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組織の壁を超えた情報活用で効率よく業務を遂行する
ニューヨーク市には約830万人の居住者・通勤者・旅行者と、約5万4000人の警察官、約1万2000人の消防隊員が日々活動している。そして、新旧合わせて80万以上の建物が存在しており、2009年には約26万の建物を対象に点検が実施された。このような都市において高い公共安全を実現するには、膨大で複雑な情報の有効活用が避けて通れない。
しかしながら、往々にして情報は管轄局や部署に分散し、それぞれ独自フォーマットで入力・保管・管理されている。共有されることはほとんどない。
これらの既存情報を一元化して活用することができれば、よりよい洞察や仮説を導き出すことが可能になる。そうした考えからニューヨーク市は市長のリーダーシップの下、よりスマートな公共安全の実現に取り組んでいる。
以下ではニューヨーク市消防局(The Fire Department of the City of New York:消防局)と、ニューヨーク市警察(The New York City Police Depart-ment:NY警察)の取り組みを解説する。
ニューヨーク市消防局
建物解体時の火災発生を受け事故防止に向けた法案を検討
2001年に発生した米国同時多発テロ事件で損傷を受けた前ドイツ・バンク・タワーは2004年に全面取り壊しが決定し、2007年に取り壊し作業が始まった。その際、同年8月の取り壊し作業中に火災が発生し、消火活動で2人の消防隊員の尊い命が奪われた。
この建物は不燃性ではない樹脂製の床材を使い、非常階段も部分的にふさがれていた。だが、数年間にわたり点検されず、ホースに水を送る給水塔が故障していることに気付かなかった。そうした状況下で20分も消火活動をせざるを得ず、惨事を招いた。
この惨事については、消防隊員が事前に建物の情報を把握していれば死亡事故を防げたといわれている。そこでニューヨーク市は同月、同じような惨事を2度と繰り返さないような仕組みを検討するワーキング・グループを市長のリーダーシップにより発足。ワーキング・グループはおよそ3カ月間の検討の末、「建物の建設および解体・除去作業プロセスにおける監督と規則の強化(Strengthening the Oversight of Con-struction, Demolition and Abatement Operation)」という報告書を提出した。
報告書では点検業務、情報共有、監督、現場での作業管理に着目し、28項目の課題を抽出した。例えば、ニューヨーク市建物局(Department of Buil-dings:建物局)や環境保護局(Depart-ment of Environmental Protection)など、異なる局で責任範囲や情報管理が重複しているといった課題をまとめた。
そのうえで報告書は、課題解決に影響する現行の法令や規則を調査し、情報共有や点検、除去・解体作業に関する33項目を提言。ニューヨーク市は現在、提言の一部を新たな法案とするかどうか検討している。
検討中の法案の内容は多岐にわたる。具体的には作業現場における禁煙の徹底にはじまり、給水パイプの色に関する統一ルール、アスベスト除去で建物局と環境保護局が情報共有するための組織「Asbestos Technical Review Unit(A-TRU)」の設置、アスベスト除去と建物解体を同時に作業する場合の建物局、環境保護局、消防局の連携などが含まれる。このうちアスベスト除去と建物解体を同時に実施する場合の連携については、ヤンキー・スタジアムの解体作業で実際に採用・実施された。
ITを駆使して複数の管轄局がタイムリーな情報共有へ
報告書ではIT活用に関する提言もされた。消防局はITを駆使して建物局と環境保護局とタイムリーに情報共有するシステムを開発し、紙ベースの点検からシステムに直接入力する点検プロセスへと変革すべきというのが、1つだ。この提言を受けて2007年11月、システム化を検討することが決まった。
IBMは2008年4月、4年間のシステム構築ロードマップを提出し、同年11月に「Coordinated Building Inspection and Data Analysis System(CBIDAS)」と呼ぶデータウエアハウス(DWH)の構築プロジェクトが立ち上がった。プロジェクトは4つのフェーズで構成し、フェーズ1ではリスクベースの点検を実現可能にする(図1)。続くフェーズ2では建物安全点検と勧告などの法執行を自動化、フェーズ3〜4ではWebポータルとデータのアクセス可能範囲を拡張する。
CBIDASで扱うデータは多様だ。消防点検など消防局内の情報に加え、建物局と環境保護局、都市計画局(Depart-ment of City Planning)の情報を取り込む。さらには地下鉄駅の構内情報、建設会社やテナントが保有するデータや情報も取り込む構想になっている。
それらのデータや情報をCBIDASに一元化するには、各種データと情報の整合性を確保しなければならない。というのも、建物を認識するデータ1つをとっても、認識番号や正式名称、略称、通称が存在するからである。オーナーの変更や増改築後の新名称と旧名称は、組織が違えば異なるフォーマットでデータを認識しているのが実情だ。
DWHとBI技術を活用し出火の危険性や影響を解析
一元化の対象データには次のようなものがある。
[建物局]
