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オーダーメードの育成戦略で部下をやる気にさせる(第8回)
「経済学者はクールヘッドとウォームハートを持たねばならない」。これは20世紀初頭に活躍した英国の経済学者、アルフレッド・マーシャルがケンブリッジ大学での教授就任講演で述べた言葉である。クールヘッドとウォームハートを日本語で言うなら、「冷静な頭脳と温かい心」といったところだろうか。
この言葉はもともと経済学を志す学生に向けられたものだが、企業の管理職にもとても重要な示唆を与えてくれる。今回はこのクールヘッド/ウォームハートをキーワードに、チームのモチベーション・マネジメントに取り組む際のヒントを提示していきたい。
相手に応じてやる気向上策を使い分け
まずは、クールヘッドである。経済学の文脈においてはこれは、しっかりとデータを分析し、数値の行間を客観的に読み込む冷静な頭脳を指す。では、モチベーション・マネジメントにおけるクールヘッドとは何か。それは、部下が抱える表層的な課題に流されその場しのぎで対応するのではなく、部下1人ひとりの特性を深く洞察したうえで「どんなサポートをすれば、この部下の成長スピードが最も速まるか」を冷静に考える“深層思考”にほかならない(図1)。
ここで、クールヘッドによるモチベーション・マネジメントの具体例を紹介しよう。ある企業のシステム部門において、課長として10人のメンバーを率いるAさんの例である。
Aさんのチームには、B君という新人がいる。AさんのB君に対する指導法は、手取り足取りという言葉がぴったりだ。何か仕事を言いつけるときはやり方や注意点、起こり得る問題と解決策まで懇切丁寧に説明する。何でも先回りして教えるので、B君は疑問を感じる暇がないほどだ。Aさんは、B君が実際に作業にかかってからも頻繁に声をかけ、少しでも行き詰まっているようであれば相談に乗る。作業後は、「よくがんばった」「任せた仕事をいつもきちんとやり遂げてくれるので助かる」などと言ってB君をねぎらうことを忘れない。
入社3年目のC君に対して、Aさんは全く別のアプローチで接する。作業を指示するときは要点だけを伝え、具体的なやり方はC君の判断に任せる。その後、C君が何か疑問にぶつかって指示を仰いでもすぐには解決策を提示せず、「君はどう思うの?」といったんは突き返す。この繰り返しによりC君は、まず自分で考える習慣を身につけた。Aさんに質問するときは必ず、最善の策は何かを自分自身で考えたうえで「このことについて、私自身はこう思います。課長のご意見をお聞きしたいのですが」と表現するという。
Aさんという1人の管理職が、こんなふうに対照的なマネジメント手法を併用している。こうして並べて提示すると、「どちらのやり方が正解だろう?」と考えてしまうかもしれない。だが、これは単純な二項対立の議論ではない。あえて言うなら、どちらも正解である。実際、B君とC君はともに高いモチベーションを維持している。B君は上司であるAさんからの期待や評価を一身に受けていること、C君は自分自身で考え実行して成果を得ることにそれぞれやりがいや達成感を感じ、動機づけられているからだ。
もし、B君とC君に対するAさんのマネジメント手法が逆だったらどうだろう。入社3年目でそろそろ一人前になろうとしているC君に手取り足とり指導しては、かえってやる気をそぐことになりかねない。一方、入社して間がなくまだ知識も経験もないB君に「君はどう思う?」といきなり尋ねても、かえって戸惑わせるばかりだろう。
Aさんは、相手の知識レベルや特性に応じて最も効果的と思われる手法を個別に考え適用することで、部下のやる気を引き出している(図2)。これこそまさに、クールヘッドを駆使したモチベーション・マネジメントの好例といえる。
前向きな言葉を選んでフィードバック
部下のやる気を出させるには、クールヘッドだけでは十分ではない。どんなに綿密なモチベーション戦略を立てて実行しても、部下との間に信頼関係がなければうまくいかないからだ。この信頼関係の構築に不可欠なのが、ウォームハートである。
ウォームハートとは、単に「優しく接する」という意味ではない。そんな単純なコミュニケーションでは部下の信頼を勝ち取れないことは、読者のみなさんもよくご承知だろう。モチベーション・マネジメントにおけるウォームハートとは、「本気で部下の成長を願う心」のことである。ウォームハートを伴わない期待や評価の言葉はそらぞらしい。一方、ウォームハートを持っている上司の言葉は、たとえ厳しい叱責であっても部下にとって受け入れやすい。
これらを踏まえて、ウォームハートを部下に伝えるための3つのアクションを提示する(図3)。
第1のアクションは、フィードバックのレベルを高めることである。具体的には、部下に会議の司会を任せたり、取引先に同行させたりしたときに感じたことを、「すぐに」「具体的に」「ポジティブに」フィードバックすることを心がける。
