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グランドデザインの欠如と変革をもたらさないITの関係
写真1 「“グリーンIT基地”が地域IT活用の将来像」と岩見沢市産業立地情報化推進室主幹の黄瀬信之氏は語る
前号で紹介した富山県砺南市の取り組みは、既存のITや仕組みにとらわれない、住民視点でゼロから考えるといった点で、いわば“グランドデザイン型”のIT改革と言っていい。8町村が合併して新市に移行する協議を通じ、丸3年をかけて「新しい市の姿」「市民と行政の関係のあり方」などを模索、結果としてそれがグランドデザインを描くことになった。
そのようなスタイルでIT化を進めている地方公共団体として筆者が思いつくのは、北海道岩見沢市、岩手県紫波町、山梨県都留市、愛媛県内子町、長崎県庁、沖縄県浦添市といったところである。
岩見沢市のIT改革を支えるのは経済部企業立地情報化推進室だ。「もともと岩見沢市は、道内農産物の集積地。その立地と巌冬の自然条件を活かして、データセンターを誘致して、グリーンITとエコ農業の情報発信基地にしたい」と黄瀬信之主幹は言う。
また岩手県紫波町は町の情報政策課と地域コミュニティの協力関係を基盤に、町内の様々な組織・団体を、“パブリック・ドメイン”に位置づけた。「役所も町づくり支える機能の1つ」というコンセプトをもとに、農協や商工会、町内の非営利団体、同好会などが横並びで参加する。同町のホームページはポータルサイト、町内のドメインは農家向け有線放送網で相互にネットワーク化され、NPOが情報交換機能を担う。
写真2 グリーンIT基地の予定地。JR岩見沢駅裏に広がる一帯に、寒冷な気候を利用した省エネ型データセンターを建設する計画
愛媛県内子町のIT改革は、農家と消費者を結ぶ農産物のトレーサビリティ・システムで知られる。形がいびつだったり大きさが不ぞろいで出荷できないナスやキュウリに、誰がどの畑で作ったか、いつどんな農薬を散布したかといった情報を付加することで、文字通り付加価値を高めた。安心・安全な野菜を求める消費者の「Wants」と合致して、年収1千万円超の農家が登場。若い後継者が都会から戻ってきた。
長崎県庁は外部から招聘したCIOの突出したリーダーシップ、浦添市は情報政策課“4人のサムライ”が一枚岩となった行財政改革運動が推進力だ。しかし中心人物たちがどんなに汗みどろに大きな旗を振っても、それぞれの合理性を職員と地域のIT産業が理解しなければ、着実な成果をあげることはできない。その合理性を裏付けるものこそ、グランドデザインである。
バリューチェーンの構築
前号で取り上げたもう1つ、福島県喜多方市の事例は、表現はあまりよくないが、切羽詰ったケースといっていい。このままでは税収が先細りし、市民への行政サービスに支障が出るという思いが、ヤフーオークションの利用に結びついた。
似たような事例は千葉県八千代市が全国に先駆けた社会保険料のコンビニ収納、熊本県八代市の市民参加型SNS「ごろっとやっちろ」、富山県船橋村の無線ブロードバンド、東京都西東京市の放棄自転車管理システムなどが思いつく。
予算がない、強力にバックアップしてくれる地域ITベンダーもいない。そういう中で、「何とかしなければ」の思いが、行政の常識(慣例や法制度)では不可能なシステムを実現した。八代市の「ごろっとやっちろ」は市職員が休日や帰宅後の時間を使って手作りで開発したものだし、前述の内子町が最初に使ったのは15年前の古いFAXだった。
山梨県甲府市もその類型に入る。この春に実施された定額給付金に際して、同市はその管理システムにSalesForce CRMを採用した。少しでも早く、安く、しかし給付の管理は正確に、という条件を満たす情報システムを旧来方式で開発したのでは無理と判断、SaaSの利用に踏み切った。「給付対象者は20万人。いかに早くシステムを立ち上げるかを考える一方で、期間限定であることも考慮した結果、SaaSに行き着いた」。同市の担当者はこう強調する。
気がつくのは、グランドデザイン型も“切羽詰まった”型も、庁内の管理系システムの再構築ではないことだ。なるほど長崎県や浦添市のケースは、脱メインフレームによる管理系システムの再構築に見える。だが、実はオープン系に移行する中で組織や業務プロセスを見直し、これまで管理のためだったシステムを、受付窓口から書類の交付まで一貫したサービスシステムに作り替えるのが目的となっている。「自治体の機能を行政管理から行政サービスにシフトすることで、地域における価値をどう高めるか」(長崎県総務部参事監の島村秀世氏)なのだ。
