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IFRS解体新書〜日本基準との違い—Part3

誕生の経緯や狙いを知り
IFRSの本質に迫る

日本でIFRSが話題に上り始めたのは、ここ1年ほどのことだ。30年前に前身となる会計基準が産声を上げたIFRSは、いまや100以上の国で適用されている。本パートでは、そもそもIFRSとは何かを、その成り立ちに立ち返って解説する。

皆さんは、エスペラント語をご存じだろうか。1887年に最初の文法書が発表されたエスペラント語は、全世界の人の第2言語となることを目指して開発された国際言語である。文化的な背景を持って自然に発展してきた自然言語とは異なり、人為的に開発された人工言語に分類される。システム開発に利用するJavaなどのプログラミング言語も、人工言語の一種だ。

IFRSもこのエスペラント語と同じように、人為的に開発された会計基準である。元来、会計基準とは自然言語と同様に、各国それぞれの文化的な背景の中から慣習として発展してきたものである。これに対しIFRSは、投資家の意思決定に有用な情報を提供するという財務諸表の目的に適合するように開発されたものだ。

日本の上場企業にとっても、IFRSへの対応は不可避の状況となってきた。金融庁が2009年2月に公表した日本版ロードマップ案によれば、2015〜2016年ごろにIFRSの強制適用が始まる見込みである。

本パートでは、そうした動きの背景や目的を理解するために、IFRSの成り立ちやこれまでの歩みを概観していきたい。

正しくは国際財務報告基準

ここまで国際会計基準をIFRSと略してきたが、「国際的な会計基準と言えば、『IAS』というのも聞いたことがある。紛らわしくてよく分からない」と思う人がいるかもしれない。この違いを説明したのが図3-1である。

図3-1 IASとIFRS
図3-1 IASとIFRS
IASはIASCが開発した基準書、IFRSはIASBが開発した基準書である。また、基準書や解釈指針を総称して呼ぶときも、IFRSが用いられる(画像をクリックで拡大)

IASC(International Accounting Standards Committee:国際会計基準委員会)が開発した基準書のことを示すときは、IAS(International Accounting Standard:国際会計基準)と表記する。IASCは2001年、IASB(国際会計基準審議会:International Accounting Standards Board)という新体制に移行した。このIASBで開発された基準書を指すときには、IFRS(International Financial Reporting Standard:国際財務報告基準)と表記する。

さらに、上記個別の基準書と詳細な取り扱いを記した解釈指針を総称するときは、「IFRS(International Financial Reporting Standards:国際財務報告基準)、または個別の基準書の略称との混同を避けるため「IFRSs」と複数形で表記する。

ただし日本では、基準書と解釈指針を総称するとき「国際会計基準」と表現することが多いようだ。例えば、前述した金融庁のロードマップ案のタイトルは「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)(案)」である。これは厳密に言えば、「国際財務報告基準」とすべきところだが、分かりやすさを優先してのことだろう(編集部注:本特集においても、「国際会計基準」と「IFRS」を同義に使っている)。

すでに100以上の国が適用

エスペラント語の話者は100万人程度と言われているが、IFRSは100以上の国で適用が強制、あるいは許容されている会計基準である(図3-2)。ただし、IFRSが世界的に適用されるまでには紆余曲折があった。

図3-2 IFRSを適用している国
図3-2 IFRSを適用している国
青エリアは、IFRSを強制または許容している国で、100カ国を超えている。緑色エリアは、IFRSと自国基準との差異の縮小に取り組んでいる、もしくはIFRS適用への移行途中にある国

IFRSの誕生は、1973年にさかのぼる。この年、主要国の会計士団体が参加するIASCが発足。IASの開発がスタートした。ただし、開発作業は主要国の会計基準をベースに進められたため、主要国間で差異がある基準については代替的な処理を複数認めた。このため、IASは「企業間の財務諸表の比較が困難である」という批判を受けることとなった。

その後、可能な限り代替処理を取り除く取り組みを通じて、IASの品質は向上。2001年に、IASCから改組されたIASBに基準開発が引き継がれた。

IFRS適用の世界的な広がりを決定付けたのは、2005年の欧州域内上場企業に対するIFRS強制適用である。IFRSは当初、IASCという各国へ会計基準の適用を強制する権限を持たない会計士団体により開発されたので、強制力を持った後ろ盾(規制当局)が必要であった。他方欧州としても、統合された市場において適用する統一会計基準が必要だったのである。

会計基準は投資家への説明ルール

さて、ここまで読んで次のような疑問が浮かんだ読者もいるかもしれない。欧州は域内市場が統合されたため、その市場で適用する統一基準を必要とした。しかし、市場統合には至っていない全世界でIFRSが求められるのはなぜだろうか?

