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組織から機能を考えるのではなく、機能中心に組織を再編せよ
今年10月、東京・大手町の日本経済団体連合会ビルで開かれた情報サービス産業協会(JISA)主催の「JISAコンベンション」。恒例のパネルディスカッションには、リコーITソリューションズ会長の國井秀子、シーエーシー社長の島田俊夫、NTTデータ経営研究所の情報戦略コンサルティング本部長の三谷慶一郎の3 氏が登壇した(コーディネータは本誌編集長の田口潤氏)。
テーマは「情報サービス産業、2010年代の展望」。國井氏は情報サービス業における女性の活用と女性が活躍できる場の必要性を、島田氏は情報サービス企業の自立を、三谷氏はシステム構築における工学的アプローチの重要性を訴えた。それぞれ傾聴すべき見識であり、必要なことでもある。
だが、あえて言えば、いずれもかねてから指摘されてきたことであり、いまさらの感も強かった。何よりも2008 年年秋以後の派遣切りや新規案件の凍結で、情報サービス業の底辺が困窮に直面している最中である。例えば、3 次請け以下のソフト会社では全従業員の3〜 5%が、雇用調整助成金で息を接いでいる。丸々の持ち出しとなるよりいいと、月額20 万円台で受注するダインピング契約も出始めた。“いま、ここにある危機” をどうするのか。そんな折でのパネルディスカッションは、「暢気なもの」との批判を免れない。
下請法抵触の事例が横行
実際、契約期中の一方的な契約解除や事実上の解約、開発チームを人質に取ったかたちで値引きを要求する“あと出しジャンケン” など、取引上の優位な立場を利用した下請法抵触行為が横行している。
典型例が「SES 契約」だ。ソフトウェアエンジニアリングサービスの略で、本来は定額で1人月当たりの料金を支払う、いわゆる準委任契約である。例えば契約書記載の規定時間を165〜180時間とする。これを利用して規定に満たない場合に、時間単価をかけて契約額から差し引く。実質的な値引きである。このような中で、JISAは「日本を代表する唯一の情報サービス産業団体」を標榜しているにもかかわらず、動きは鈍い。
一例が民主党政権へのアプローチ。JISA政策委員会の部会で意見交換が始まったのは10月中旬で、新政権に対する目立った動きはまだ見られない。浜口友一会長(NTTデータ相談役)は、3次請以下の中小・零細ソフト会社が置かれている苦境やSES契約の矛盾に理解を示すものの、今こそ政策提言をすべきだという指摘に、「会員の総意が前提となる」と言う。「JISAというより、情報サービス業界をリードする企業1社1 社がどのように改革していくか。それが業界改革につながっていくのではないか」。
確かに、これは一定の説得力を持つが、だからといって業界団体としての新政権に対するアプローチが不要になるわけではない。JISAのある幹部は、「これまでの自民党との関係もある。手のひらを返すようなことはできない。もちろん内々でどうすべきかは検討している」と背景を話す。
変化した先進企業の認識
一方、原発注者、つまり情報システム・ユーザー企業の意識変革は速い。時計の針が21世紀に入った直後─厳密には旧来システムの2000年問題対応をクリアしてから─を境に、ユーザーの認識は変わってきた(図1)。
2001年から数年間に発生した大規模なシステムトラブルで、IT ベンダーへの信頼感は失墜し、併せて外部への依存を続けていたのでは、事業継続性の保証や新しい企業価値の創出は不可能だということに気づいたのだ。だから例えば、アウトソーシングやSaaS やクラウドへの関心を、「ITを外部依存する表れ」と単純に見ていては本質を見誤る。限られたスタッフや予算の中で、戦略的ITを自らガバナンスし、活用する必然的な方策と見るのが正しい。
そんな中で「ITのプロ集団」を自称する情報サービス産業だけが変化に順応できず、ガラパゴスとして取り残されつつある。未来を描けない産業は、主導的な地位から退くほかない。「労働集約依存から知識集約への変革へ」の掛け声はなるほど立派だが、“今、進行しつつある地殻変動” に間に合うだろうか。
ソフトウェアのサービス化とIT のユーティリティ化はASP/SaaS/クラウドコンピューティングとして予想以上の速さで顕在化している。気がついたとき、「そういえば昔、ソフトウェア受託開発という業態がありましたね」になっているかも知れない。
“ 電子経産省” の試み
ASP/SaaS/クラウドへの傾斜を強めている代表的なユーザーの中に、情報サービス産業を所管する経済産業省がある。この7月から稼働したエコポイント管理システムや、10月14日から11月14日まで開設された「電子経済産業省アイディアボックス」がそれだ(図2)。インターネットを活用して、広く一般から政策への意見や提案を集約する狙いである。今回はテストケースとして「電子政府」をテーマとした。
システムは、SalesForce CRM で構築され、運用は野村総合研究所、サイト運営は経産省の商務情報政策局に設置された情報プロジェクト室と同省のCIO 補佐官が担っている。一般の国民が自由に意見や提案を投稿でき、それを読んだ人がコメントを書き込んだり賛成・反対の意思を表示できる。カテゴリーの設定、意見・提案・コメントの関連性と一覧性、画面展開のレスポンス時間やRSS 機能などに不満はあったが、政策立案プロセスの透明化を指向する試みといっていい。
また投稿やコメントに対してサイト運営側がこまめに返答し、議論を深める資料の所在を知らせるといった対応は、好意的に受け取られたようだった。土日・祝日も投稿に気を配っていた姿勢は「開かれた経産省」のイメージを強くした。
本質から外れた議論も
