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政策の首座にITがない憂鬱 価値連鎖を念頭に実利追求を
7月11日に行われた参院選で、民主党は改選54議席から44議席に後退する一方、自民党が38議席から51議席に増加、みんなの党が10議席を獲得して台風の目になった。非改選議席と合わせた参院の勢力図は、民主106、自民84、公明19、みんな11、共産6、社民4、たちあがれ日本3、国民新3、改革2、日本1、諸派1、無所属2で、与野党のねじれが拡大する結果となった。
本誌が発行されるまでに与野党連立、連合の組み替えが起こっているかもしれないが、7月12日現在、参院の与野党議席数には33の差が存在する。衆院で民主党は圧倒的多数を握りながら、参院過半数をめぐって妥協と譲歩を余儀なくされることになる。多数派の暴走を許さないという意味で有権者は賢明な判断をしたともいえるが、「改革」を望みながら自ら「改革」にブレーキをかける矛盾を露見したと言えなくもない。政治家がブレているのでなく、有権者がブレているのではあるまいか。
ITがマニフェストから消える不思議
今回の参院選では、就任直後の所信表明で飛び出した「近い将来に消費税率を引上げるための超党派による議論の場を」という菅首相の発言が、民主党の勢いを削いだといわれる。10%という数字だけが独り歩きをしてしまった、今にも税率を引き上げるかのように受け取られた、説明不足だった、しかし議論を始めようという呼びかけが間違っていたとは思わない等々、敗者の弁が伝わってくる。
「世界一じゃないと本当にダメなんですか」で名を轟かした村田蓮舫氏(国務大臣・内閣府特命担当大臣:行政刷新担当)は開票速報の開始早々に当選を決めたものの、政策事業仕分けでいくらの無駄使いが実際に排除できたのか。それをより明確に訴えることができないまま、政治とカネ、官僚機構の縮減、840兆円に迫る国の借金等々の問題をうやむやに、景気に左右されることが比較的少ない消費税率の引き上げを持ち出したのは、明らかなミスだった。ともあれ、国会のねじれは少なくとも次の衆院選まで解消しない。法案は衆院を通過しても参院で停まる。参院で否決されても衆院で再可決という奥の手も使えない。
過去10年間、G8の7カ国は名目経済成長率が4.3%だったのに日本はゼロ成長、気が付けば日本の国民1人当りGNPは世界の23位に落ちている。人口規模から言って、GNP/GDPの総額で中国が上にくるのはやむを得ないとしても、また日本がいつまでも経済大国であり続ける必要はないにしても、将来に夢がない国になってしまうのだけは回避したいところだ。いまの子どもたちが10年後、20年後、海外に出たとき、胸を張れる国を残すのは、我々の務めではないか。
その視点で眺めると、今回の参院選で示したマニフェストに、正面からITを盛り込んだ政党は皆無だった。民主党は「ライフ・イノベーション」の中にICTと医療・介護産業の融合を、自民党は271項目の中の5項目(社会全体のICT化、ICT産業の成長促進と国際展開、地域におけるICT利活用、情報通信ネットワークの安心・安全、格差のないICT基盤)だが、総花的で力点がぼやけている。
少子化・高齢化が進むのは間違いないし、国際化・グローバル化した市場を後戻りさせることは不可能だ。国民1人当りの生産性を向上させ、企業の国際競争力を強化するには、ITの利活用が欠かせない。まして21世紀の情報システムは、確実にクラウドに向かう。一朝一夕に急進することはないにしても、インターネットが国境を容易に越えたように、データとアプリケーションは企業と企業の壁を素通りするようになる。
先進国のみならず、途上国の多くがITを21世紀産業社会のエンジンであり、世界戦略のインフラと位置づけている。にもかかわらず、日本の政党はITを将来ビジョンの主要なファクターとは認識していない。なぜなら、ITは票に結びつかないからだ。せいぜいインターネットのクリック募金が政治資金集めに使える、という程度の認識である。このことはつまり、ITは決して日本政府の政策に、盛り込まれることがないことを意味している。
