい進する同僚の姿を目の当たりにする姿に他のメンバーは自然と感化され、「自分も成長したい」と思うようになる。成長欲求は伝染するのである(図6)。

図6 成長欲求は伝染性がある

さて、モチベーションが下がる理由として最も多く挙がるのは「仕事が忙しく時間に余裕がないとき」である。常に仕事や時間に追われていると、やる気が下がる。そこで次回は、ITにかかわる人々の間でいつも話題になる「タイムマネジメントとモチベーションの関係」について考える。

大塚 雅樹 おおつか・まさき

JTBモチベーションズ 代表取締役社長
1961年東京都生まれ。86年、明治大学法学部法律学科を卒業しJTB(日本交通公社)に入社。91年、社内公募で市場開発室に異動しワークモチベーションの研究を開始。93年、JTBモチベーションズ設立と同時に出向、2004年に代表取締役社長に就任し現在に至る。著書に「やる気を科学する」(河出書房新社)、「明日の出社が楽しくなる本」(インデックスコミュニケーションズ)など。

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