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「日本企業は、日本流の“CSR”や“美”を追求すべき」――日本IBM主催のフォーラムで経産省情報経済課の前田氏が提唱
日本IBM主催のフォーラム「IBM SMARTER PLANET FORUM」に、経済産業省情報経済課の前田泰宏課長が登壇、「2050年世界~グローバルに展開する新しいインフラ構築競争市場に向けて~」と題する基調講演を行った。前田氏は経産省の中で情報政策通として知られる官僚の1人。冒頭のコメントはその一コマだ。
ただし前田氏の話のポイントは、ITバブルや金融バブルの批判にはない。むしろ今や利益至上主義、市場原理主義が通用する時代ではないとの前提に立ち、それに代わる新たなパラダイムを提示しようとしたものだ。前田氏のいう、新しいパラダイムとはどんなものか。キーワードを拾い出すと、「日本美の追求」「ネイチャーグリッド」「信頼資本、生命経営、感性市場」といったものになる。長文になるが、できるだけ話の流れに忠実に講演内容を記してみよう。なお、実際の講演はウィットに富んだものだったが、すべてを再現したわけではない点をご容赦頂きたい。
講演はまず、今回の基調講演を引き受けた理由から始まった。
「私は地域の中小企業が20人、30人で行う講演は受けているが、(大手)企業からの講演依頼は原則として断っている。ではなぜ本日の講演を引き受けたか。しかも最近放映されているテレビドラマ、「官僚たちの夏」を見ると、昭和30年代、日本IBMと経産省は敵対していたのに、である。実はこのドラマを伊豆・天城にある日本IBMの研修所で見ていたのだが(笑)。
それはともかく、引き受けた理由の1つは、世界のIBMの中で日本IBMに存在感を高めてほしいということ。これは非常に大事と考えている。もう1つはIBM自体のことだ。100年前にインターナショナルなビジネスマシンという社名をつけた先見性、それから続くDNAはただ者ではないと感じる。100年を越えて、第一線で活躍している企業は訳が違う。そして今、地球全体を考えて、スマートプラネットという概念を提唱している。このことに感銘を受けた」。
続いて、講演の趣旨。
「今回のフォーラムの内容は世界に発信される。そこで自分としては新しい提案をしたい。まだ政府で認められたものではないが、今後、経産省で、そして政府で実現するべく頑張っていきたい事柄だ。
昨年の洞爺湖サミット以来、大きな経済停滞、景気後退の中で、各国は矢継ぎ早に経済対策を打ち出している。これは異なるものではなく、根は同じで、生き残りをかけた市場戦略といえる。2009年は(環境問題のような)大きなトレンドと、(経済対策を初めとする)短期の動きがシンクロするユニークな年である。このような動きを1つの契機として、グローバルに展開されるマーケットに対して、日本や日本企業が果敢にチャレンジせずに、一体何をするのか、そんな問題意識がある」。
そして本題に入る。
「(各国の温室効果ガスの削減目標をリストアップした資料を示しながら)この数字はバナナのたたき売りだ。例えば日本は2050年に、60~80%削減する目標を掲げている。これは実現可能とは思えない数字だ。簡単に言えば、江戸時代の生活に戻れという数値と言ってもいい。しかし実現困難だからと言って、40年後に忘れてくれとはいえない。一方、日本企業はこの数値に対して傍観しているが、米国では放置すればマンハッタンが沈むという危機感ゆえに、真剣な議論をしている。
そうした流れと景気対策の中で、各国はグリーンニューディールを発表している。環境問題は将来への投資なので、これがスローダウンすることはない。よく生物多様性が議論の的になるが、それだけではない。人間が絶滅危惧種になるかどうかの問題だ。しかしグリーンニューディールには、私は反対である。もっととんがったところで、競争をすべきだと考えるからだ。
さて話を大きく変えよう。私は経産省の課長で部下は17人いる。来場者の皆さんも、そうかもしれない。そんな中で、軽い鬱になっている人が急速に増えている。1人目はでてしばらくすると、2人目、3人目と増えていく。なぜそうなるのだろうか。完璧な健康はない。どこか調子が悪いことをことさら意識する。本当の病気は別にして、医者に診断させると、診断書を出す。メンタルについて書かれたパンフレットを読んだら、自分も病気だと思う。この調子が悪いことを意識する点に、問題があるように思う。
