[市場動向]

独SAPが描く将来像、HANAを統一プラットフォームに

【徹底調査】M&Aに見るERPの将来像

2014年4月22日(火)折川 忠弘(IT Leaders編集部)

ERP業界を代表する独SAP。インメモリー・データベースの「SAP HANA」(以下、HANA)を発表して以来、種々のテクノロジーを矢継ぎ早に投入している。SAPはどんなERP像を描こうとしているのか。同社のM&A(企業の統合・買収)の経緯を追うとともに、既存ユーザーが抱くであろう7つの疑問点に対するSAPからの回答を紹介する。

 独SAPが2009年1月から2014年3月までの約5年間に実施したM&A(企業の統合・買収)件数は12件あった(表1)。買収案件を概観すると、2009年ごろは環境関連技術が中心だったが、その後はクラウドとモバイルの両分野におけるテクノロジーの獲得が中心であることが分かる。

 これらのM&A案件の中で、SAPが近年の事業計画を語る際に、頻繁に強調しているのが、クラウドサービス事業者である米SuccessFactorsと米Aribaの両サービスと、データベースベンダーSybaseが持つモバイルデータベースである。

【SuccessFactors】

  人材活用に主眼を置くタレントマネジメントに必要な機能をクラウドサービスとして提供する。具体的には、採用業務を支援する「Recruiting」、従業員が受講する教育プログラムを管理する「Learning」、収益を勘案しながら従業員の配置計画を立案する「Workforce Planning」などがある。コラボレーションツールの「Jam」も提供し、同ツールを使って従業員間で人材を探し出したり、相互を評価したりといったことが可能になる。

【Ariba】

 備品や原材料などを調達するためのマーケット プレイスを展開する。購買担当者は、Aribaが取り扱う資材などをリストで確認し、最適な供給先を選んで購入できる。140万社のバイヤーまたはサプラ イヤーがAriba上で取り引きし、年間の取引額は5000億ドルを超えるという。

Aribaのサービスは、SAP ERPの購買管理機能「SAP Supplier Relationship Management(SRM)」と組み合わせた利用が可能である。SAP SRMの画面から調達したい資材名を入力すると該当リストが表示され、最終購入までを処理できる。その際、調達資材の価格改定や新商品の登録などは Ariba側で実行されるため、自社で商品マスターを更新しなくていい。

【Sybase】

  主に金融業界に導入されているリレーショナル型データベースの「Sybase IQ」と、モバイル端末に組み込むための小型・軽量データベース「SQL Anywhere」を提供する。加えて、モバイル環境に向けては、モバイルアプリケーションの開発プラットフォームである「Unwired Platform」や、モバイル端末および端末上で使用するアプリケーションを管理する「Afaria」といった製品がある。

この中で 重要なテクノロジーを提供しているのがSQL Anywhereだ。モバイルデバイスと基幹系データベースの間でデータの同期を可能にする。これにより、オフライン状態でもモバイル上でデータへアクセ スできる。業務アプリケーションをモバイル環境に持ち出す際には、必ずしも通信環境が十分に整備されていないため、必要な機能になっている。

HANAを軸にアプリの実行環境を一変

 SAPが打ち出すERPシステム像の中核には、自社開発したインメモリー・データベース・エンジン「SAP HANA」(以下、HANA)が位置することは疑いの余地はない。そのHANAという名称は現在、データベース・エンジンだけでなく、各種のミドルウェアを組み合わせたアプリケーションの開発・実行環境そのものを指す用語としても利用されている。むしろ、後者としてのHANAが強調されている。

SAPは、このHANAをオンプレミスかクラウド環境かを問わず配置し、オンプレミスに設置したSAP ERPはもちろん、各種クラウドサービスの高速処理基盤に位置付ける(図1)。既に、HANAを使ったクラウド専用プラットフォーム「SAP HANA Enterprise Cloud」を投入済みなほか、SuccessFactorsやAribaの実行環境もHANAへの切り替えを急ぐ。

