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直近の課題はデータの標準化と一元化 長崎県に学ぶグランドデザイン

欲しい時に欲しいデータを即座に参照できる─。情報システムを利活用する上で不可欠なことだが、場当たり的な開発プロジェクトを重ねていては実現は難しい。かといって来るクラウド時代が自然に解決してくれるものでもない。根本に立ち返って、自らが取り扱うデータの標準化と一元化に真剣に取り組むことが不可欠だ。

長崎県庁が市町村向けクラウドサービスの開始を発表したのは昨年12月27日だった。折りしも筆者はその3日前、同県の島村秀世・情報担当理事にインタビューし、「厳密にはフライングだけど、せっかく来ていただいたんだから…」と、長崎県自治体クラウドサービスの概要を入手することができた。いや、今回はそのことではない。同県がなぜ、全国に先駆けて自ら自治体クラウドサービスをスタートさせることができたか、である。

海に分断された島を1つにまとめる

長崎県が電子県庁システムの構築で掲げたのは、一般に「脱レガシー」だといわれる。それは間違いではないが、誤解を生みやすい。「しばしば、『島村さんはOSS(オープンスース・ソフトウェア)の信奉者ですか?』と尋ねられる。OSSを積極的に採用したのは事実ですが、信奉者ではない。客観的に評価した結果、21世紀の電子県庁システムに必要と判断しただけ」と島村氏は言う。

「行政コストを下げることが大目標。高齢化と少子化で行政の政務は重くなる。それに対して歳入は間違いなく減る。そのための基盤としてITを利活用し、コストを下げ、サービス品質を高める。まず取り組んだのがブラックボックスを排除すること。同時にメーカーごとのアーキテクチャで分断されているデータの島を1つに統合することだった」(島村氏)。

図1は、長崎県が電子県庁システムの構築に着手した2002年度に公開した資料に掲載されていたものだが、島村氏は当時を振り返って、「右の〈現実〉の絵は山に見えるかもしれませんが、実は海に隔てられた小さな島のつもり。島が多い長崎県にちなんだのですが…」と苦笑する。〈理想〉は、一元化されたデータベースを頂点に、アプリケーション・サーバー、Webサーバーをミドルレイヤーに置き、クライアントPCがネットワークで連携するという概念を示したものだ。

図1 システム基盤の理想と現実
図1 システム基盤の理想と現実

昨年3月末をもって「第1次プロジェクトは完了」と宣言したのは、データの標準化とデータベースの統合にめどがついたからにほかならない。県庁内では税務データを処理するメインフレームが契約の関係もあって2012年度まで残存するが、第2次プロジェクトで完全に廃止となる。職員自ら要求仕様書を策定し、地元ITベンダーに直接発注する方式で、業務系システムはすべてWebアプリケーションに移行することができた。

「ソフトウェアのユーティリティ化、サービス化は、第1次プロジェクトのスタート時から視野に入っていました。共同アウトソーシング方式でなく、クラウド方式が最適解だと考えました」と言う。サービス料は住民1人当り年間10円というクラウド方式の行政手続きサービスに、早くも複数の市町村が手を挙げている。

多面的調査から見えたユーザーの意識変化

前回に引き続いての調査・統計の紹介で恐縮だが、本論に入るための地ならしと考えていただきたい。IT記者会が実務とデータ分析にかかわった調査資料なので、やや手前味噌になる。

今年3月に経済産業省のサービス政策課がまとめた「サービス事業者生産性向上支援調査事業」報告書。それによると、サービス産業に分類される事業者の4社に1社が、直近のITシステムの課題として「データの標準化と一元化」を挙げている。業務管理システムでもEDI(電子データ交換)の利活用でも顧客との関係強化でも、データの標準化と一元化が基本になるという認識が示されている。保有から利用へ、21世紀システムのセカンドステージに向けて、ユーザーの意識変化が、じわり、と始まっている。

