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戦後パラダイムの終焉と霞ヶ関/自治体クラウドの行方
8月30日に行われた第45回総選挙で、自由民主党は296議席から119議席へ、民主党は113議席から308議席へと、振り子が大きく振れた。戦後50年の政治をほぼ一貫して支配してきた自民党の野党転落、民主党を軸とする連立内閣の発足を「一票革命」と称する向きもある。
自民党新総裁選びのゴタゴタは、予想外の大敗による呆然自失を端的に物語り、新政権が矢継ぎ早に打ち出した凍結と見直しに伴う混乱は、戦後初めての本格的な政権交代の軋みにほかならない。来年度予算編成が進む中で新しい枠組みが見え始め、政治の世界も落ち着きを取り戻す。新政権ばかりでなく、野党としての自民党の真価が問われるのは年明け以後だ。
さらにいえば、昨年の米国大統領選に始まった諸外国の政権交代、リーマンショックを契機とする世界同時不況、地球規模の温暖化とガス排出量抑制や貧富の格差是正などの動きは、戦後パラダイムの終焉を想起させる。焦点は、大量生産・大量消費を是とする経済モデルを、どのように転換していくかだ。
大企業向け優遇策の恩恵が中小企業に浸透し、それが給与というかたちで家庭や個人を潤すという“滴り型”の経済政策は、高度経済成長時代の性善説に立った政策モデルだった。バブル崩壊以後、大企業が中小企業の利益と就労者の潤いを吸い取って、戦後最高益をあげていることに、自民党は気がついていなかった。
ITの領域にも通底
この構図はIT産業、なかんずくエンタープライズ系の受託型情報サービス業にも通底している。多重下請取引によって、地域と中小規模の受託型ソフトウェア開発業は疲弊し、ITエンジニアは上昇意欲を喪失しつつある。手組みによるスクラッチ&ビルド型システム開発の非効率性に、多くの企業が気づいている。にもかかわらず、思い切った転換の機運は盛り上がっていない。
経済産業省の特定サービス産業実態調査によると、情報サービス産業の市場規模は約20兆円、就業者は約85万人。GDPの3%強、全就労者の1.5%前後を占める主要産業の1つだが、システムの信頼性や取引実態の“見える化”“見せる化”にようやく手が着いたところで、国際展開は今後の課題として残されたままだ。情報サービス産業協会(JISA)は垂直型多重下請構造から水平型分業・分散構造への転換を掲げるが、業界大手が拠って立つ垂直型多重下請構造を自ら改革していけるかとなると、疑問符がつく。
ユーザー側も同様だ。プライムITベンダーへの丸投げと、外国製パッケージに依存した基幹システムで、事業の継続性やコンプライアンス、ガバナンスを担保できるのか。1980年代に相次いで設立したIT子会社をどう位置づけるのか、ITシステムを自社運営すべきかアウトソーシングに踏み切るべきか─多くの企業が悩んでいる。明快な出口が見えないために、閉塞感だけが横溢しているのが現状ではなかろうか。
石炭から石油への変化
写真1 ASPICが刊行した「ASP・SaaS白書」
そうした中、出てきたのが「クラウドコンピューティング」だ。政権交代と前後して、総務省が「自治体クラウド」、「霞が関クラウド」構想を発表。ASP・SaaSインダストリ・コンソーシアム(ASPIC)が「ASP・SaaS白書2009/2010~クラウドコンピューティング時代の主役へ〜」と題した白書を刊行した(写真1)。
雑誌や新聞もこぞってクラウドを取り上げ、特集を組んでいる。それだけ関心が高い証左といっていい。別の見方をすれば、よかれ悪しかれ閉塞感の打破を望むという意味で、総選挙の投票行動と類似する。
この新しい言葉が注目されるようになったのは2年前だが、なかなか実態が見えないこともあって一時はバズワードとされ、「クラウドはいまだ曇り」と揶揄された。ところが日本郵政やエコポイントシステムにSalesforceCRMが採用されたのを機に、クラウドは一気に現実味を帯びて語られるようになってきた。
写真2 ASPIC河合会長は「クラウドコンピューティングは21世紀になってようやく登場したIT領域の黒船」という
「クラウドはIT分野の黒船」と評するのは、ASPIC会長の河合輝欣氏だ(写真2)。「戦後経済の基盤を変えた石炭から石油への転換と同じような激変が、ITの世界でも起こるでしょう」と同氏は見る。白書発表会で同氏は、「手組みのシステム開発が全滅するとは思いません。しかし少なくとも主役の座から降りることになるはずです」とコメントした。
白書によると、2008年度に何らかの形でASP・SaaSを利用しているのは企業全体の17.5%、中小企業では約30%に達し、クラウドコンピューティングの市場規模は2015年に3兆円を超え、なかでも非製造業での利用が急増するという。そのうえで同白書は、「ASP・SaaSは支援業務アプリケーションを中心に中小企業に浸透してきており、中小企業が大企業と対等なIT環境のもとで市場競争機会を獲得できる環境が整いつつある」と結論づけた。