実は、筆者も日ごろ電子政府・電子自治体プロジェクトにモノ申している立場から、サイト開設(10 月14日午前10時)と同時に登録した。「仮にガス抜きの言いっぱなしに終わるとしても、自分の言葉で意見を述べることが重要」という認識である。
賛成票数の上位にランクされたのは、「住民票や戸籍をネットで取れるようにして欲しい」、「RSSの採用について」、「選挙における投票をインターネットで行えるようにして頂きたい」、「申請のワンストップサービスについて」、「公的機関発行カードの集約」、「免許証やパスポートの更新をWebでできませんか?」などである。
投稿した人には恐縮だが、いくつかは本質から外れた提案と言わざるを得ない。例えば「住民票をネットで取れるように」という提案。筆者はネットで住民票を取ることではなく、住民票が必要な手続きをなくすことこそが本質だと考える。住民票は行政機関における本人確認の手段であって、当人が自分の時間と費用を払って対処すべきことではないからだ。
広島大学の経営情報学部の森田勝弘教授(法務省CIO 補佐官)は、「官の登録情報利用における“情報連鎖” の改革」と題した提言で、次のように記している。「“官の情報システム” には、戸籍や住民登録などの個人情報、不動産登記など資産の権利関係情報が登録・管理されている。しかし、こうした情報を、当人が最終需要者として必要とするケースは稀。当人にとっては、登録先の官庁から自己の登録情報を取得し、それを最終需要者である要求元の官庁へ受け渡すだけの“運び屋” を強いられる形となっている」。
運転免許証をITで不要に
厳格な正確性と真一性が求められる預金の引き出しでさえ、カードと暗証番号で済む。住民票という紙の書類の必要性を見直すことからスタートしなければ、電子化のあり方を論じることはできない。Webによる免許証の更新についていえば、情報管理の仕方をITで変えることを考えるべきだろう。
森田氏の提言を続けよう。「免許証そのものが重要なのではなく、自動車を運転する免許を持っているかどうかが分かればいい。免許証を携行していない、すなわち違反とするのは理に合わない」。簡単な話、住基カードに添付された顔写真と記録されている氏名、住所、性別、生年月日の基本4情報をもとに、携帯端末と専用ネットワークで本部センターに照会し、資格の有無が確認できればそれでいい(図3)。
「そういうシステムを作ると費用がかかるのでは」という疑問があるかも知れない。だが昨年度更新された運転免許証は1550 万件、1件当りの更新手数料は2550円。両者を乗じると約400 億円という数字が出る。これを毎年、ドライバーが負担している。荒っぽい計算だが、運転免許証をなくすのなら情報システムに年間400 億円を投じても可と判断できる。
かなりの文字数を費やして、アイデアボックスについて述べてきた。筆者はアイデアボックスそのものが悪いと言っているわけではない。本質を見極めるには、相当の知識や見識が求められる。適切な情報の提供やガイダンスがないと、最悪の場合、“衆愚政治” に陥りかねないというリスクを指摘したつもりだ。
ITの導入には成功してもITの利活用に失敗する。これまでの電子政府・電子自治体プロジェクトの多くは、その典型例であり、同じ失敗を繰り返すことはもうできない。
〈官と私〉から〈公〉への移行
覚えている読者も多いと思うが、小泉改革が旗印にしたのは、「官から民へ」だった。それは社会と経済の原理が、資本主義vs共産・社会主義の対置構造で語られ、世界の政治が民主・自由主義vs国家統制主義の2軸対立で運営された時代の発想を引きずったものだった。この9 月の新政権発足の当初、新聞やテレビが面白おかしく演出した〈政と官の対立〉構図も同様だ。
それがどうやら間違いだった、つまり物事はそんな単純な2軸構造で語られるものではないことに、表立ってではないにしても、多くの国民や政治家が気づいている。その結果、起きているのが、20世紀型組織の構造疲労を変革しようとする地殻変動である。
官であれ民であれ、旧来の組織ありきの発想から脱皮しなければならない。そのためには旧来の組織の機能を分解し、機能としての組織を再構築してみる作業が必要だ。筆者の仮説だが、機能としての組織を再構築すると浮上するのは〈公〉という概念である。
換言すれば、〈公〉の機能を失い〈私〉に重きを置き過ぎる企業や組織は、存在価値を失っていく。現にエコという社会公共的な意味づけが企業や商品の価値を裏付けているではないか。税金を垂れ流し、高級官吏が天下りと渡りを繰り返す官僚機構が指弾されるのは、〈公〉の機能を失って〈私〉の性格を強く帯びたためだ。
情報システムも同様である。21世紀に入って10年が経過しようとする今日、ASP / SaaS /クラウドが注目されるのは、それが〈公〉の機能を備えている─少なくとも、多くの人がそのように感じるようになっているからだと考えられる。
それを具現する手法として、不特定多数の予測不能な行動(例えば鰯や秋刀魚の魚群)を的確・柔軟に把握する群管理の技術、自律した個が状況に応じて共通目的のために連携する(例えばサッカーの選手)オートポイエーシスの発想がある。先進的ないし先覚的な民間企業、あるいはNPOやインターネット・コミュニティは、すでにそれを実現する作業に着手している。出遅れているのは20 世紀型に固執する官や一部の企業、そして情報サービス産業かも知れない。
- 佃 均 IT記者会代表幹事
- 1951年生まれ、57歳。コンピュータ業界紙の編集長を経て2004年4月IT記者会代表幹事。情報システムのユーザー企業や情報サービス産業の動向に関わる報道を通じ、一貫して情報システムや情報サービス産業の高度化を提言している。主な著作に『日本IT書紀』『ルポ電子自治体構築』などがある。
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