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拡大する「産消逆転」現象—Part3
先進的な技術は国家プロジェクトなどで開発され、やがて民生化される。こうした流れが従来は主流だった。しかし近年は、企業より個人のIT利活用環境のほうが先に高度化する現象が多く見られるようになってきた。野村総合研究所(NRI)では、このような現象を「産消逆転」と呼んでいる。
産消逆転は、ネットワークや端末などの領域において最初に顕在化した。2000年代前半、一般家庭で10Mbps以上の速度のADSLが利用できるようになり、2004年には国内のブロードバンドの世帯普及率が60%を超えた。これに対して多くの企業は当時、まだ低速で高価な専用回線を使っていた。
また、消費者は携帯電話で当たり前のように大容量のコンテンツ配信や位置情報、電子マネーなどの高度なサービスを使っている。だが、携帯電話の企業利用はいまだに限定的で、セキュリティなどの問題から社内メールの閲覧すらできていないのが実情である。
そして今、産消逆転はネットワークや端末などITインフラの領域から検索技術やブログ、SNSといった情報活用の分野へと猛烈な勢いで拡大しつつある。中でも情報発信の分野で起きている産消逆転は、企業にとって見逃せない動きになっている。
消費者が発する情報でライバルとの差異化を図る
かつて製品やサービスに関する情報は、企業がマスメディアを介して世の中に提供するものが中心だった。しかし最近では消費者がブログやSNSなどを通じて発信する情報が多くなり、ブログやSNSは「CGM(Consumer Generated Media)」と呼ばれるメディアとして認知されるまでになった。企業にとってCGMは、製品/サービスをマーケットに訴求したり、消費者の嗜好や製品/サービスの評価を分析したりする上で欠かせないものになっている(図3-1)。
情報発信の産消逆転をビジネスに上手く取り入れた企業の1社が、世界最大級の電子商取引(EC)サイトを運営するアマゾン・ドット・コムだ。ご存じのように同社は、出版社やメーカーによる書評や商品説明だけでなく、消費者による評価「カスタマーレビュー」を積極的に掲載している。独自に検証した結果、カスタマーレビューの量や質が消費者の購買行動に大きな影響を与えることが明らかになったからだ。
ECサイトはリアルの店舗と異なり、実際に商品を手に取ったり、店員から説明を受けたりできない。だが、リアルの店舗と違って設置スペースや陳列棚の制約がないので、書籍や商品のレビューをたくさん掲載できる。しかも消費者がECサイト内で発信する情報はそのサイトのオリジナル情報となり、競合のECサイトとの差異化を図れる。
アマゾンはそれぞれの消費者の嗜好に見合った商品を推奨する「レコメンデーション」の機能も、ECサイトにいち早く実装した。レコメンデーションのベースになっているのは、システムに蓄積した膨大な量の顧客の購買履歴である。商品の検索や購入の過程で発生する情報を分析して、購買に結びつきやすい情報を提供することで「ついで買い」を促し、販売単価の向上を図っている。
このように社内に蓄積された情報に加えて、消費者が生成する情報を積極的に活用するのは、先進企業の間では当たり前になっている。そうした先進企業の中でも、アマゾンのように情報の分析力を高めてライバル企業との差異化を図る企業は「Analytic Competitor(分析力で勝負する企業)」と呼ばれ、業界のリーダー的存在となっている。
電子税申告サービス大手の米H&R Blockは、Analytic Competitorの1社と言えるだろう。同社は早くからCGMの情報を収集し、それに基づいてサービス改善に取り組んできた企業として、知る人ぞ知る存在だ。
H&R Blockは自社のオフィシャルサイトにアンケートコーナーを設けてサービス品質に関する評価を集めると同時に、ブログやSNSサイトから同社に関する書き込みを1500件以上も集めた。そしてClaraBridgeが開発した自然言語処理エンジンを使って、CGMとアンケートに書かれた内容を解析。その結果から問題点をあぶり出してサービス内容やビジネスプロセスを見直し、顧客満足度を高めてきた。
将来の情報システムはリアルタイム性がカギに
産消逆転の現象は今後も情報システムのあらゆる分野で加速していくと考えられる。端末ではネットブックがパソコン出荷台数を下支えするほど消費者の間で広がり、市場を賑わしている。ネットワークの分野では先ごろ商用サービスがスタートしたWiMAXや、高速データ通信が可能な次世代(3.9G)の携帯電話サービス「LTE」など、消費者向けのモバイルブロードバンドの動きから目が離せない。
アプリケーション分野で注目すべきは、個人の行動履歴をデジタル化した「ライフログ」だ。各種端末やセンサーを通じて自動収集される消費者の位置情報などのライフログは、ブログやSNSに消費者が自発的に書き込んだテキスト情報を補完する重要な情報源になっていくと見られる。
情報分析や活用の対象が拡大すれば、当然情報システムに求められる機能は変わる。次ページの図3-2は、産消逆転が進行した将来の情報システムのイメージである。消費者がブログやSNSで発する情報に加え、センサーなどによってリアルタイムに生成されるライフログをも管理分析対象とする「データ統合基盤」は必須の機能になる。
そのうえで情報システムには、2つのリアルタイム性が求められる。1つはモニタリングのリアルタイム性だ。消費者の購買行動に変化が出た場合、ビジネスに与えるインパクトを即座に可視化したり、売上増/受注減などの傾向を把握して原因を詳細に分析したりする。
もう1つは、分析のリアルタイム性である。複数の情報に基づいて即座に講じるべき対策を立案し、製品/サービスの競争力を高めると共に顧客満足度の低下を防ぐ。あるいは「消費者が今この瞬間に求めている情報」を判断して提供できるようにする。
目的と機能要件を見定め適材適所で技術を採用
消費者の間で広がったITは必ずしも企業利用に適しているものばかりではないので注意が必要だ。セキュリティやサービス品質が企業利用の障壁になることも多い。ただし、技術で解決できる課題は研究が続けられ、時間の経過と共に安全性や信頼性は高まるのが普通だ。現にブログやSNSは2006年以降、アクセス制御や運用管理機能の強化に加え、ベンダーによるサポート体制が充実したのに連れて企業利用が広がってきた。
当たり前だが、消費者向けと企業向けでは機能要件が異なる。そのため、目的と機能要件を照らし合わせて適材適所で採用することを忘れてはならない。
例えばブログやSNS、携帯電話は元々、従来の企業向けITのように大量のトランザクションを正確に処理することを目的に開発されたものではなく、個人の情報処理能力の増強に寄与するものが多い。そのため自ずとホワイトカラーの生産性の向上や顧客サービスを充実させる目的で活用方法が模索されてきた。
消費者向けのITを企業が利用する際にやっかいなのは、技術よりもむしろ利用の定着やガバナンスの徹底かもしれない。創業間もないベンチャー企業ならともかく、多くの企業は社内向けか社外向けかを問わず、社員がブログやSNSで情報を発信するのに伴い、システム運用規定や利用ガイドラインの見直しが必要になるだろう。ブログやSNSに馴染みが薄い社員が多ければトレーニングも不可避である。
このように、消費者向けに普及した技術を企業が使っていくには、クリアすべき課題が少なくない。一方で、企業にとって利用価値が高い技術が存在することも事実である。企業の情報システム担当者は世間でどのようなITが普及し始めているのかを注視し、効果的な活用方法を見出していきたいところだ。
- 古明地 正俊
- 野村総合研究所 技術調査部 グループマネージャー
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