政権交代でIT政策に期待したが…
写真2 日本不動産ジャーナリスト会議主催の意見交換会にゲストとして荒井聰氏が参加、政府の成長戦略について基本的な考え方を解説した政権交代が起こった昨年の8月から9月にかけて、筆者はか細い伝手を頼りに民主党の衆院議員にIT政策の重要性を説いて回った。同党政策調査会の事業仕分け準備会で知り合った主要な議員、鳩山内閣で起用された政務官などだ。このほか自民党、みんなの党の若手・中堅など、面談した議員は20数人に及ぶ。21世紀を視野に入れた新しいIT政策に期待したのだ。しかしその結果は失望だった。
多くは「ITはインターネットとパソコン、携帯電話のこと」と理解(解釈)していた。産業や社会、個人の生活を支えているネットワークやデータベース、基幹系システムあるいは、交通制御やエネルギー管理、医療、行政といったインフラ系システムの知識はほとんどなかった。ましてクラウドコンピューティングにいたっては、聞いたこともないのが実態だ。驚いたのは、総務省の政務官に就任した若手議員が、開口一番に「ITのことは難しくて」と言ってのけたことだった。そういう輩を政務官なんかにするなよ、と思ったものだ。
そうこうしているうち、ある会合で鳩山内閣で総理大臣補佐官(国家戦略担当)だった荒井聰氏(現国家戦略担当大臣兼経済財政政策・消費者及び食品安全担当大臣)と約20分間のQ&Aができた(後述)。経済政策通で鳩山首相(当時)の側近、菅直人氏(当時は副総理兼国家戦略担当大臣)の懐刀といわれる人物だ。
訴えたのは、国として国民の生命・財産を守るための日本版パトリオット法の制定、ナショナル・データセンターの構築、かつての全国総合開発計画に相当するITリソース配備計画の策定などである。併せて政府調達の情報システムにかかるシステム設計者名の公開原則、調達コストの積算根拠の開示などを提言した。
読者にあっては異論反論があるだろうが、例えば日本版パトリオット法。EUをはじめアメリカ、オーストラリア、韓国といった国々が、外国企業による情報の持ち出しを禁止する法律を整備している。市場に参入するのは自由だが、自国の国民、企業、公共機関、行政機関の情報は自国内にとどめるというものだ。クラウドが進展したとき、自国の情報が他国の事情で左右されることがないように配慮したものといっていい。
国としてクラウド対応ができていない
そのためにはナショナル・データセンターが欠かせない。経済産業省は岐阜県飛騨市(旧神岡町)にある地下坑道や、北海道の原野に大規模なデータセンターを設置することを検討した形跡がある。また総務省は市町村合併に伴って統廃合された公立小・中学校の建屋と敷地に着目し、その有効活用策としてデータセンターを展開する方策を検討したことがあるようだ。
ただ、それぞれが個別の政策として検討されていたため、相乗効果が見込めなかった。結果として、政府の成長戦略に取り込まれることがなかった。民主党政権の成長戦略におけるIT政策は、医療、介護、教育の3分野に予算を重点配備するが、それはアプリケーションの話であって、クラウド時代に対応した法整備とインフラ作りは、全く視野に入っていない。
さて、話を戻して件のやり取りだ。
─例えば水力・原子力発電による電力の利用が可能な山間地100カ所、1カ所当り初年度10億円の公共工事を発注できるとすれば、冷え込んだ建設業向けのカンフル剤になるんじゃないですか。
─総額でいくらぐらいの予算を見たらいいですか。
─3年がかりで実現するとして、5000億円もあれば可能じゃないでしょうか。
─それによって日本の経済はどのくらい浮揚しますか。
─目先の話をしているのではありません。それによって、国内で飛び交うネットワーク・トランザクションを国外で処理させない。高速道路網や新幹線網と同様、情報通信網を再整備する。産業ばかりでなく、国民生活のITインフラとして日本版ARPANETを構築する。
─そのARPANETって、何ですか?