特に、「ポジティブに」が重要だ。「あんな業界用語ばかりの説明で、先方は理解できるわけないだろう」などと否定的な言い方をしてはいけない。同じことを指摘するなら、「業界用語をもっと分かりやすい言葉に置き換えると、先方も理解しやすかったと思うよ」といった前向きな表現のほうが、部下の心に響きやすい。「一歩一歩着実に成長していこう」という宣言に聞こえるからである。
知識の獲得と活用の場を用意する
第2に、部下に「記録」と「可視化」の習慣を身につけさせる。いろいろな場面で得る知識や、外出先などでふと気づいたアイデアなどを書き留めるよう促すのだ。「アイデアノートを作りなさい」「最近習得した知識を簡単にまとめて、メールしてほしい」などと指示すればよい。上司自らが記録や可視化に取り組む姿勢を見せると、さらに効果的だ。例えば、部下への指示や賞賛を、口頭ではなくメールや手紙で伝える。
ウォームハートを部下に伝える第3のアクションは、「インプット」と「アウトプット」を支援することだ。ここで言うインプットとは、知識や人脈を獲得することである。部下のインプットを支援するにはまず、知識向上に役立つアドバイスを日常的に与える。アドバイスの内容は、「こんな本がある。役に立つから読んでみるといい」「おもしろそうなセミナーあるから参加してみたらどうかな」など、できるだけ具体的なほうがよい。人脈を広げる手助けもしよう。人脈作りの方法論もさることながら、部下にとってプラスになりそうなあなたの人脈を積極的に紹介するとよい。
インプットした知識や人脈を、自己の成長に役立てるための“場”を構築する手助けもする。これは特別難しいことではない。例えば、社内外の知人を紹介したら後日、その人と会って何を感じたかを聞く。推薦した本の感想を、メールで送らせる。セミナーで得たことを、朝礼の場で3分スピーチさせる。こうして得た知識をアウトプットすることにより、部下はその知識を自分のものとして身体化できる。
上司がこうした支援を繰り返すうちに、部下はインプットとアウトプットのバランスを自分で制御できるようになる。そして、あなたの“ウォームハート”に感謝してさらに信頼を高めることになる。
まず上司自身が変わる
とはいえ、常にクールヘッド/ウォームハートを維持し続けるのは難しい。時には、「ウォームヘッド/クールハート」になってしまうのが人間というものである。「部下が失敗を繰り返すので頭に血が上り、つい怒り狂いたくなった」「深刻なトラブルに直面し、部下の成長など忘れて怒鳴り散らしてしまった」。管理職の誰もが、多かれ少なかれこうした心境に心当たりがあるはず。
そんなとき、くれぐれも「後悔先に立たず。考えても仕方ないから忘れよう」などと開き直らないでほしい。重要なのは、そうした行動自体や背後にある意識を後から振り返ること。その繰り返しにより、ウォームヘッド/クールハートな状態に陥る頻度を大幅に低減できる。
優秀な管理職は必ず、自分自身を振り返る“追体験”の習慣を持っている。これは、多くの企業の管理職をインタビューしてきたなかで私が得た知見の1つである。追体験とは、自分の行動を頭の中で再現することだ。会社からの帰り道や入浴時、あるいは布団のなかなどで、その日うまくいったことやうまくいかなかったことを思い浮かべる。連載第5回(本誌2月号)でも、この追体験の重要性について触れた。覚えている方も多いと思う。
部下から信頼され、組織全体のモチベーションを高く維持している管理職は、もう一段進化した追体験を実践している。「部下の成長を意識できたか」や「部下の成長をサポートするよう行動できたか」を日々振り返っているのだ(図4)。「部下に自ら考えさせる時間を惜しんで、安易に解決策を教えてしまった」「つい否定的な言葉を使ってフィードバックしてしまった」といった反省点を意識し、翌日のマネジメントに反映するためだ。こうして部下の成長への関与度合いを日々追体験することににより、クールヘッド/ウォームハートは加速していく。
今回は、部下の特性に合わせてモチベーション向上策を練るためのクールヘッドと、部下の成長を願うウォームハートの意義と実践法について述べた。チームのモチベーション向上を目指す管理職のみなさんは明日からぜひ、これらの概念をマネジメントツールの1つとして取り入れてほしい。上司が変われば部下も変わる。チーム全体がやる気に満ちるまで、そう時間はかからないはずだ。
大塚 雅樹 おおつか・まさき
JTBモチベーションズ代表取締役社長 1961年東京都生まれ。86年、明治大学法学部法律学科を卒業しJTB(日本交通公社)に入社。91年、社内公募で市場開発室に異動しワークモチベーションの研究を開始。93年、JTBモチベーションズ設立と同時に出向、2004年に代表取締役社長に就任し現在に至る。著書に「やる気を科学する」(河出書房新社)、「明日の出社が楽しくなる本」(インデックスコミュニケーションズ)など。
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