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第6回 「誤解」から「機能的固着」、「集団思考」まで 認知心理学が教えるエラーの原因を知る

誰にとっても自明で誤解が生じない要求仕様を作成するにはどうすればいいのか。 そこには王道と呼べるものはなく、エラーが生じる原因をしっかり理解し、適切な対策を講じるしかない。 今回は前回に続き、ヒューマンエラーを引き起こす人間の特性を解説する。

前回から優れた要求仕様を作成するために不可欠の人間工学や認知心理学を解説している。このうち認知心理学の観点から見て、要求仕様の作成段階でのヒューマンエラーを引き起こす人間の特性は8つある。

「錯覚」、「偏見」、「誤解」、「感情による偏り」、「短期記憶量の限界と推論の曖昧性」、「機能的固着」、「同調」、そして「集団思考」だ。錯覚と偏見については前回解説した。今回は引き続き、残る6つの特性について述べる。エラーは身近なところで起きることを理解して欲しい。

誤解が生じる原因と誤解の分類

人間は、言葉や文章、人の行動など聴覚や視覚を通して入ってくる外部からの刺激によって、様々な情報を処理している。情報処理の形態には、大きく分けて2つのパターンがある。一つは概念駆動型処理とも呼ばれる「トップダウン処理」である。個人が既に持っている知識や概念に基づいて、入力された情報を処理するパターンである。

もう一つは、データ駆動型処理とも呼ばれる「ボトムアップ処理」だ。このパターンでは、入力された情報を基にして、その入力情報をより上位の概念に抽象化しながら情報を処理する。

我々が日常的な会話において、多く使用しているのはどちらのパターンだろうか?読者の経験に当てはめて考えていただきたいが、答えはトップダウン処理である。この処理では個々人が有している知識や概念が異なるため、情報を処理する際に解釈が異なってしまうことがある。これがヒューマンエラーを引き起こす人間の特性であり、平たく言えば「誤解」だ。

ただし誤解といっても一様ではない。大きく分けると、「音韻論的誤解」「統語論的誤解」「意味論的誤解」「語用論的誤解」の4つがある。

音韻論的誤解は簡単に言うと、聞き違い、つまりある言葉の発音を別の言葉と聞き違えたときに起こる誤解のことだ。例えば、会話の一部に方言が混じっている場合、その方言と同じ発音の別の語と勘違いしてしまうようなことである。例えば、関西方面では「なおす」と言えば「格納する」という意味を表すが、関東方面の人は同じ「なおす」という発音を「修理する」と解釈する。「あの件、3日でお願いします」という依頼に対し、3日間とも月初めの3日ともとれるのも、同じである。

統語論的誤解は、言葉や文章の文法を間違えて解釈した場合に起こる誤解である。ある文章を見たとき、主語や修飾語がどの文節にかかるのかの解釈を間違えると違った意味の文章となってしまう。例えば、「古いデータの格納ファイルを変更する」という表現では、古いのはデータとも読み取れるし、格納先であるファイルを指すとも読み取れる。文法上は前者が一般的な解釈だが、必ずしも意図通りに解釈されないのは、誰もが経験しているだろう。

言語や文脈の意味そのものを間違えて解釈したときに起こる誤解を、意味論的誤解と呼ぶ。褒め言葉のつもりで言ったのに、相手には悪い意味で解釈されてしまうといったことだ。

言葉の意図した内容を間違えて解釈したときに起きる誤解もある。語用論的誤解である。遠まわしな表現で依頼したために強い依頼であると受け取られないことや、皮肉を言われているのに皮肉と受け取らない、またはその逆のようなことである。

画像:一口に「誤解」といっても、大別して4つのケースがある
図1 一口に「誤解」といっても、大別して4つのケースがある

人間ならではの「感情による偏り」

誤解とは異なるが、人間は自分自身に関わる情報に対して自我関与が大きくなる傾向がある。意識的か、無意識的かは別にして、自分にとって有益である事柄や、よいイメージを抱く事柄については無条件に納得しやすい。逆に自分にとって無益、あるいは不利な事柄や、悪いイメージを抱く事柄については否定的に見たり、拒絶しやすくなるのである。必然的に、情報そのものを客観的に処理しにくく、情報内容に対する感情が冷静な情報処理を困難にしてしまう。

情報の内容自体ではなく、情報源に対する感情が情報内容の信憑性評価を左右することもある。例えば、自分が好意を持つ人物が発言したことに対しては信憑性を高く評価し、自分が敵意を持つ人物が発言したことにはその逆になる傾向がある。

同様に人間は、ある知識・経験・行動などと矛盾したものに遭遇した時に感じる不快感を解消しようとする心理特性を持っている。「認知的不協和」と呼ばれる心理特性であり、よく取り上げられる例として、喫煙者の不協和がある。まず「喫煙は体に悪い」という知識があり、一方で自分は喫煙という行動をとっている。このような知識と矛盾した行動をとる人には、次のような心理状態が働く傾向がある。

  • 他の情報を求める(喫煙しているのに健康に過ごしている人もいると、自分を納得させる)。
  • 重要度を変える(肺がんにかかるより交通事故にあう確率のほうが高いと、別の事柄と比較し、重要度を置き換える)。

非喫煙者からすれば、「禁煙する=自己の行動を変える」のが正解であっても、なかなかそうはならない。このように感情や矛盾を内包している人間は、必ずしも合理的な考えをしない。これがヒューマンエラーにつながりやすいことの一つである。