この調査は、サービス産業におけるIT利活用の状況と業種特有の課題を抽出することを目的に、昨年の春から経済産業省の情報政策ユニットが検討を進めていた。情報処理振興課が推進する「地域イノベーション・パートナーシップ」(RIPs)、中小事業者向けソフトウェア提供サービス「J-SaaS」といった施策と補完的な関係にある。

全国に存在する法人(企業・団体)は約250万だ。そのうち、サービス産業はGDPでも雇用でも、7割以上を占める。雇用の流動性がますます高まり、製造業のサービス化が急速に進む中で、本来のサービス産業の生産性を高めることによって持続可能な経済発展が可能になる。デフレスパイラルの波間にサービス産業を放置したら、どんなに素晴らしい成長戦略を立てても、結局は絵に描いた餅になりかねない─調査を担当したサービス政策課には、そのような危機感があった。

報告書は総論、アンケート調査編、ヒアリング編の3部で構成され、全体で315ページという“オオモノ”だ。このうちアンケート調査は2010年の1月中旬から2月初旬にかけて、無作為抽出による全国3000社を対象に実施したもの。設問は現在使用しているIT機器・システムに始まり、IT専門部門・要員やIT化計画の有無、IT関連予算の計上方法や年間に投入する金額、その意思決定プロセス、ITベンダーとの取引関係、現在の経営課題、SaaS/クラウドの認識度や関心…等、多岐にわたっていた。さまざまな角度から多面的に分析しようという意欲がありありと分かる。

「まず、サービス産業の事業者は、中小・零細規模が圧倒的に多い。そのため、このような調査はあまり行われてきませんでした。しかも設問が広範囲にわたり、かなり専門的なことにも突っ込んでいた。このため、果たして分析に十分な回答数が集まるか、不安はありました」と、奥家敏和・サービス政策課課長補佐は言う。ところが調査票を発送し終わった直後から次々に回答が寄せられ、締切日の午後5時に集計した有効回答率は23%、締切後に到着した回答も含めると24%にも達した。この種のアンケート調査としては、異例に高い回答率といっていい。

「実は、我々も含めて、IT業界の方々は地域の中小・零細事業者はITに無関心だ、と思い込んでいる節がある。ところが実際は、ITに大きな関心を持っていて、その中には先進的な取り組みをしている事業者が、決して少なくありません。また実際にITを利活用する側とITベンダーの間に、いろいろな行き違いやギャップがある。それが分かっただけでも収穫でした」と言う。

情報の共有と連携に高い関心を示す

調査結果を具体的に見てみよう。前述のように、設問が多岐にわたっているため、ピンポイントで紹介するしかない。最も典型的なのは、IT利活用の方向性について、直近と将来の取組みの回答だろう(図2)。

図1 システム基盤の理想と現実
図2 ITシステムの今後の方向性 (IT記者会調べ)

まずカテゴリーI「経営管理・業務管理システム」(いわゆる「基幹系」)の方向性では、〈直近の強化〉を予定しているのは「顧客情報システム」が23.0%でトップだった。以下、「財務会計システム」22.4%、「人事・給与システム」20.5%、「販売管理システム」20.0%、「在庫・生産管理システム」15.2%と続く。

〈近い将来の強化〉では顧客情報、人事・給与、財務会計、販売管理、在庫・生産管理の順だが、いずれも直近より回答率が低くなっている。これは経営管理系・業務管理系システムの強化が喫緊の課題となっていることを示している。また強化したいシステムのトップに顧客情報システムが挙げられているのは、カテゴリーII「情報共有」のうち、「顧客との関係強化」に高い数値が示されていることと無縁ではない。

カテゴリーIII「データ構造」はユーザーにおけるITプラットフォームに関する設問だ。ここで「データの標準化と一元管理」が〈直近〉で18.0%、〈近い将来〉で24.7%という数値を示すとは、サービス政策課も想定していなかった。1つにはやや専門的な設問であるため、中小・零細規模のサービス事業者が意味を理解してくれるか、と見くびっていたこともあった。

