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企業経営へのインパクトと意義—Part2
IFRSという会計基準の発祥はどちらかと言えばアカデミックなものであり、決して最初から世界標準となるだけの力を持ち合わせていたわけではない。しかし、世界のGDP(Gross Domestic Product:国内総生産)の30%を占める欧州が2005年にIFRSを域内上場企業に強制適用したことで、流れは大きく変わった。
IFRSは、会計基準のデファクトスタンダードとなるべく確実に適用国を増やしている。日本の上場企業にIFRSが適用されることはほぼ間違いない。
IFRSが立脚する価値観は、私たちが慣れ親しんできた従来の会計基準とは全く異なる。ここではこの価値観の違いという視点から、IFRSの特徴を大きく3つ取り上げ、企業経営にとっての意義を概観する。
経営判断とその結果をガラス張りに
日本の会計基準が基づいているのは、売上と費用から利益を計算し、それを事業活動の結果として見なすというPL(損益計算書)中心の考え方である。これを、「収益費用アプローチ」と呼ぶ。これに対して、IFRSはBS(貸借対照表)を重視し、事業資産の増減で事業活動を計測する「資産負債アプローチ」を採っている。これが、IFRSの第1の特徴である。
こうした基本思想の違いは、財務諸表の表示形式に現れる。国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計審議会(FASB)が検討を進めている、IFRSの新たな財務諸表の中心となるのは、「財政状態計算書」「包括利益計算書」「キャッシュフロー計算書」である。これらはそれぞれ、日本基準の「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」に相当する。
これら財務3表は、事業資産を基軸として横並びに対比できる(図2-1)。このため、事業活動のパフォーマンスが、会計上の活動ベースとキャッシュベースの双方で一目瞭然となる。IFRSに基づく財務諸表は、経営者は事業資産の増減とそのパフォーマンスに責任を持つことをより鮮明にし、その結果をガラス張りにする。
IFRSはさらに、資源を配分して投資効果を個別に計測すべき「セグメント」ごとの収益状況を開示することを求める。ここで言うセグメントとは、経営者による意思決定の単位である。廃止事業についても、関連する事業資産を別掲しなければならない。これらにより、企業が事業資産をどのように配分しているかが明らかになるので、投資家は経営実態をより詳細に把握できるようになる。
加えて、IFRSは事業資産の時価変動による増減を含めた包括利益を計測することを求める。経営の責任は「売上最大・費用最小」にとどまらず、「事業資産の増減」にも及ぶという点が明確にされるわけだ。
財務会計と管理会計の統合を可能に
IFRSの第2の特徴は、「原則主義」という点である。
日本の会計基準は「細則主義」と呼ばれ、様々な規定が事細かに決められている。会計基準そのものの完成度では、日本の会計基準の方が圧倒的に高いといえる。だがそれゆえに、企業ごとに異なる経営視点を取り込めるだけの余地がなかった。
例えば、固定資産の償却については、その合理的判断を容易にするため、日本の会計基準では税法で定められている期間に準じて償却期間を固定的に設定している場合が多い。しかも、一度決めた償却方針の変更は現実的には容易ではない。これに対してIFRSは、重要な固定資産について「企業が個別に償却期間を設定し、かつ毎期再評価する」としている。
このように、IFRSは柔軟性の高いルールであるため、企業にとってその適用は、投資家に対する開示情報と経営判断の整合性を担保できるという利点がある。従来、業績開示を目的とする財務会計と、経営判断の材料にする管理会計は、分離しているケースが多かった。このため、投資家向けに開示される数値と、経営者が実際に意思決定する根拠となる数値は必ずしも一致していなかった。
IFRS適用により、財務会計と管理会計のずれが少なくなり、統合しやすくなる。IFRSは、実際の経営判断に使っている情報を財務諸表に反映するよう求めるからだ。財務会計と管理会計の統合には、会計業務プロセスを効率化できるといったメリットもある。
無形資産の評価で産業育成
IFRSの第3の特徴は、サービス業の比重が高い「知的資本社会」に即した事業活動の計測を重視している点である。サービス産業においては、企業は工場や機械など売却可能な固定資産をそれほど多く持たない。製造業に比べ、価値の源泉を“人財”やノウハウといった無形資産に大きく依存しているからである。
現在の会計基準では、人財に関わるものはすべて費用となる。例えば、ソフトウェア開発における研究開発への投資は、その成果の販売可能性が認められるまではすべて費用として計上しなければならない。このため、企業は研究開発に対する思い切った投資はなかなかできなかった。財務数値がマイナスを計上すると、市場からの資金調達が難しくなるからだ。
もちろん、人やノウハウは工場や機械のように売買できるものではない。しかし、事業価値の源泉を資産計上できないままでは、事業資産に対する企業のパフォーマンスを正しく計測することはできない。
それだけではない。知的資産などの無形資産を評価・計上できない会計基準は、新たな産業が成長する際の足かせとなる可能性がある。将来のために増やすべき無形の事業資産を、短期的に収益を出すための費用圧縮の観点から削減せざるを得なくなるといった問題が生じかねないからである。
その点、IFRSは研究開発費のうち開発費については資産として計上することを認めるなど、無形資産の計測と評価に積極的に取り組む姿勢を明確にしている。IFRSが、無形資産を主たる事業資産とするような企業への投資を積極化するドライバーとなることは間違いない。知的資本社会における新たな産業育成を推進する可能性を秘めた会計基準と言えるだろう。