─う〜ん……。
日本の政治家にITを理解させるのは、かなり難しい。基礎知識がほとんどないのは、インターネットとパソコンがやっとという人が大半であることを考えれば無理もない。だが選挙のことしか頭にない上に、興味を持とうとしないのは困ったことだ。この国の将来を見据えた政策より、子ども手当てのような目先のバラマキが、手っ取り早く票に結びつくと考えている。
今回の参院選敗北で民主党の考え方や取り組みに変化が出るかどうか。それは全く不明だが、しかしクラウド時代を見越した法制度とITインフラを整備しない限り、個々の企業がどんなに努力しても、21世紀情報システムの価値は減衰してしまう。
クラウドが生み出す新しい価値
「クラウド」という言葉はバズワードである—という表現は、半分は正しく半分は当っていない。半分正しいのは、政治家が口にする「改革」と同じ程度の意味合いにおいて、である。また半分当っていないのは、その価値が十分に議論されていないために、バズワードであるかどうか判定できないのが実情ではないか。
いや、そういう状態の中で言葉だけが先行するのがバズワードなのだ、という言い方には理がある。そうなると、「改革」という言葉も同じようにバズワードということになる。およそすべての政党が「改革」を口にしているのに、一向に改革は進んでいない。それと比べれば、「クラウド」はまだ実態があるともいえる。
政治家にITを分からせるのはほとんど困難であるとすれば、実例と実利をもって分からせるしかない。百聞は一見にしかず、という諺があるし、犬猿の仲だった長州と薩摩を連合させたのは、長州の米が薩摩の飢えを救ったからである。
では実利を伴う実例として示すことができるクラウドの事例がどれほどあるだろうか。エコポイントの申請システムは、Salesforce CRMをベースに構築しただけであって、クラウドの事例ではない。実態として旧来のオンライン計算サービスと大差のないSaaS/ASPを「プライベート・クラウド」と称するのは、バズワード化に拍車をかける。
利用している仕掛けは旧来型だが、金融機関を結ぶCD/ATMオンラインシステムは、クラウドの1つかもしれない。都銀間でスタートしたBANCS(BANKs Cash Service)は地銀オンラインシステムACS(All Japan Card Service)、第二地銀、信託銀行、信用金庫、郵貯などのオンラインシステムを相互に結び、いまやクレジット・オンライン・システムとの相互乗入れやインターネット・バンキングに発展している。これによって金融機関は窓口の係員を大幅に減らすことができ、われわれは端末を操作するだけで現金を引き出したり送ることができる。その利便と経済効果は計り知れない。
同じような動きは、コンビニエンスストアを利活用した宅配サービスや公共料金授受サービスにもある。特に今年2月に東京都の渋谷区、三鷹市、千葉県の市川市でスタートしたコンビニでの住民票(写し)と印鑑証明書の交付サービスは、とかく税金の無駄遣いが批判される電子行政システムプロジェクトの中にあって、1つの画期をもたらすものだった(写真)。
住民票の写しや印鑑証明書などの交付を受けられる
住民票を必要とする人は、サービスを提供しているコンビニであれば、どこででも、自分の住民票や印鑑証明書を取得することができる。そのためには住基カードが必要だが、利用者は行政サービスに付きまとう時間と場所の制約から解放されるのだ。表向き総務省が仕掛けたことになっているが、実際は総務省時代に住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を推進した小室裕一氏(地方自治情報センター理事長)である。
バリューチェーンをいかに構築するか
この先駆けとなったのは、千葉県八千代市がスタートさせた国民年金保険料と国民健康保険料のコンビニ徴収システムだ。出張先でも深夜でも、コンビニで保険料が支払える。若年の独身サラリーマンや共働き世帯の未納率を下げるのが狙いだった。
今年の2月2日、東京・渋谷のセブン−イレブン上原町店でのサービス開始式に出席した同氏は、インタビューに答えて「住基ネットだけでは利用価値が小さいことは分かっていた。こうして民間企業と連携することで、初めて真価が発揮される」と語っている。
サービスを受ける市町村は1件当り100円の手数料を支払うが、「自庁で交付機を設置し維持・運用するコストを考えたら、はるかに安上がり。結果として行政コストが下がれば、住民の利益になる」と市川市の井堀幹夫・情報政策監は言う。利用者、事業者、行政機関の三者が均等にリーズナブルなメリットを得る。
ここで見えてくるのは、異なる機能を備えた組織や機関がインターネットで連携することによって、新しい価値の連鎖、すなわちバリューチェーンを構築する、ということである。SaaS/ASPを「プライベート・クラウド」と呼ぶのは勝手だが、それは当該企業の事務効率化やコスト低減という限られた価値しか生み出さない。クラウドの価値は、異なる企業や組織の機能を迅速に組み合わせ、ニーズに即応するサービスを提供することにある。サービス化の時代のIT利活用なのだ。そのことを政治家が理解できないということは、まだまだ世襲とタレントに依存する選挙が続くということなのだろうか。
- 佃 均
- ITジャーナリスト
- 1951年生まれ、58歳。コンピュータ業界紙の編集長を経て2004年4月IT記者会代表幹事。情報システムのユーザー企業や情報サービス産業の動向に関わる報道を通じ、一貫して情報システムや情報サービス産業の高度化を提言している。主な著作に『日本IT書紀』『ルポ電子自治体構築』などがある。
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