このとき、情報システムないしITサービスの価値評価は、行政事務の効率化や省力化が機軸ではない。行政機関の職員にとっての利便性でもない。その先にいる住民や国民の利便性や生産性にどう寄与できるか、その視点が欠かせない。行政機関を企業に置き換えれば、価値評価の基軸は、利用者であり消費者である。
そのように理解すると、グランドデザイン型と“切羽詰った”型の区分は見かけ上のことで、両者は同体亜種の関係にあることが見えてくる。現状追認では何も解決しないという認識からスタートするのがグランドデザイン型、解決しようにも“ないない尽し”で悩みに悩んだ末にエイヤッと取り組むのが“切羽詰まった”型。結果として両者は、図らずも「バリューチェーンの構築」という共通項で括られる。
写真3 八代市は「ごろっとやっちろ」で地域コミュニティの再生を目指す。これは八代市役所の市民窓口
写真4 予算削減の中でITの高度利用を実現するため、沖縄県浦添市はシンクライアントの導入に踏み切った
「これまで」が通用しない
こうした取り組みは、全国の市町村の問題を解決する方策や中長期ビジョン策定のきっかけとなることが少なくない。ところが都道府県レベルになるとなかなか難しい。まして中央省庁はなまなかではない。そこそこの予算とIT専門部門があり、ITベンダーの支援を得ることができるからだ。よく整備されたぬるま湯の露天風呂にどっぷり浸かっている。真冬の冷気の中に飛び出していくのは辛い。
さらにIT部門は庁内下請というコンプレックスの一方、外部に対してはプライドがある。ここに部門間のセクショナリズムやヒエラルキーが相乗的に作用して、当り障りのないIT化——既存の組織や業務フローを温存したコンピュータへの置き換え——しか進まない。システムありきの手続きが日常化して、職員はキーオペレーターになってしまう。
切羽詰まらないこと自体が、限界を生む。逆の見方をすると、自ら設定した限界に気がつかないか、無意識のうちに気がつこうとしないタコツボ状態が、庁内・域内の平和を保障する。こう書くと読者の中には、「なるほど、だからお役所はIT化がうまく進まないのか」と納得してしまう向きもあるだろう。
だが何の何の、それは民間企業も似たり寄ったり、五十歩百歩である。ギリギリのところまで追い詰められないと、自ら変化を求めるのは難しい。
別の視点で眺めると、脱20世紀型を志向する先覚的な市町村はギリギリまで追い詰められ、ぬるま湯の露天風呂に浸かっている多くの都道府県や中央官庁は20世紀型にとどまっているともいえる。だが、実態は待ったなしだ。
少子化と高齢化に加え、非正規雇用者が全就労者の3割を超えた将来不安、バーチャルなマネーの動きが実体に大きな影響を与える経済、地域コミュニティの崩壊で孤独に追いやられ、ネットに依存する個人……。それは「かつてなかった」と形容される、集中豪雨や竜巻に代表される気候変動と同期しているように見える。「これまで」が通用しないのだ。
変革をもたらさないIT
写真5 オープンテクノロジーズの三田守久氏は「オートポイエーシス(自己創造)」の理論的可能性に期待する
「コンピュータ化・情報化は業務をITに置き換えること、IT化はITで業務や組織を変えること。端的に言えば、改善でなく変革することです。新しい価値を創出しないIT化なんて、あり得ないはず。なのに多くはコンピュータ化・情報化がIT化だと勘違いしているように感じます」。こう話すのは、東京都文京区でオープンテクノロジーズというソフト会社を経営する三田守久氏だ。
「情報システムを構築する時、現状分析は欠かせない大切なプロセス。でも分析した現状を評価し、どう変えるのかを考えるのは、もっと重要です。無理に変える必要はありませんが、漫然と現状を追認して、それで良しとしているのではないでしょうか」。
世の中には大小ひっくるめて数百万、場合によっては数千万の情報システムが動いている。そのすべてが業務や組織に変革をもたらし、新しい価値を創出するものではないにしても、21世紀に入って新たに構築されるシステムであれば、価値創出型=バリューチェーン型の比重が高まって不思議はない。
はこだて未来大学で学長を務める中島秀之氏は次のように言う。
「インターネットを駆使すれば、個々の政策に対して国民がダイレクトに賛成、反対を表明できます。理論的には、国会なんて要りません。21世紀の今、そういう議論があっても不思議ではないでしょう。もちろん衆愚政治になる可能性もあるので、お勧めはできませんが」。