では18時半に帰宅するようにすればいいのか。それで問題は解決するのか。そうではなくて、残業してでもやりたい仕事を与えていないところに問題があるのではないかと思う。つまり価値の提示が必要なのに、それがない。日本に今ビジョンがないとはそういうことなのだ」。
この「日本にはビジョンがない」という点は重要な問題提起である。前田氏は、その状況に対するビジョンとして「CSR」、そして「美」の追求を提示する。
「今日は(8月27日)総選挙の前だが、結果がどうなるにせよ、生活者の視点だけに依拠した政策からはビジョンはでてこない。これまで日本は「世界2位の経済大国」という、このフレーズ一本に頼ってきた。海外から見れば、江戸時代は黄金の国、ジパング。明治から昭和の初めは軍事大国、ここ数十年は世界第2位の経済大国だったのだ。では今後、景気が回復したとして、日本には何があるのか。周知の通り、まもなく中国はGDPで日本を抜く。「経済大国」という言葉に安住することは、もはやできない。
私は、その答えが「CSR」だと思う。といっても単にアンケート用紙に満足・不満足を書いてもらう、○×式の顧客満足ではない。もっと大きな価値があるもの、”美の大国”であることだと言ってもいい。例えば、日本の田圃の美、稲穂の美しさにはあ然とせざるを得ない。欧米からの旅行者が山形県の田園地帯と山並みを見ると、アルカディア(Arcadia=理想郷、理想的田園)だと驚くほどである。私は世界各地に出かけているが、町のきれいさ、美しさも日本が上だ。 次に人間関係。日本の町工場に行くと、60歳前後の熟練工が10代の茶髪の兄ちゃんに教えている。こんな美しいことはない。靴を4足つぶして歩いた結果のことだが、これは工場に限らない。こうした日本の美が新たな価値になる。
ところで私は兵庫県姫路市出身で、姫路はどうでもいいという、出身地を抜け出すエネルギーでやってきた。しかし今振り返ると、姫路には姫路城や、ダイセル化学工業がある。ダイセルはある面で世界一の工場と言え、そういった身近な足下を見つめることも重要だ。
あるとき、私のところに神奈川県川崎市のコンサルタントが予算をつけてほしいと依頼にきた。そこで質問をしてみた。「あなたの地元の川崎には、世界に通用する工場が3つある。知っているか」と。残念ながら答えはなかった。嫌みな質問だが、答えられないのはどうかと思う」。
前田氏が言う「美」は抽象度が高くて少しわかりにくい面もあるが、人が精神的に満足する、充足するものを追求すべきという趣旨にとれる。一方、ここから講演は、後半の、より具体的な政策、施策に入る。前田氏が挙げたキーワードは、「ネイチャーグリッド」である。
「ここで通信インフラや情報インフラと、エネルギー基盤と環境基盤を考えたい。これら2つはどのような融合、補完が可能だろうか。後者について、日本の電力サービスは世界最高水準を実現している。雪が降って電力線が切れたら、すぐに直す。電力マン。そうした人命や社会インフラに関わる仕事をしている人たちの使命感、正義感にはすごいものがある。これは“日本美”の真ん中にあるのではないか。
一方で今、通信インフラやエネルギー基盤は変わりつつある。通信インフラを変えるのはインターネット、エネルギー基盤を変えるのは直流送電などだ。その上で論理層である情報インフラと、物理層である電力インフラの融合が進もうとしている。
さてエネルギー基盤、つまり電力インフラはユニバーサルサービスとして、誰にでも提供するのが至上命題だった。それゆえ独占、排他的な事業展開を許容し、成長に合わせてインフラを構築してきた。これに対し、情報ネットワークは技術革新が成長の要因であり、公益特権の希薄化が特徴だ。社会的に見て、投資が失敗してもロスとは考えないという点で、電力とは性格が異なる。
そんな中で、エネルギーにしろ、ネットワークにしろ、サービスはすべからく市場競争を展開させて価格を下げろという論理が出てきている。だが、私は反対だ。小さな市場における競争政策は問題が多いからである。国を越えた投資力が決め手になる中で、競争をすると、強いものが強くなるだけだ。