電気設備や配管にかかわる各種認可の情報、所有者および管理者の名前や住所、電話番号などの連絡先、建物の高さ(階数)、火災報知機に関する詳細情報。
[都市計画局]
建物情報のプライマリーキーとなるBuilding Identification Number(BID)、建物の所在地の通りの名称や番地などの地理的情報、納税区域。
[環境保護局]
アスベスト点検履歴や今後のアスベスト点検スケジュール。
[New York Fire Incident Reporting System(NYFIRS)]
建物の火災事故の履歴と結果。
IBMはCBIDASプロジェクトにおいて、上記のデータをDWHに集約するアーキテクチャを設計し、どのような情報をどのように分析するかといったノウハウを集約したデータモデルを作成した(次ページの図2)。
CBIDASが完成すれば、建物に関する各種点検や認可、違反に関する情報はDWH内に一元化される。これらに予測モデルや先進的なデータ解析といったビジネスインテリジェンス(BI)技術を適用することで、出火の危険性から出火時に想定される影響まで分析し、レポートを作成することが可能になる。
CBIDASの構築を機に、消防点検をはじめとする業務プロセスも変わる。実際には、スケジュールで固定化された点検だった従来のプロセスが、リスクベースの点検になる。結果として、リスクに応じて積極的な防火対策を実施して出火件数を抑制し、高い公共安全を実現できると期待されている。
消火活動においては、火災現場の建物の構造や用途、各種統計の情報から想定されるリスクなどを把握し、火災現場の消防隊員が持つ携帯用端末に事前に提供する。そうすることで、経験と勘だけに頼るより適切で安全な消火活動が可能になるとの期待が大きい。
ニューヨーク市警察
犯罪情報ウエアハウスを構築 330億件超の情報を活用へ
NY警察は年間約1000万件の911番通報、約83万件の検挙、約20万件の捜査を扱っている。犯罪行為はその場限りだが、犯罪に関連する情報は犯罪の発見から報告、捜査の全体を通して広範かつ色々と生み出される。そして警察官は長年の活動から情報収集に極めて熟達しており、情報の発生と同時に収集することができる。
しかし問題は収集した情報がその後どこに行くのかということだ。NY警察では高度に専門化された100以上の各警察署のシステムと、警察署ごとに分散化されたファイルやインデックスカードとして情報を保管している。
この仕組みは情報収集においては効率的な反面、それぞれが孤立したシステムのため情報共有は難しい。各警察署では犯罪活動の全体像を把握するのに、警察官が多くの時間を費やして電話したり署内を歩き回っていた。
加えて、犯罪者は警察の管区をまたいだ活動をするなど、巧妙化してきていた。そのため各警察署の刑事や犯罪分析官、警察署上層部はさまざまな部署の断片情報を一元化する仕組みを必要としていた。
そこでNY警察はさまざまなシステムとの間で犯罪情報を照合する「犯罪情報ウエアハウス(CIW)」を構築した。CIWはニューヨーク市内5区で発生したほぼすべての犯罪に関するデータへの一元的なアクセスポイントを提供。1億2000万件以上の刑事告発/逮捕/緊急通報記録のほか、500万件以上の犯罪/仮釈放/写真ファイル、3100万件以上の国家犯罪情報、330億件以上の公開情報に対して、警察官が捜査現場からスムーズにアクセスできるようになった(図3)。
地図情報などと組み合わせて連続犯罪阻止、人員を最適配置
CIWは「DB2 Universal Database Data Warehouse Edition」や「Cognos ReportNet」で構築(表1)。プロジェクトは要件定義に6カ月間、設計に3〜6カ月間、開発に3〜6カ月間を費やした。
| ソフトウェア | DB2 Universal Database Data Warehouse Edition |
|---|---|
| WebSphere Portal | |
| WebSphere Application Server | |
| Tivoli Storage Manager | |
| Cognos ReportNet | |
| ハードウェア | System p5 575 |
| TotalStorage DSS800 storage server | |
| サービス | Business Consulting Services |
CIWは「RTCC(リアルタイム・クライム・センター)」と呼ぶ組織の情報基盤として使われている。RTCCは蓄積した情報の分析や現場の警察官への情報提供を目的に導入された、24時間体制の作戦司令室である。
RTCCでは警察官や情報分析官がBIソフトを使って地図情報などと併せて犯罪情報を分析している。その結果、犯罪が発生している最中に犯人を見極めることが可能になった。各管区長は常に犯罪発生の動向に先んじて防止策を講じるだけでなく、連続犯罪の急増を阻止することに役立てている。
CIWに基づくRTCCの活動による効果はそれだけではない。警察官の増員が困難な経済状況下でも犯罪のパターンや傾向に応じた人員の最適配置が可能になった。さらに、リスク評価の改善により警察官の安全性も向上した。
NY警察は今、画像や動画のデータをシステムに取り込み、予測モデルを使って膨大なデータや情報を分析する検討を進めている。IBMはより「スマート」な公共安全の実現に向けて以下のような技術を提案していく予定だ。
- 異なる生体認証(指紋、虹彩、声紋、筆跡など)を統合するミドルウェア