画像:ヒューマンエラーを引き起こす「感情による偏り」
図2  ヒューマンエラーを引き起こす「感情による偏り」。同じ内容の話でも、話し手によって受け取り方が異なる

短期記憶量の限界と推論の曖昧性

人間の記憶は大きく分けて、感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3つに分類される。このうち短期記憶は、初めて見聞きした事柄を短時間だけ保持する記憶であり、通常、7±2の情報、要するに5つから9つまでの情報を約20秒間しか保持できないといわれている。

プラスマイナス2は個人差であり、平均は7つだ。誰しも経験があるはずだが、短期記憶は時間の経過とともに忘れてしてしまい、また容量を超える情報が一度に入ってくると、その一部が欠落してしまう。

ただし欠落した情報がそのままかというとそんなことはなく、「確かこういうことだったはずだ」といった推論で補うケースが多い。このとき推論が間違っていると情報が変容する。そして変容した情報が他者へと伝達されると、多くの場合、変容が大きく増幅される(まれに修正されて変容がなくなる場合もある)。よくある伝言ゲームのようなもので、最初に伝達した情報が、最後にはまったく別の情報に置き換わっていることは決して珍しくない。

機能的固着

次に「機能的固着」である。耳慣れない言葉だが、話は簡単で「人は自らの経験や習慣に固執する傾向」があるということだ。つまり、一般的に人は物事を経験することによって知恵をつけていく。その結果として、自分なりの解決法に習熟したり、物の使用法に慣れると、それ以外の方法を思いつきにくくなる。さらに自分のやり方をベストと考え、それを他人にも押しつけたり、それ以外のやり方を試そうとしなくなる。「頭が固い」などと、形容される状況だ。

例を挙げると、一度数学の公式を覚えると問題を解くとき、効率性をおいて何も考えずに公式を使う、“飲ミニケーション”による交渉事になじんだ人は飲めない人にも飲ミニケーションを強要する、といったことである。

もちろん必ずしも悪いことばかりではない。個人的な経験則や体験を基に、問題の解決方法を導き出すのは効率的だし、多くの場合に奏功する。しかし、反面で問題の再構成を怠ることになり、思い込みや偏りを生み出しやすい。特に最近のような変化の時代にあっては、機能的固着を打破した“ひらめき”の状態が望まれる。

留意すべき「同調」と「集団思考」

人間の特性として、他者あるいは集団が提示する基準や期待にそって、それに見合う行動や判断、態度をとる傾向がある。周囲にある程度統一された意見がある時、自分はそれとは異なる意見を持っていたとする。その場合に自分の意見の妥当性に疑問を感じ、自分の意見を曲げてしまうのだ。

この傾向には実験例がある。信号の色が青であるか、緑であるか回答させる実験を行い、被験者を1人、他のメンバーはすべてサクラ(仕掛け人)とした状態で、サクラが信号の色は緑であると回答し続けると、正解は青であっても、被験者は最終的に緑と回答するようになる傾向が、実証されている。

「同調」の延長線上で、人間は集団になることによって、「集団思考」の特性が現れることがある。集団思考概念の提唱者であるアーヴィング・ジャニス(IrvingL.Janis)は、集団思考を表1のように定義している。典型例が、社会心理学でいう「斉一性の原理」だ。集団の意思決定を行う際に異論を排除してしまうもので、特に全会一致で意思決定する場合に、明らかに不合理あるいはリスクの大きい決定が容認されてしまう可能性がある。

具体例を挙げると、太平洋戦争中の戦艦大和出撃や玉砕行動などを思い浮かべていただければよい。最近のケースで言えば、食品偽装や品質偽装が相当するだろう。すなわち

(1)素因(前提条件)

  • 集団が外部の脅威にさらされていたり時間が切迫したりしている
  • 集団の団結が強い
  • 集団のリーダーの権限が強い

などが成立している。このとき、

(2)状況

  • 成員のほとんどの間で根拠のない過剰な楽観的観測が共有される完全性への幻想
  • 自集団が共有する倫理観についての疑問を持たない倫理性への幻想
  • 過去の実績を理由に自集団に対する批判的な評価を行う傾向にある自己正当化

といったことが生じる。すると客観的に見ておかしい決定(何らかの欠落)がなされてしまうことがあるのだ(図3)。要求仕様を作成する際には、ある特定の集団で議論することが多いため、集団思考に注意を払う必要があるだろう。

画像:集団思考の素因、状況、そして決定事項の性質
図3 集団思考の素因、状況、そして決定事項の性質(画像をクリックで拡大)

ドクター福田の「文章力アップ」処方箋

「道芝」や「蜀江の錦」の意味を説明できますか?

正確で明解な要求定義を作成するには日本語の文章力が重要です。文章力の源泉の一つが語彙力にあります。

さて、さすがに「未曾有」の読み方や意味を知らない読者は少ないはずですが、「百葉箱」や「泥濘」はどうでしょうか? 「道芝」や「蜀江の錦」になると、ほとんどの方が正しく意味を把握していないのではないでしょうか。

こうした言葉を知っているかどうかをもとに、語彙力を簡単に推定するテストがインターネット上にあります(「語彙数推定テスト」)。意味が分かる言葉をチェックして、「推定開始」ボタンをクリックすると、理解していると推定される語彙数をチェック。小・中・高・大の学生のレベルにマッピングして回答者のレベルを表示してくれるのです。高校生レベル以下になった人は要注意といえるでしょう。

福田 修ふくだ・おさむ

CSK、日本インフォメーション・エンジニアリングを経て、1997年にテクノロジー・オブ・アジアを設立、代表取締役に就任。適切な情報技術の動向把握に長け、 2000年問題の効果的解決、インドのSI会社との提携、Webアプリケーションへの取り組み、オブジェクト指向設計/開発の導入などに早期から対応し、後発システムベンダーへの指導的立場にもある。関連論文多数あり。
http://www.toasia.co.jp/

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