これに答えるには、「そもそも会計基準とは何か」という疑問を解かなければならない。所有と経営が分離された企業社会においては、企業への資金提供者である投資家と、その資金を預かって事業活動を行なう経営者とは、別個のものとして存在する。こうした企業社会において会計基準とは、経営者が投資家から提供を受けた資金の運用成果を説明する財務諸表を作成する際のルールと言うことができる(図3-3)。

図3-3 会計基準の役割
図3-3 会計基準の役割
経営者が投資家から提供を受けた資金の運用成果を示す財務諸表を作成するルールが会計基準

経営者から投資家への説明ルールを当事者間のその都度の交渉に委ねていては社会的なコストがかかるため、社会インフラとして一定の共通ルールが必要となった。それが会計基準である。会計(Account)の派生語であるAccountabilityが「説明責任」を意味することからも、会計と何かを説明することとの関係が深いことが分かる。

ルール統一が生んだイチローの記録

このような投資家と経営者の関係が、一国に閉じていれば会計基準の統一が求められることはなかった。その国において適用される会計基準に基づき財務諸表を作成し、その国の投資家だけがその財務諸表を理解できればよかったからである。

ところが、投資家と経営者が国境をまたいで活動するようになると、そうはいかなくなる。経営者側からすれば、企業が資金調達を行なう国ごとに異なる会計基準に基づき財務諸表を作成するのはコストがかかる。投資家側からすれば、国ごとに異なる会計基準で作成された財務諸表を理解するのはやはりコストがかかる。

しかも、会計基準間で算出される利益がまったく異なるとしたら、理解に要するコストはさらに増加する。例えば、三菱UFJフィナンシャル・グループの2008年3月期の連結最終損益は、日本基準では6366億円の黒字だったが、米国基準では5424億円の赤字となった。会計基準の相違により利益が1兆円以上も異なってしまったのである。

ここで、皆さんの記憶にも残っているであろうイチローの日米通算安打記録の話をしたい。2009年4月17日、シアトル・マリナーズのイチローが日米通算3086安打を達成し、日本プロ野球の安打記録を更新した。ここで、そもそも記録の日米通算が可能となっているのはなぜかと言えば、日米で野球という競技のルールが統一されているからである。この記録達成に沸いた1カ月前のワールドベースボールクラシックやオリンピック、ワールドカップのような国際試合が成立し得るのも、グローバルで競技ルールが統一されているからにほかならない。

このようにグローバル化にはルールの統一が不可欠で、このルール統一が会計の世界でも起きている。これが会計基準の世界的な統一化、IFRSが求められる背景である。

日本基準の変更は社内変革の好機

では、現行の日本基準とIFRSの間には、どのような違いがあるのか。

まず、収益認識が異なる。日本では製品の出荷時に収益を計上する企業が多いが、IFRSは原則的に、取引先での検収時に収益を計上する検収基準での処理を求める。また、物品販売と無料保証などのサービスを一体にして提供する取引については、IFRSではそれぞれを合理的に分割したうえで、物品の部分については販売時に収益計上し、サービス部分は保証期間にわたって収益を繰り延べることを求めている。

固定資産の償却の仕方にも差異がある。IFRSでは、取得原価を重要な構成部分に配分して個別に減価償却を行なうことを求める。例えば航空機であれば、機体部分とエンジン部分について、別個に償却計算する。さらに、償却期間は日本基準では税法で定められた耐用年数をそのまま用いるのが一般的だが、IFRSでは企業がその資産の利用状況などを考慮して独自に見積もらなければならない。

このほか、日本基準とIFRSでは連結や企業結合の認識が異なる。日本基準では、子会社株式の売却損益が計上される。一方、IFRSでは、その子会社への支配が継続している場合は、連結上では子会社株式の売却損益は計上されない。企業の買収・合併時に発生する「のれん代」の処理も異なる。のれんとは、企業が持つブランドやノウハウ、保有スキルといった目に見えない資産のこと。一般的に、買収された企業の時価評価純資産と、買収価額の差で表す。こののれん代は、日本基準では償却の対象である。しかし、IFRSにおいてはのれんは償却しない。正ののれんは資産に組み入れ、負ののれんは収益として認識する。

実は日本ではこれまで、IFRSの適用(アダプション)を検討する前に、日本基準とIFRSの間の差異を縮小するコンバージェンスの取り組みが続いてきた。2007年8月8日には、日本の会計基準設定主体であるASBJ(Accounting Standards Board of Japan:企業会計基準委員会)はIASBと、コンバージェンスを加速化することで合意。この「東京合意」に基づき、毎年のように多くの日本基準が改訂されている。例えば、「工事契約」や「資産除去債務」、「セグメント情報開示」といった会計基準については、IFRSとの差異はほぼ解消されている。企業は、こうした日本基準の改訂に目を光らせておく必要があるだろう。

とはいえ、日本基準とIFRSとの差異の把握は、IFRS適用の第1ステップに過ぎない。会計基準の変更は企業内の様々な仕組みに幅広く影響を与える。差異を把握したら、業務プロセスやシステム、関連する管理会計制度を見直すとともに、継続して適正なIFRS財務諸表を作成していくための人材育成や教育体制を構築する必要がある(図3-4)。

IFRS適用を単なる会計基準の変更対応と狭くとらえず、社内体制の変革の契機としてこれらの問題に積極的に取り組んでいただきたい。

図3-4 IFRS適用が企業にもたらす影響
図3-4 IFRS適用が企業にもたらす影響
日本基準をIFRSに近づける過程で生じる課題(コンバージェンス問題)と、企業がIFRSを適用する際に生じる課題(アダプション問題)は、“適正な財務諸表”と“経営管理のあり方”に影響を与える(画像をクリックで拡大)
伊藤 久明 (公認会計士)
プライスウォーターハウス クーパースコンサルタント シニア マネージャー
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