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行政機関のIT化が困難な理由と、先進自治体における取り組み事例

前回、「電子政府システムがITの導入には成功したが、IT化には失敗した典型例となっている」ことを見た。しかし地方自治体、特に市のレベルになると話は別。民間企業の視点から見ても参考になる事例がある。福島県喜多方市と、富山県南砺市の取り組みを紹介する。

民間企業の多くは、生産者から最終消費者まで、組織や企業の壁を越えたプロセスの最適化に取り組んでいる。行政機関でも、個人や企業が行政機関に送る情報の作成時点から蓄積した情報を利活用するまで、利用者視点の行政のバリューチェーンを確立する─。これは今年3月26日、経済産業省の「CIO百人が考える電子政府研究会」がまとめた資料、『電子行政2ndステージに向けて』にある今後の電子政府プロジェクトの方向性に関する締めくくりのメッセージだ。

同研究会では昨年秋から今年春まで、ほぼ2週に1回のペースで行政機関の情報システム担当者、CIO補佐官と、民間企業のCIOがテーマごとに意見を交換してきた。鮮明になったのは、同じ「CIO」という肩書きでも、行政機関と民間では役割や権限に大きな違いがあることだった。行政機関では76%の機関・団体に「CIOもしくはそれに準じる職員」が設置されているが、そのうちの4割が首長、副知事、事務次官、3割が情報システム部門長が兼務している。IT担当役員が8割を占める民間とは大きく異なっている。

行政事務のトップがCIOを兼務すれば、それだけで電子行政システムの構築や活用を推進できるわけではない。ITに精通しているか、その重要性を認識している首長や事務方トップがCIOを兼ねればいいが、多くはそのほかに多くの仕事を持っていて、ITのプライオリティは低い。あるいは「ITは難しくて……」と及び腰だ。

そこで行政機関は「CIO補佐官」という職務を設け、民間の人材を招聘している。大手の金融機関や保険会社、製造業などで、システム設計やプロジェクト管理に従事したベテランが多い。ところが、こうした人材が活躍できない。同研究会が調査した結果(グラフ)を見れば一目瞭然だろう。

図1 CIO/CIO補佐官の権限
図1 CIO/CIO補佐官の権限

なぜ現場は動かないか

保険会社の情報システムに長年携わり、現在は大学でITの視点に立った安全・安心社会の実現を論じている、ある政令指定都市のCIO補佐官。ITに加え地域社会の問題にも精通する同氏は、次のように自嘲気味に話す。

「CIO補佐官には何の権限もないので、実際はアドバイザーに近いんです。公務と認められれば交通費と日当が出る。何か相談ごとがあると、情報システム部門の人が電話をかけてくる。相談には応じるし提案もするが、現場は動かない。そんな感じですから、アルバイトというか名誉職というか…」。

課題があったから、市の情報システム部門は同氏に専門知識・ノウハウの提供を求めるのではないか。なのになぜ動かないのか。「人口と市域面積、行政職員の数、政令指定都市の守備範囲。どれを取っても、とても1人の手に負えません。それとインターネット時代に合わせて全体を最適化しようとすると、旧来の“常識”である個別対応型が通用しない。行政のプロセスや組織を抜本的に変えなければなりません。ところが人は、外部からの圧力で現状の安定を乱される、強制的に変えられることに抵抗があります」。

ある県に民間から招かれた別のCIO補佐官はこう話す。「CIO補佐官といっても、実質は2年とか、3年の契約社員と一緒。知事が任命したとはいえ、落下傘で降りてきた人間に対し、現場が抵抗するのは当然です、あるいは契約期間が過ぎたら民間に戻るんだろう、と思うのが普通でしょう。言うことを素直に聞いてシステムや業務を変革したって、責任は誰が取るのか、後の面倒は誰が見るんだ、そんなヤツの言うことなんか聞けるか、となります」。

こういう話を聞くと、「利用者視点の行政のバリューチェーン=本連載のテーマである21世紀型情報システムの1つ」を実現するのは、至難に思えてくる。CIO/CIO補佐官の位置づけや権限を強化し、組織や業務フローを見直しても、行政機関について回る“ぬるま湯体質”、別の言い方をすると自ら稼ぐ必要のない組織運営が生み出した職員の平等意識と無謬の原則が立ちはだかる。IT活用に先進的な自治体として知られる長崎県や高知県などは、例外的な成功例なのかもしれない。