高度な倫理観を持つ人財の育成がキー
IFRSは単なる会計基準ではなく、グローバル経済社会の新たなコモンセンスであり、企業はそれを積極的に活用することで経営力を向上できる。筆者はそう確信している。片言でも世界中である程度は通用する英語のように、グローバルで資金調達する企業にとってIFRSは非常に有用な道具となるはずだ。
ただしもちろん、IFRSにもデメリットはある。自由度が高いだけに企業が自ら決めなければならないことが多く、経営判断は煩雑になる。さらに、その判断を論理的に説明するための「注記」と呼ぶ補足情報が大幅に増加する。
その一方で、原則主義や無形資産の重視といった思想は、利益操作に直結する大きなリスクを抱えているのも事実である。例えば、無形資産の計上は会計上の利益とキャッシュ残高との乖離を生み出しやすい。
こうしたデメリットやリスクを未然に防いでIFRSのメリットを最大限に享受するには、IFRSの価値観への深い理解と高度な倫理観を併せ持つ人財を育成することが欠かせない。それには、ある程度の時間と試行錯誤が必要だ。IFRSを育んだ欧州でさえ、その経営への活用は始まったばかりであるという。企業はそうした実情を踏まえ、十分な時間と試行錯誤を覚悟して人財育成を開始すべきである。
IFRSの進化に合わせて段階的な適用を
最後に、2つのことを確認したい。1つは、IFRS適用は企業の経営力を世界レベルに引き上げる前向きな投資であることだ。「財務諸表への虚偽記載による不正防止」という後ろ向きな目的を持つ内部統制対応とは、この点で決定的に異なる。
2つめは、IFRSは1度適用すれば済むものではなく、常に最新の状況をキャッチアップしていかなければならないものであることだ。IFRSそのものもまだ進化途上であり、今後も継続的に改訂されていく見込みである。IFRS適用の取り組みを一過性のものととらえず、長期的な視野で計画を立て着実に実行していっていただきたい。
Column 欧州におけるIFRS導入状況
2005年、域内上場企業にIFRSを強制適用した欧州は当初、その意義として「企業の資金調達効率化」「企業のグローバル化推進」「グループ経営力の向上」の3つを挙げていた。これらのうち、企業の資金調達効率化とグローバル化については、すでに一定の効果が現れている。ロンドンやユーロネクスト、フランクフルトなどの株式市場に上場する企業が域内グローバル化を進め、欧州全体の経済成長に大きく寄与しているという。
しかし、3つめのグループ経営力についてはまだ十分な効果は出ていないようだ。欧州上場企業のほとんどは、財務諸表の開示形式を変更するという最低限の対応しか実施していない。実際の経営判断に新たな会計基準を活用している欧州企業は、全体の1割にも満たないと言われている。これには理由がある。欧州においてはIFRS強制適用までの猶予期間が短く、先行事例もなかったからである。
ただ強制適用から4年経ち、経営に使用する管理会計上の数値と開示情報との不整合によるリスクへの認識が欧州企業の間に広がりつつある。このため、経営会計としてIFRSを活用しようという企業は着実に増えてきているようだ。日本の先行指標として、こうした欧州企業の動きに今後も注目しておく必要がありそうだ。
Column 英語の壁を乗り越えよ
IFRSの活用という観点では、会計実務やシステム担当者の英語力が非常に重要になる。もちろん、IFRSの基準書や解釈指針といった決定事項は、随時日本語に翻訳されている。このため、決まった規則を理解し制度要件として適用していく場合、英語を駆使できなくてもそれほど大きな支障はないかもしれない。
しかし、検討中の様々な項目についての草案公開やディスカッションには原則として英語が使用されている。新たな会計基準の方向性を理解し、経営に生かすためには、そうした英語の情報をリアルタイムで入手し検討することが欠かせない。
実際、本章で紹介した財務諸表の表示形式についても、正式な日本語訳はない。このように、英語版と日本語版の間には現状、大きな時差が生じている。今後、日本企業がグローバル経済の一員として活動していくことを志向するならば、こうした時差を生み出す言葉の壁を乗り越えなければならない。
Column グループ経営モデル日米の違い
米国系の企業グループでは、グループ全体をあたかも1つの企業のように経営管理する「シングルカンパニー・モデル」をグループ経営のベストプラクティスとしている。
一方、日本ではグループ各社の自治を優先した「連邦経営モデル」を志向している企業が多い。筆者も、企業それぞれの自立を促す連邦型の方が企業グループを経営する上で柔軟性と多様性という企業グループの持続発展に重要な要素を育成する有効なモデルではないかと考えてきた。
ところで、この「集権」と「分権」それぞれに重きを置く対極的なグループ経営モデルは、それぞれどこから生じているのだろうか。法定開示のあり方の違いは、その1つの答えになるかもしれない。法定開示は大きな社会的責任を生じさせるため、経営者に大きな影響を与える。
米国では、法定開示は連結を前提としたもので、日本のように個別会計と併存するものではない。税制度も連結中心である。このため、グループ会社はあくまでグループの一部であり、法人格は日本企業の部門のような位置づけである。
ところが、日本の経営は長らく個別会計を中心としており、納税も法人単位が中心である。よって、法人格の存在は社会的に重い。このため、グループ親会社の経営者は法人格を持つ子会社を1つの企業として尊重する。
こうした法人格に対する認識の違いが、グループ経営管理モデルのあり方にも影響を与えているのである。
- 森川 徹治
- ディーバ 代表取締役社長
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