図1:オンプレミス/クラウドの違いではなく、カスタマイズが必要かどうかでシステムを区分

 そこにSybaseのモバイル関連製品/技術を組み合わせれば、スマートフォンやタブレットを利用環境にしたモバイル対応のエンタープライズシステムが構築できるというわけだ。

モバイル環境は、単に従業員の就業環境をオフィス外に広げるだけでなく、今では一般消費者を含む顧客との重要な接点になっている。特に、小売業や製造業に おけるオムニチャネル戦略の実行には、モバイルアプリケーションと同時に、そこから得られる大量データの分析機能が必要になってくる。

SAPのM&Aの過程からは、同社が強調する「B2B2C(企業対企業対個人)」環境の実現に向けたテクノロジーの流れが明確に現れている。

表1:独SAPが2009年1月~2014年3月に実行したM&A(企業の統合・買収)案件

実施年月 対象企業 対象分野 M&Aをした企業の概要とSAPの取り組み
2009年5月 Clear Standards 環境/安全/衛生(CO2排出量管理) CO2(二酸化炭素)の排出量を可視化ツールを提供し、企業の温室効果ガス削減を支援する。「SAP Business Suite」などにCO2排出量管理機能を追加する
2009年9月 SAF Simulation, Analysis and Forecasting 需要予測/生産調整 小売り業向けの需要予測や生産調整、注文管理などのためのソフトウェアを提供。予測結果から在庫を自動補充する機能などがある。需要予測ソリューションの拡充を図る
2010年4月 TechniData 環境/安全/衛生(コンプライアンス管理) 企業の環境/安全/衛生(EHS)分野のコンプライアンス関連ツール群を提供。従業員や製品、工場などのコンプライアンスにかかわる課題解決を支援する。「SAP EHS Management」としてTechniDataの製品を展開する
2010年5月 Sybase データベース/モバイル インメモリー/カラム型データベース、およびモバイル用途の組み込み用データベースを提供。モバイル用データベース「Sybase SQL Anywhere」は、SAP HANAと同期してデータを分析/処理できる
2011年9月 Right Hemisphere 製品開発/設備設計 製品の品質向上を図るための3D技術を提供。試作品を3D技術によって可視化を図ることで、設計から製造、販売まで各段階で品質を高めたり、プロセスを見直したりできる。生産工程の効率化などに3D技術を活用する
2011年12月 Crossgate 企業間ネットワーク 取引先と情報などをやり取りするためのネットワークサービスを提供。顧客企業とのコミュニケーションや外部取引先とのコラボレーションを促進する
2011年12月 SuccessFactors タレントマネジメント 人材管理/活用などの機能をクラウドサービスとして提供。社員の評価情報を分析し、後任として最適な人材を抽出する機能などがある。2900万人が利用しているとされ、SAPのクラウド事業の中核を担う
2012年4月 Syclo モバイルアプリケーション モバイル向けの在庫管理、フィールド業務支援、資産管理アプリケーションなどを提供。電気・ガス・水道といった公益企業を主要ターゲットにする。「Unwired Platform」に統合する
2012年5月 Ariba Eコマース(調達) 資材などを調達するためのマーケットプレイスをクラウドサービスとして提供。適切な価格で資材を調達できるサプライヤーを探し出せる。バイヤーとサプライヤー間の請求や契約、取り引きを管理する。資材調達クラウドとしてて展開する
2013年6月 Hybris Eコマース(オムニチャネル) Webやソーシャル、モバイルなど複数の販売チャネルを一元的に管理するための製品群を提供。新商品の管理、注文状況の確認、顧客向けに取引内容を確認する機能などを持つ。オムニチャネル対応を可能にする
2013年9月 KXEN 予測分析 企業向けの予測/分析用製品を提供。事業部門が利用できるように使い勝手を高めている。「SAP Predictive Analysis」の補完製品に位置付ける
2014年3月 Fieldglass 人材管理 非正規雇用者を管理するクラウドサービスを提供。SuccessFactorsと組み合わせ、正社員/非正規社員の労働力全体を管理するプラットフォーム構築を目指す
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