住民と直接向き合う

ところが同じ行政機関でも、人口10万人未満の自治体では雰囲気がガラッと変わる。市外在住者とも地域情報を共有している愛媛県新居浜市、ユーチューブで域内情報を公開している福島県会津若松市、物産情報サイトを市民ボランティアと共同で立ち上げた北海道江別市、オープンソース・ソフトウェアで地域コミュニティ・ネットワークを構築した静岡県掛川市など、ユニークな取組みはいくらでもある。

かねて筆者は、21世紀型情報システムを模索するなら、中小企業や地方自治体の取り組みを知る必要があると主張してきた。それは(1)担当者が全体を見渡せる規模である、(2)組織の組み立てや階層がシンプルである、(3)業務プロセスが簡素であるか標準化しやすい、(4)利用者との距離が限りなくゼロに近く、直接向き合っているという背景があるため、「何をすべきか」が明確なのが理由だ。

逆説的にいうと、現在の組織や業務プロセスをそのように改善すれば、21世紀型の情報システムや、それを支える“情報の海”は構築しやすくなるというわけだ。では、どのような点が国や都道府県と違うのだろうか。今回は2の事例を紹介したい。

喜多方市役所 写真1 喜多方市役所。老朽化が目立つが、税金で立派な建物は造らない方針という
誘致したデータセンターに市の基幹システムを移管した 写真2 誘致したデータセンターに市の基幹システムを移管した

事例(1) 福島県喜多方市

ラーメンで知られる……といえば理解が早い。あるいは“起き上がり小法師”発祥の地といえば、民主党の黄門様こと渡辺恒三氏を思い出す人がいるかもしれない。人口5万3000人余のこの市は、行政のIT利活用に転換をもたらした自治体の一つである。

何が画期的か。第1が情報システムのアウトソース化にいち早く取り組んだことが挙げられる。2001年、市庁舎の北西約2キロにデータセンターを誘致し、2004年度までに市の基幹業務系システムのすべてを委託した。これにより運用コストを削減した。現在、市庁舎にサーバーは1台もない。

第2はいち早くブロードバンドを導入したことだ。周辺7市町村(うち山都、高郷、塩川、熱塩加納、喜多方の5市町村が2006年1月に合併)が、総務省の支援で構築した広域光通信網である。特段に先進的というわけではないが、誘致したデータセンターとの相乗効果をねらった点がユニークだ。

第3の取組みは、全国の市町村に先駆けてネットオークションを活用。市の税収を補填したことである。同市の成功をきっかけとして、現在はどの市町村でも実施するようになっている。

きっかけは2003年、市内の旅館が倒産し、2000万円の税滞納が発生したことだった。やむを得ず旅館が所有していたゴルフ会員権やブロンズの塑像などを差し押さえた。同市の樟山敬一氏(当時は税務課課長補佐)は、次のように説明する。「困ったのはブロンズの塑像やレリーフの扱いでした。公売するにしても値段が付けにくいし、よほど趣味が一致しないと応札しにくい。市のモニュメントとして転用する案については適当な設置場所が問題でした」。

実は、塑像やレリーフの作者はフランスで活躍し、晩年に勲三等瑞宝章を受けた木内克という芸術家の作品だった。その世界では著名な作家だが、作品は抽象的で、なかなか一般受けしない。加えて市のホームページで公売を案内しても、応札するのは地域の人に限られるのだ。

「どうしたものか」と悩んでいた時、ネットオークションを使ったらどうだろう、とひらめいた。実はその前に、東京都がネットオークションで公売を実施していたのだが、「東京都のような特別に大きな自治体だからできた」という認識が強かった。公的機関が“営利”を目的に民間のサービスを利用することに、周囲が抵抗感を示していたこともあった。それでも東京都の主税局徴収部に問い合わせると、ヤフーの担当者を紹介してくれた。

「後はすんなり」というわけではない。地方税法や国税徴収法、地方自治法との整合や、必要な諸費用(鑑定料、システム使用料、運用費や保管料)をどの部門がどの費目で負担するかも問題だった。公売参加者が納付する保証金と、地方自治法に定められている仲介者への手数料の扱いも課題だった。仲介者への手数料は、ヤフーの規定では成約額の3%。だが法律は成功報酬型の契約を認めておらず、一定額にする必要があった。

「これが最大の難問でした」。樟山氏はいう。「そこで、まず法律通りの額を設定し、例外事項として“制約額が一定額に達さない場合は3%”ということにしました」。こうして作成されたネットオークションへの参加条件や権利移転の規約、個人情報保護の取扱い規定などが、全国の市町村がネットオークションで公売を行う際のひな形になっている。