代議員制度が誕生したのは、純粋民主主義が物理的に不可能だったからだ。有権者全員を収容する議場を用意し、全員を集めることができるのは、せいぜい戸数数十の町内会で、数百となると代議員制にならざるを得ない。まして国政ともなると、有権者1億人の意見を短時間で集約することはできない。だから有権者による投票で地域や業界の代表を選び、選良が国民の利害得失を総合的に判断する仕組みが合理性を持った。しかし21世紀の今日、その限界は雲散霧消しつつある。IT化を標榜するのなら、そのような議論をしなければならない、と中島氏は言う。
究極の可能性を考える
写真6 はこだて未来大学の中島秀之氏は、「シミュレーション技法に基づく群管理」の考え方を示す
両氏のコメントは、今年6月、北海道札幌市で開催されたソフトウェア技術者協会(SEA)主催の「ソフトウェア・シンポジウム2009」において、個別のセッションで語られたものだ。通低するのは、既存の枠組みにとらわれない新しい視点からの再評価、現在ないし近未来の技術で想定される究極の可能性を探ること、仮説を立てて実証していくプロセス、人としての生き方や思いやり、満足感や達成感を無視したり疎外する危険性を熟慮すること、といったことである。
言い放しではなく、21世紀システムを考えるための、理論的支柱もある。三田氏は「オートポイエーシス(auto-poiesis=自己創造)」を、中島氏は「シミュレーション技法に基づく群管理」の考え方を示す。少々、難しくなるが、紹介しよう。
「サッカーは敵味方それぞれ11人が、いかに多く、相手のゴールにボールを蹴り込むかを競います。そこでは、一定のルールのもとで、個々の選手が状況に合わせて自律的に動くんです。攻撃や守備にパターンはあるけれど、手続き型、ワークフロー型ではありません。このような人の自律的行動を可能にするのが21世紀型のITではないでしょうか」(三田氏)。
「路線図も時刻表もない乗り合いバスを走らせたらどうなると思いますか。その代わりに、ITを使って乗車希望者とバスの位置情報をマッチングさせるのが前提です。シミュレーションですが、従来の路線バスより早く目的地に着いて、消費エネルギーが少なくて済む結果が出ています」(中島氏)。
いずれも予測不能な(または従来の経験値が通じない)状況にITを適用していかに柔軟に対応するか、その道筋を示唆するといっていい。こうした考え方が正しいとか間違っているとかの議論は、この際、あまり意味がない。試みとしてであれ、このようなアプローチこそが、21世紀型の情報システムに求められるのだ。
ひるがえって電子政府は
では、現在稼働している電子政府システムはどうだろうか。中央省庁は1万4000もの行政手続きを、湯水のごとく税金を投入して、“当たるを幸い”にオンライン化したが、手続きそのものを大幅に減らすことをしなかった。
この事実は、e−Japanプロジェクトそのものが、コンピュータ化・情報化の域を出ていなかったことを示す。国民の生命・財産を脅かす予測できない状況の出来、あるいは社会・経済全体のリスク管理をどこまで想定しているか、という問いかけは、ほとんど空しい。
例えばそれは、政治的意図を持ったテロ集団を排除・摘発することであるかもしれず、毒性が強い新型インフルエンザの亜種がパンデミックに達したとき、マグニチュード8.0の地震が東京を直撃したとき、というようなことだ。電子政府システム、電子自治体システムが、何ら我われの助けにならないのはいうまでもない。
オバマ政権下で、米大統領府はインターネットで広く国民から政策を求めている。なるほど、日本にもパブリック・コメント(パブコメ)の制度がある。だがパブコメは行政機関のアリバイ作りであるに過ぎない。米大統領府のように、政策の優先度をインターネットの投票で順位づけし、いつ・どのように実施するか、実施しないとすればその理由をWebサイトで公開することまでは実行していない。
連邦議会の一部で反発があるようだが、国民からの支持は高い。なぜかというと、この国がどこに向かおうとしているのか、そこにはどのような社会が待っているのか、演説で、Webサイトで、具体的な政策で、若い大統領がグランドデザインを示しているからだ。インターネット時代の電子政府とはこのようなものに違いない。
- 佃 均 IT記者会代表幹事
- 1951年生まれ、57歳。コンピュータ業界紙の編集長を経て2004年4月IT記者会代表幹事。情報システムのユーザー企業や情報サービス産業の動向に関わる報道を通じ、一貫して情報システムや情報サービス産業の高度化を提言している。主な著作に『日本IT書紀』『ルポ電子自治体構築』などがある。
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