別の観点では、“ダブルネットワーク”がある。これも簡単にはいかない。インターネットとNGN、あるいは地域のエネルギーループと、日本のエネルギーループがその例だが、それらの両立は非常に難しい。そこにこそ知恵を動員すべきである。
ここで提唱したいのが、「スマートグリッド+地球的・生物的価値」=「ネイチャーグリッド」だ。ネイチャーグリッドは、エネルギーと生物多様性を両立させるアプローチである。エコロジーに留まるのではなく、もっと視野を広げて生物である人間の本来に戻る。ネイチャーには、そんな意味を込めている。ネイチャーグリッドでは、自然エネルギーを最大限利用する。そのとき、ITはネイチャークラウドになる。データセンターの効率性のことを言っているのではなく、価値の選択である点に注目していただきたい。
例えば江戸時代にはクーラーがなかったし、風呂も各戸にはなかった。それで問題はなかった。別に江戸時代に戻るという話ではなく、すべてをもう一度、バラバラにして、自然物と人工物の融合を考え直そうというのがネイチャーグリッドの骨子だ。まず、どういう廃棄物やゴミを出すかを決めて、そこから逆算してモノを作る。そういうふうにすれば、CO2の負荷は劇的に下がる。
スマートリッドよりも、一段、上位の視点から考えるのが、ネイチャーグリッドというわけである。前田氏は最後に「信頼資本、生命経営、感性市場」という、新たなパラダイムを提唱した。
「リーマンショック以降、資本主義、市場義がうまくいかないことが明らかになった。しかし、そんなことは最初からわかっている。差別化ができない金融で、収益をあげるには、何らかのリスクを生み出すしかないからだ。
さてそこで、3つのことを提案したい。「信頼資本」「生命経営」「感性市場」である。これは全部造語だ。まず信頼資本とは、相手の顔の見える投資行為であり、投資家への報酬は経済的なものではなく、社会的なものである。これまでの顔の見えない投資、経済報酬とは180度違うことに注意してほしい。人間、高齢者になると何か社会に役立つことをしたいと思う。そこに信頼資本のチャンスがある。
次の生命経営は、人のモチベーションを高め、人材を資産として評価し、育成する経営を指す。儲けるためではなく、儲けを何に使うかを重視し、人を奮い立たせる。中小企業ならともかく、大企業にできるかという疑問があるが、1つヒントもある。IBMがグローバルで取り組んでいる「Jams」だ。Jamsでは、あるテーマを決めて3日間、徹底的に議論する。ポジティブなコミュニケーションを意図的に増やす経営だ。
最後の感性市場は、少量消費モデルであり、商品・サービスの持つ物語性を重視するマーケティングとも言えるものだ。新潟県燕市に山崎金属工業という洋食器のメーカーがある。ノーベル賞の晩餐式で使われているナイフやフォーク、スプーンなどは、実はこの会社が作っている。そういう物語を知ると、売っているところを探してでも買いたくなる。同じ燕市にはiPodの鏡面ステンレスケースを磨いているグループもあり、ここがビアグラスを作っている。ビアグラスは通常、500円程度だが、これは1万6000円で売れる。それでビールを飲むとまずいとは言えない(笑)。
こういう物語性が大切だし、日本の企業、特に中小企業には、こういう物語があふれている。それを意識せず、淡々と物作りをするのはすがすがしいが、消費者がそれを知ると話は違ってくる。これまでの製品で大事なのは品質、コスト、納期だった。日本の物作りは、それに感性、物語をつけたほうにいくべきだと思う。価格は市場メカニズムが決めるというが、それは嘘だ。
信頼資本、生命経営、感性市場。この3つが可能であれば、ネイチャーグリッド、ネイチャークラウドも可能になるはずだ。人間を含めた自然と共生するのが、日本の新しい文脈であり、美の国である。もちろん、そのためには資本も人材も必要だ。それに挑んでほしい」。
* * *
いかがだろうか。「どれもピンとこない」「夢みたいな話だが、それを実現できれば苦労はない」という意見もあるかも知れない。だが、人が本質的に好む「美」を重視すべきという提言は傾聴に値すると考える。次の時代に向けたビジョンが必要というのも、その通りだと筆者は思う。
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