民間のIT企業が開発した行政事務処理専用のパッケージやオンラインサービスは、全国の市町村に普及している。だが同市の取組みは、民間がすでに運用している“情報の海”型のサービスを導入したわけだ。「法律や規則に書いてないからやらない」でなく、できる方法を編み出した。旧来とは意味合いが全く異なることを、本誌読者は理解していただけるはずだ。

ネットオークションの応札状況を見る喜多方市職員 写真3 ネットオークションの応札状況を見る喜多方市職員
倉庫には次の“出番”を待つ公売品が並べられていた 写真4 倉庫には次の“出番”を待つ公売品が並べられていた

事例(2) 富山県南砺市

富山県南砺市の事例は、喜多方市とは別の観点でユニークだ。南砺市は2004年の11月、砺波平野と飛騨山系にまたがる南砺地域8町村(城端町、平村、上平村、利賀村、井波町、井口村、福野町、福光町)が合併して誕生した。人口は約5万6000人ほどで、五箇山の合掌造り、水田に四方を囲まれた住居が点在する散居の風景で知られる。

南砺地域8町村による任意協議会の発足に併せて2003年(平成14年)に「新市情報システム構築推進委員会」がスタートし、合併に伴うシステム統合だけでなく、並行して地域ネットワークの構築を担うことになった。

「最初に取り組んだのは、基本方針の策定でした。8町村の代表者で構成する総務・企画専門部会が中心となり、電算分科会、業務分科会を設けて意見を交換したんです。地域の視点に立ってどのように情報化を推進していくか、実務を所管する現業部門は何を望んでいるか、地域産業との関連はどうか……」。こう説明するのは当時、企画総務部の情報政策室長としてIT化を推進した大浦章一氏(現在は同市長政策室次長兼企画情報課長)だ。

その成果として同年12月、

  • 既存概念にとらわれない
  • どこであっても公平かつ平等
  • 年次計画に基づく機能拡充
  • 住民と地域のためのシステム
  • 職員の意識と情報リテラシー向上

の5点を基本方針に設定した。

この中から「どこでも均一の行政事務とサービスを提供するため、すべての現課の機能を配置する」「どこにも中心を置かない」といった発想が生まれた。肥大化を防ぎつつ、8つの旧町村にすべての現課機能を置くには、組織を大幅に簡素化しなければならない。そこで住民サービスに関わる業務を「市民課」、地域の産業や公共事業にかかわる業務を「振興課」に整理した。まずBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)ありきである。

一方で8町村それぞれの地域にフィットした行政事務所は残すことにした。幸いにも8町村を結ぶ地域ネットワークが構築されていたので、旧来の役場をネットワークのアクセスポイントにすれば、「本庁」がなくても行政事務や住民サービスは滞りなく実施できる。

「ですから南砺市には、“市役所”というものがありません。旧役場には行政事務と住民サービスに必要な部課が均等に配置されています。ただし市長室や議会の場所は必要なので、旧福野町役場、現在の福野庁舎が本部ということになります」。

南砺市の総合行政システムは、(1)会計伝票や各種申請、一般文書などを処理する統合決済機能、(2)防災・危険箇所や上下水管路網、通学路網などをビジュアル化して管理する統合GIS機能、(3)各種の請求を電子的に処理する電子請求機能、(4)行政CRM機能─で構成されている。

こう説明すると、ごく普通の行政システムに見えるが、そうではない。市の窓口は市民課、振興課、税務課の3つしかない。市民課が扱うのは住民票や戸籍の交付、転入・転出の届出をはじめ、消費生活相談、年金、福祉、交通安全、ゴミ対策など、生活にかかわること全般。振興課は地域の産業にかかわる手続きのほか、税務・助成事業・求人・求職の相談などを、一括して担当する。行政のワンストップ化をほぼ実現しており、市民の目線では、まさしく“情報の海”になっている。

ちなみに行政CRM機能を除く他の機能には約6億円の予算が投入され、コンピュータ・メーカーや情報サービス会社など6社による公開入札を経て、同県内に本社を置くインテックに発注された。ベースはインテックが開発したパッケージ製品で、運用も同社にアウトソーシングしている。

南砺市の福野支所 写真5 南砺市の福野支所。情報政策課はここに本拠を置く
南砺市の市民課 写真6 南砺市の市民課。市民から見てワンストップサービスを提供

佃 均 ITジャーナリスト
1951年生まれ、57歳。コンピュータ業界紙の編集長を経て2004年4月IT記者会代表幹事。情報システムのユーザー企業や情報サービス産業の動向に関わる報道を通じ、一貫して情報システムや情報サービス産業の高度化を提言している。主な著作に『日本IT書紀』『ルポ電子自治体構築』などがある。

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