なるほど、これまでは投資額と人材の差が、大企業と中小企業のIT格差を生んできた。その格差は固定化され、社会・経済のIT化は中小企業を置き去りに進展してきたと言える。しかしASP・SaaS/クラウドは、その差を一気に縮めることになる。実際、従業員13人の機械部品製造業がSalesforceCRMを導入して機械部品の商社機能を持ち、大手と競合するようになった事例もある。
民間企業がASP・SaaS/クラウドを選択するのは、投資対効果が評価基準だ。では官公庁はどうかというと、今年7月に稼働したエコポイントシステムでは、「時間」という新しい評価基準が加わった。当初はっきりしていたのは、システムの運用期間は来年3月末まで、8月1日から本稼働という要件。これは手組みのシステム構築手法では全くクリアできないものだった。
経済官庁のある幹部は、「旧来型の手組み主体のソフトウェア業は、クラウドの普及でひとたまりもなく吹き飛ぶ可能性があります」と言う。「生産性の向上や“見える化”の自助努力を促してきたが、そろそろ我われは手を離すときかも知れません」─エコポイントシステムの成功体験が、行政官の一部でクラウドへの傾斜を強めているようだ。
外形先行の構想に疑義
だが並行して打ち出された「霞が関クラウド」「自治体クラウド」はどうか。ちなみにこれらのクラウドは、政府や自治体の情報システムを共通のクラウドセンターに移行・収容することで、IT投資の無駄をなくし、グリーンITにも直結するようにしようという構想である。
写真3 「自治体クラウドの方向性は間違っていないが……」と話す島田達巳・東京都立科学技術大学名誉教授
これについて、上記の経済関係官庁の某幹部は「できるわけがない」とバッサリ切り捨てる。「例えば社会保険庁の年金システム、人事院の人事・給与システムに決着が着いていないんですよ。あえて可能性をいえば、中央府省の縦割り行政組織を解消できるかが鍵です。新政権が事務次官を廃止し、予算の編成と執行を分離できるかどうか」。
別の行政管理関係者も次のように話す。「すでに運用されている霞が関WANや総合行政ネットワーク(LGWAN)、住基ネット、あるいは総務省が電子自治体構想の一環で推進してきた共同アウトソーシング構想などとの兼ね合いはどうなのか。電子行政システムに投入した税金を、納税者にどう説明するんでしょうか。そもそも霞ヶ関クラウドのような大きな構想は、1省庁のマターではないと思えます」。
電子政府プロジェクトに精通する島田達巳・東京都立科学技術大学名誉教授(写真3)は、「霞が関クラウドについては十分な情報を持っていませんが」と前置きして、自治体クラウド構想をこう論評する。
「構想の方向性は間違っていないと思います。しかし既存システムが十分に活用されているかの検証もないまま構想がポンと出されて、多くの市町村が戸惑っているのではないでしょうか。既存システムとの兼ね合いや進め方、具体的なシステムの姿が見えません」。実際、構想が公表されて以降、全国の県や市のCIOから「実態はどうなのか」という問い合わせが相次いでいるという。
写真4 岡山中央総合情報公社の常務理事である新免國夫氏は「センターをどこに置くかより目的と中身の議論が重要」と強調する
「霞が関クラウドや自治体クラウドという言葉は耳に新しい。しかし実際にどんな手法で何をどうするか、その結果どうなるのかを考えると、政府に強力な司令塔がなければ、なかなか難しいのではないでしょうか」。こう課題を指摘するのは、岡山中央総合情報公社の常務理事・新免國夫氏だ(写真4)。
同氏は岡山県のCIOとして、岡山情報ハイウェーを構築したことで知られ、国の諮問委員も務めてきた論客だ。「クラウドのデータセンターを3つ作るとか外形論が先行して、目的や中身が議論されていません。いま議論を深めるべきなのは、行政システムの棚卸しと、将来を見通したプライオリティでしょう。共通基盤の確立では、例えば行政機関で使用する漢字コードを統一したりシステム間のインタフェースをどうするかが重要です。手当たり次第に電子化してきた行政の無駄をどこまで整理できるのか、せっかく作ったシステムをどこまで実効あるものに育てるかも焦点です。共通基盤と共通フローはクラウドでいいかも知れませんが、地域特性を無視する仕組みなら地方自治、地方分権は意味がないことになってしまいます。その観点では、新政権で菅直人大臣が担当する国家戦略室の役割が大きいように思います」(新免氏)。
既存システムを生かす