- 建物の青写真情報から内部構造を3次元イメージで作成すると共に、内部監視カメラと接続して建物をモニターするといった「建物内部偵察(Comprehensive Interior Re-connaissance:CIR)」の分野に用いるソフトウェア
- 現場に直接行かなくても現場の道幅や、電柱と電柱の間隔、建物の高さなどの測量をするソフトウェア
- 爆竹やバイクなど多種多様な音情報から拳銃の発砲音だけを認識してアラートを発する技術
公共の安全性を高める活動が米国内の他州や世界で広がる
米国ではニューヨーク市のほかにも、スマートな公共安全の実現に向けた活動が広がっている。ミズーリ州の「Missouri Emergency Response Information System(MERIS)」の導入、セントルイスの「St. Louis Area Re-gional Response System(STARRS)」の構築、ワシントンDCの「Unified Communication Center(UCC)」の設置などは、その代表例である。
世界に目を向けると、スペインで2004年3月に発生した列車爆破テロ事件を受けて、マドリードが消防や警察、救急を統合した「統合安全緊急センター(Intergrated Security and Emer-gency Centre)」を設立した。1999年設立のユーロポール(欧州刑事警察機構)では定型的で構造化された確定情報だけでなく、Word文書やテキストなど構造化されていない情報も分析対象に加えた「Overall Analysis System for Information Support(OASIS)」の稼働を開始している。OASISは、EU加盟国25カ国における麻薬/マネー・ロンダリング/通貨偽造/テロ対策/不正入国と人身売買/児童ポルノなどの国際犯罪の解決に役立てられている。
匿名化や暗号化の技術を使い組織の“壁”を超えて連携
欧米と同じく日本でも建物の老朽化が進むと同時に、高層の複合ビルが増えるだろう。さらに、外国人観光客の積極的な誘致によってトラブルや犯罪は多様化や複雑化、国際化が進み、公共安全を取り巻く環境は今後大きく変化していくだろう。しかしながら予算が十分にあるわけではなく、限られた人員で業務を効率化し、環境の変化に対応していかざるを得ない。
そうしたことから日本における公共安全は今後、事後処理と並行して事前予防も強化していくものと認識している。その際には警察と消防、救急、検察、弁護士、裁判所、刑務所などのステークホルダーに加え、地域の商店街やコミュニティ、公園や建物の設計事務所、時には建設資材メーカーあるいはインターネット接続事業者や各種許認可機関とも連携していくことが求められる。
スマートな公共安全を実現するうえで重要なことは、リスクを想定して未然に抑制すること、そして発生した場合の初動態勢を強化することである。そのために最新の匿名化技術や暗号化技術、ワイヤレス技術を活用して組織の“壁”を超え、街頭防犯カメラや侵入検知、火災警報、ガス漏れなど各種センサーのデータ、地上や地下の建物構造設備、違反や納税、通話、インターネットアクセス、出入国、送金、通関にかかわる情報を連携させる。また、各所に分散した断片情報を短時間で収集し、過去の膨大な統計データのパターンと照らし合わせる。そうすれば、より良い仮説を導けるのはもちろん、リスクを未然に抑制したり初動態勢における装備や人員配置の最適化を図ったりできるはずだ。
もう1つ忘れてはならないポイントがある。テクノロジだけではスマートな公共安全の実現を果たせないという点だ。当然、情報を共有する文化の醸成が欠かせない。データや情報を保存・利用する際のプライバシやセキュリティへの配慮は言うまでもなく、法律/ガイドラインや標準/規格の整備なども必要になる。
ニューヨーク市の消防局や警察のプロジェクトを通じてIBMは、膨大なデータにBI技術を適用することで、発生した事象から次に発生するリスクを予測することが可能だと考えている。ただし、異なる組織や部署に分散したデータや情報を既存のシステムを活用しつつ共有・分析する仕組みを整備するのは容易ではない。SOA(サービス指向アーキテクチャ)技術を用いるのが有効なのだが、肝心なSOAの環境を構築するのが一般的に簡単ではないからだ。
IBMはリスクを避けながらSOA環境を短期間で構築するため、あらゆる分野で必要になるSOAのコア機能のアセット化を進めてきた。組織や部門の壁をいかにして乗り越えて情報共有を促進するかという課題についても、多くのプロジェクト経験からポリシーやガイドライン、運用プロセスのノウハウを蓄積している。これら、先進的なテクノロジを有効活用するためのアセットやノウハウを、世界でも高い水準にある日本の公共安全を維持・向上するのに役立てたいところだ。
参考文献
[1] ニューヨーク市消防局、http://www.nyc.gov/html/fdny/html/home2.shtml
[2]FDNY Strategic Plan 2009-2010、http://www.nyc.gov/html/fdny/pdf/publications/FDNY_strategic_plan_2009_2010%20Final.pdf
[3]安藤忠夫:警察の進路−21世紀の警察を考える、東京法令出版
- 齊藤 宗一郎
- 日本IBM 公共サービス事業部 官公庁サービス ビジネス・ソリューション・プロフェッショナル
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