[真のグローバルリーダーになるために]

【第47回】香港での案件受注が社内の人材育成策の見直しにつながる

2016年11月11日(金)海野 惠一(スウィングバイ代表取締役社長)

日本ITCソリューションは、香港での鉄道カードシステム構築案件を無事落札した。高橋社長が主催する苑田専務、三森事業部長との食事会で、課長の佐々木は今回の受注の成功要因を社長に説明すると同時に、グローバルリーダー育成の課題を3つ挙げた。入手する情報量が少なすぎる、真面目で相手の奸計を見破れない、人事考課には相手を信用させる手段として人格や個性を評価する仕組みがないである。

センシティブな話題を禁止しては本末転倒だ

 「それじゃあ、本末転倒でしょう。ますます彼らは日本人を信用しなくなる。それはまずい。確かに、拙い英語で慰安婦とか南京大虐殺の話を海外の代表と意見を交わしたら誤解されそうではある。ましてや、中国人は小学生のことから、そうした反日教育を受けているのだから、刷り込まれた考えを変えることは容易ではない。そうしたことを英語できちんと説明できる日本人は全く、いないのだろうか?」

 社長の質問に、すかさず佐々木が答えた。

 「社長、私は1年前から山下塾という私塾に毎週土曜日通っています。そこの木元塾頭なら、そうした話を英語でできます」

 「そうですか。一度紹介してください」

 「社長は以前にお会いされてるはずですが」

 「そうでしたか、それは失礼した。いずれにしても、一度アレンジしてください」

「承知しました」

 そう言って社長は帰り、苑田専務も帰って行った。三森事業部長だけが残った。

 「佐々木さん、なかなか良いこと言いましたね。軽く一杯、行きましょう」

 「事業部長、ありがとうございます。それでは飲み屋は私に任せてください。泰明小学校の向かいの路地に『百楽門』という小さな飲み屋があります。狭いところですが、それでも銀座五丁目ですから」

 そう言って佐々木は先に通りに出た。ここからは歩いても10分とかからない距離だった。彼らは、北京鳳凰信息科技有限公司と一緒に始まるプロジェクトの嵐の前の静かな夜の一時を過ごした。

 「百楽門」は賑やかな表通りから狭い路地に入った古いビルの地下一階にあった。佐々木がドアを開けると、狭いが明るいバーであった。そこのママの高田由貴とは、もう何年も知り合いだった。香港支社の副社長になった森山が東京にいた時は週に2回は飲みにきていた。汐留の本社から歩いて5分ぐらいだったから、来ることは苦にならなかった。

 「あらまあ、佐々木さん。久しぶりですわ」

 高田由貴が佐々木に声をかけた。彼女が、この店を初めてもう5年になる。5年前に夫を癌で失っている。女の子が一人いて、もう小学6年生になる。夫が亡くなる前は普通の主婦だったが、母子家庭になってしまい、生活のためにここに店を借りた。銀座には珍しく家賃が月20万円だった。ビルが古く、天井の一部から水が漏れてくるが家賃が安いので仕方ない。

 彼女は30代後半だが、若造りなので、よく20代に間違えられる。容姿は相当な美人で、客が結構付いている。佐々木と由貴は、この店以外で会ったことはない。食事に誘う機会は幾度もあったが、佐々木は大学院の勉強と、最近は山下塾に忙しくて付き合う余裕がなかった。そもそも佐々木は、そうした女性との付き合いは、あまり得意ではなかった。

(以下、次回に続く)

海野恵一の目

海野惠一

 佐々木はかねてから、社長にグローバルリーダーになるための要件を話す機会を探していた。ようやく実現し、山下塾のことも話せた。ここでは佐々木は触れていないが、日本には明治維新前までは山下塾のような私塾がたくさんあった。もちろん、中国にもたくさんあった。そうした塾は卒業するということがない生涯学習の場だった。そうした場が明治維新になり、西欧の教育システムを導入すると同時にほとんど消えてしまった。

 こうした私塾は日々の活動において、その問題とか課題を討議研磨する場であった。山下塾も、様々な企業のグローバルリーダーが集まって、そうしたグローバルなリベラルアーツを中心に議論することによって、彼らのレベルを維持すると同時に日々の課題を解決する場であった。

 佐々木のように、色々なビジネスにおける課題を解決したり意見を交換したりする場が、日本からもアジアからも姿を消している。特に日本では、海外の情報に疎いだけに、そうした情報交換の場は貴重だった。山下塾のように、情報を交換しリベラルアーツを学べる場が今の日本には必要である。

筆者プロフィール

海野 惠一(うんの・けいいち)
スウィングバイ代表取締役社長。2001年からアクセンチュアの代表取締役を務める。同社顧問を経て2005年3月退任。2004年にスウィングバイを設立した。経営者並びに経営幹部に対するグローバルリーダーの育成研修を実施するほか、中国並びに東南アジアでの事業推進支援と事業代行を手がけている。「海野塾」を主宰し、毎週土曜日に日本語と英語での講義を行っている。リベラルアーツを通した大局的なものの見方や、華僑商法を教えており、さらに日本人としてアイデンティティをどのように持つかを指導している。著書に『これからの対中国ビジネス』(日中出版)、『日本はアジアのリーダーになれるか』(ファーストプレス)がある。当小説についてのご質問は、こちら「clyde.unno@swingby.jp」へメールしてください。

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