「正直に言うと、驚きました。難しいかな? と思いつつ、あえてデータ構造に関する設問を入れたんです。そうしたらきちんと理解してくれて、しかも全項目の第2位だった。分かってるじゃない、という感じでした」というのは、同課で技術動向を担当する栫井(かこい)誠一郎・企画調整班長だ。

同氏は続ける。「例えばEDI、ECに対応するにも、CRMを導入するにも、まず自社内のデータが標準化され、全社共通のものとして共有されていなければならない。SaaS/クラウドの利活用など、次のステップに進むために、近い将来、つまりここ2〜3年内にやらなければならないのは、データの標準化と一元管理だ、と4社に1社が回答している。実際はもっと多いと見ています」。

「今後のIT化で重視することは何ですか」と質問した結果も同じだった(表1)。〈直近〉と〈近い将来〉のそれぞれで回答を求め、両方を足したところ、「システム運用費の抑制」は48.1ポイント(直近26.7%、近い将来21.4%)。次いで、「データ連携」が41.7ポイント(直近19.6%、近い将来22.1%)だったのだ。「システム開発費の抑制」32.9ポイントを大きく上回ったことにも注目していい。

表1 今後のIT利活用で重視すること(従業員規模別) (IT記者会調べ)
図1 システム基盤の理想と現実

従業員100人超の企業に強いニーズ

従業員規模別で見ると、「データ連携」を強く求めているのは「101人以上」で、51.7ポイントに達している。ただし、このクラスになると「システム運用費の抑制」が67.5ポイント、「システム開発費の抑制」が55.3ポイントと上位にくる。計画的なIT化、IT専門要員、IT化の評価など、場当たり的・思いつき的でなく、組織としての取り組みが行われていることが分かる。

サービス産業でこのクラスの企業は地域で中堅的な立ち位置にあって、支店・営業所が5〜6カ所、業種・業態によっては10カ所以上ということもある。支店や営業所にデータが分散して、それぞれが個々に顧客や取引先の情報を管理している。受注情報などは伝票のフォーマットが統一されているので、社内データを標準化しやすいが、支店や営業所の現場では、実は社内共通コードに置き換える作業を行っていたりする。

長尾和彦氏 「まずはIT利活用の基盤整備が最優先課題」と長尾和彦氏

中小企業のIT化を支援するITコーディネータとして多くの実績を持つ長尾和彦氏(ITCかがわ副会長=写真=)は言う。「従業員が机の引き出しやPCに、どのようなデータをしまっているか、それを企業として集約管理して、初めてデータ・ガバナンスが実現する。中小・零細事業者だからこそ、やる気になればできる」。

同氏のポリシーは、「あれもこれもを一度にやろうとしないこと」だ。まずできることから着実に、は成功への常道だが、同氏は「今できることであっても、プライオリティを付けるようにしています」と言う。最優先するのは、企業としてITを利活用するための基盤の整備だ。パソコンやLANではない。デファクトに合致したデータ構造を定め、それを全社の共通基盤にする。アプリケーション開発は二の次だ。

実際、同氏の提案を受けて3年がかりで社内データの標準化と一元管理に取り組んだ和惣菜加工販売のアオヤマ(青山重俊社長、香川県高松市、従業員105人)は、EDIの利活用で取引先を北九州や関西地方に拡大、デフレスパイラルを付加価値で跳ね返すパワーを持つことができた。

もう1つ、このクラスの企業になると、取引先や取り扱い品目の数が多くなる。取引先との関係で受発注にVAN、EDI、EOS、製品情報のやり取りにCADデータや画像データを活用する。支店・営業所−本社−取引先の受発注をできるだけスムースかつ正確に行うには、取引先や取り扱い品目のコードを統一した方がいい。中小・零細事業者にとって、データの標準化と一元化は現実的な課題なのだ。

佃 均
ITジャーナリスト
1951年生まれ、58歳。コンピュータ業界紙の編集長を経て2004年4月IT記者会代表幹事。情報システムのユーザー企業や情報サービス産業の動向に関わる報道を通じ、一貫して情報システムや情報サービス産業の高度化を提言している。主な著作に『日本IT書紀』『ルポ電子自治体構築』などがある。

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