自治体クラウド構想に関連して、兼ね合いが指摘される「既存システム」とは、前述したLGWAN、住基ネットを指す。両方とも全国の地方公共団体をカバーする広域ネットワークだ。前者は行政機関同士の電子コミュニケーション・システムとして構築され、現在は県および市町村向けASPサービスの基盤に位置づけられる。後者は住基カードの普及を前提に、各種の行政手続き・申請のワンストップサービスを実現する基盤として整備されてきた。
「自治体クラウド構想のベースとして、LGWANが最も有用だと考えています」と話すのは、地方自治情報センター(LASDEC)の総合行政ネットワークセンター長・太田正剛氏だ。LGWANではすでに電子文書の交換や共通認証といった「基本サービス」、電子申請や電子入札、セキュリティ監視など「アプリケーションサービス」、所得税申告や行政機関保有データベースの開示など「府省サービス」などが、供されているためだ。「結局のところ、それをクラウドと呼ぶのか、ASP、SaaS、共同アウトソーシングと呼ぶのかといった違いではないですか?」(同)。
行政機関のネットワークインフラは整備された。次に重要なのはアプリケーションの充実、という視点だ。「LGWANと共同アウトソーシングセンターがより密接にリンクすると、結果として自治体クラウドになる。だから取り立てて別のシステムを構築する必要があるとは思えません。強いて課題を言えば、第一は共通基盤の確立、第二は新政権が推進する地方分権と国が構築した全国ネットをどう整合させるかではないでしょうか」(同)。
一方、住基ネットセンター長の戸田夏生氏は、「住基ネットの利用はこれまでと大きく変わることはないが、住基カードは複数省庁にまたがる行政サービスのベースとして、もっと活用されるべきだ」と訴える。氏名・住所・性別・年齢の基本4情報だけで成人の個人識別が可能になる。事実、総務省の説得で厚生労働省が実施した住基ネットによる年金情報照合作業は、わずか3カ月間で2000万件の照合を完了したという。
ここで補足しておかなければならないのは、実際の住基ネットは国、都道府県、市町村の3階層。しかも市町村が個別に保有する住民情報データベースと上位層はオフラインになっているということだ。国が市町村の住民データベースをダイレクトに参照することを不可能にしつつ、住民の基本4情報が一元的に集積・管理される仕組みである。
また地方公共団体のIT利活用に限ると、LGWANをネットワークインフラとすれば、住基ネットはデータベースインフラ、公的個人認証や組織認証、住基カードは社会・経済のITインフラという位置づけになる。
「基本4情報だけで大きな効果を生む。大規模災害時の被害者確認など、不測の事態が発生したとき、行政機関が柔軟かつ的確に、自律的にアクションを起こすために必須のシステムです」という。“情報の海”の有用性が証明されたといっていい。
国としての指針はどうか
それをより有効にするには住基カードの普及率を上げ、多目的利用を促進するとともに、公的認証の機能がより広範に利用できる道を開くことだ。
とするなら、例えば自動車運転免許証や健康保険証との融合がなぜ進まないのか。あるいは以前の本連載で示したように、住基カード発行枚数が全国の公務員400万人にすら達さないのはなぜなのか。それは指定情報処理機関としてシステムの運用を担っているLASDECの主題ではなく、IT利活用に関する国としての指針にかかわる問題だ。
先に東京ビッグサイトで開かれた地方自治情報化推進フェアでも、主催者であるLASDECが示すことができたのは、LGWANによる納税申告やコンビニ公金収納にとどまった。「有用なアプリケーションがそろい、利用者の理解が広がるのを待つのが基本です。そのための努力はするが、当センターができることは限りがありますから」(同センター理事長の小室裕一氏)という言葉を非難することはできない。
旧政権は内閣官房にIT戦略本部を設置しながら、方針を示しただけであとは所管省庁任せだった。所管省庁は制度設計と目標値設定に終始し、実務を地方公共団体に押し付けた。共同無責任と片務性が、制度設計ばかりでなく、システム構築の実務でも同じことが起こっている。市町村のIT担当者とITベンダーは新しい制度や構想が出るたびに振り回された。お決まりの常套句でまことに恐縮だが、新政権がどのようなIT利活用指針を打ち出すかが、まさに注目されるゆえんだ。
- 佃 均 IT記者会代表幹事
- 1951年生まれ、57歳。コンピュータ業界紙の編集長を経て2004年4月IT記者会代表幹事。情報システムのユーザー企業や情報サービス産業の動向に関わる報道を通じ、一貫して情報システムや情報サービス産業の高度化を提言している。主な著作に『日本IT書紀』『ルポ電子自治体構築』などがある。
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