[シリコンバレー最前線]

半世紀かけて根付いた起業文化、活発な“新陳代謝”が繁栄のエンジン

2012年5月16日(水)山谷 正己(米Just Skill 社長)

シリコンバレーに本拠を置く企業数は、毎年4400社ずつ増加している。大手企業に勤める安定感より、身につけた技術を元手に自らビジネスを興すチャレンジに価値を見出すエンジニアが多いからだ。失敗を恐れず挑戦できる環境も整っている。

シリコンバレーは、とにかく新陳代謝が激しい土地だ。毎年、ハイテク企業や一般のビジネスを合わせて平均1万7200社のスタートアップが生まれている。その一方で、倒産や吸収・合併などを理由に閉鎖する企業の年間平均件数は1万2800社に上る(Silicon Valley Index 2012年版)。差し引きすると、当地の企業数は毎年平均して4400社ずつ増えていることになる。その背景には企業の“細胞分裂”、すなわちスピンアウトが盛んであることが挙げられる。

ここで言うスピンアウトとは、勤務先で磨いた技術を元手に、新しく会社を設立すること。シリコンバレーの歴史は、スピンアウトの歴史だ。今回はその系譜を振り返り、とめどなく湧き出る起業意欲の源泉を探ろう。

ノーベル賞学者が原点

最初の登場人物は、ウィリアム・ショックレー氏だ。同氏は1936年、マサチューセッツ工科大学の博士号を修得してベル研究所に入社した。1947年、同僚のジョン・バーディーン氏、ウォルター・ブラッテン氏と共同でトランジスタを発明。1956年、3人はノーベル物理学賞を受賞した。

受賞後ショックレー氏は生まれ故郷であるカリフォルニア州パロアルトに帰郷し、半導体メーカーであるShockley Semiconductor Laboratory社を設立した。同社には、若い技術者たちが殺到した。ここで、最初の細胞分裂が起きた。ロバート・ノイス氏やゴードン・ムーア氏など8人の技術者が、入社してから1年で身につけた半導体技術を携えて同社をスピンアウトした。彼らが1957年にFairchild Semiconductor社を共同設立すると、世間は彼らのことを「8人の裏切り者(Traitorous Eight)」と呼んだ。

Fairchild社は、IBMなどの大手企業へトランジスタを納めるようになり大いに繁栄した(写真1)。こうしたなか、ノイス氏の開発チームは、1つの基盤に4つのトランジスタを埋め込むことに成功した。これが集積回路の原型である。

写真1 Fairchild  Semiconductor本社
写真1 Fairchild Semiconductor本社

1968年、ノイス氏はムーア氏やアンディ—・グローブ氏とまたしてもスピンアウト。Intelを設立した。これに続いたのが、Fairchild社の営業を担当していたジェリー・サンダース氏である。サンダース氏は、エドウィン・ターニー氏らと一緒にAMDを設立した。これら2社をはじめ、Fairchild社からスピンアウトして起業した企業を、Fairchildren(フェアチルドレン)と呼ぶ。

1970〜1980年代になると今度は、IntelとAMDの両社からスピンアウトが続出。数多くの半導体企業が生まれた(図1)。シリコンバレーという呼称が広がったのは、このころである。

図1 主な半導体メーカーをめぐるスピンアウトの歴史。社名ヨコは起業した年
図1 主な半導体メーカーをめぐるスピンアウトの歴史。社名ヨコは起業した年

Googleチルドレンが続々登場

写真2 Oracle本社
写真2 Oracle本社

1980年代、シリコンバレーにおける産業の主役の座はソフトウェアやパソコンに移った。メインフレーム用のリレーショナルデータベースで成功したOracleには、世界中からソフトウェア技術者が集まった(写真2)。その後、1990年代に入ってクライアント/サーバー型のシステムアーキテクチャが全盛を迎えたころ、Oracleからのスピンアウトが増えた(図2)。Salesforce.comもその1社である。フェアチルドレンならぬ“Oracleチルドレン”というわけだ。

図2 Oracleからの主なスピンアウト。社名ヨコは起業した年
図2 Oracleからの主なスピンアウト。社名ヨコは起業した年

2000年代後半からは、Googleチルドレンが次々に出現している(表1)。ポール・バックハイト氏は1998年にGoogleに入社し、Gmailなどの開発に携わった。ブレット・テイラー氏とジム・ノリス氏は、2003年にスタンフォード大学を卒業後、Googleに入社。Google Mapsなどを開発した。彼ら3人は2007年にGoogleをスピンアウトし、SNS集約サービスを提供するFriendFeedを創立した。

表1 Googleからの主なスピンアウト
表1 Googleからの主なスピンアウト

バックハイト氏は、Googleのストックオプション株を換金して得た自己資金から、500万ドルをこのスタートアップに投資。2年で元を取った。2009年、Facebookが4750万ドルで同社を買収したのだ。同氏は今、インキュベータのY Combinatorのパートナーとして活躍中。ノリス氏はベンチャーキャピタルBenchmark Capitalの相談役、テイラー氏はFacebookのCTOに就任した。

新たなITサービスを次々に立ち上げては、高額で売却することに成功しているヤン・デビッド・アーリック氏も、Google出身者である。同氏はMicrosoftやGoogleで研鑽を積み、2006年に独立。まずは、着メロ共有サービスを提供するRingtoneSoupを設立し、2007年にYoyo Mobileに売却した。同年、インスタントメッセージングサービスのMogadを創業。2008年に売却し、今度はB to Bサービスの口コミサイトであるChoice Vendorを立ち上げた。2010年、同社をLinkedInに499万ドルで売却。現在、2012年1月に創業したHappiness Enginesにおいて、スマートフォン向けアプリの開発・販売を牽引している。

Googleチルドレンをもう1社。Clouderaは、大規模分散処理技術であるHadoopのディストリビューションやサポートを手がける要注目の新興企業だ。2008年に創業した。同社の共同設立者の1人であるクリストフ・ビシリア氏は、Googleにおいて教育機関向けのクラウドコンピューティング・イニシアチブを立ち上げた人物だ。

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