PCにおける定形作業をソフトウェア・ロボットで肩代わりするRPA(Robotic Process Automation)は、働き方改革における労働時間短縮の切り札としても注目を集める技術である。その一方で、RPAやAIの発達が人間から職を奪うのではないかという不安を生み出していることも事実だ。そこで本稿では、RPA研究の第一人者と目されているロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のレスリー・ウィルコックス教授の講演をもとに、RPAの実像に迫ってみたい。

RPAによって職が奪われた事例は1つもなかった

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのレスリー・ウィルコックス教授 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのレスリー・ウィルコックス教授

 「RPAは人間の作業からロボット的な部分を取り除くもの」とレスリー・ウィルコックス教授は言う。

「産業革命以降、135年間にわたって、人間はロボットのように働かされてきた。RPAによって人間は、仕事の楽しさを取り戻すことができる」(ウィルコックス教授)。

 ウィルコックス教授の講演は、今年7月のRPA Summit 2017で行われた。講演の内容は、ウィルコックス教授が中心となって行われた、RPAのユーザー企業51社を対象とするフィールドサーベイに基づくもので、RPAの導入で従業員の働き方がどう変わったか、RPAをスムーズに導入するためのポイントは何かといったことがつぶさに語られた。

 ウィルコックス教授が最初に紹介したのは、世界有数の保険会社、ロイズ・オブ・ロンドンの事例だ。300以上の保険仲介業者を擁する同社では、LPAN(ロンドン保険料通知)と呼ばれる保険契約書の発行業務にRPAツールの「Blue Prism」を導入しているという。作業内容は、案件ごとにテンプレートに沿って項目を入力して契約書を発行するというもので、従来は500件の発行処理に丸2日かかっていたが、RPAの導入により30分に短縮されたそうだ。

「仲介業者は待ち時間が2日から30分に短縮されてより早く手数料を得られるようになり、契約者もすぐに契約内容が確認できるようになった。そして、ロイズは迅速なサービス提供で顧客満足を向上させることができた。まさにトリプル・ウィンだ」(ウィルコックス教授)。

 では、これまで契約書発行業務を担当していた社員はどうなったのか。現在、その社員はRPAツールがエラーを返して処理できなかった部分を担当しており、インタビューではRPAツールにとても満足していると語ったそうだ。

 アマンダ・パースというその女性社員は、PCの中にいるRPAツールに、自身でイラストを描いてキャラクター化し、「ポピィ」という名前を付けて、信頼できる同僚として扱っているという。

ロイズ・オブ・ロンドンの保険契約書の発行プロセス(ピンクがRPAで自動化した部分)と、社員がRPAツールをキャラクター化したイラストロイズ・オブ・ロンドンの保険契約書の発行プロセス(ピンクがRPAで自動化した部分)と、社員がRPAツールをキャラクター化したイラスト
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 ウィルコックス教授がバックオフィス業務へのRPA適用の成功事例として取り上げた欧州の通信事業者テレフォニカ/O2では、バックオフィス業務の35%の自動化に成功し、月100万トランザクションをRPAで処理しており、3年間での投資利益率(ROI)は650~800%にも達するという。また、欧州の電力会社Npowerも、同じく35%のバックオフィス業務を自動化し、月300万トランザクションを処理、ROIは1年で200%になった。

 RPAの導入は、バックオフィスだけでなく、対人サービスにも浸透しつつあり、例えば鉄道会社の英バージン・トレインズは、クレーム処理にRPAを導入することで、32人時間を4人時間へと短縮し、同時にサービス品質の向上にも貢献したという。

 RPA導入事例の多くでは、デリバリーの時間短縮、サービス品質の向上、コンプライアンスの向上といったビジネス価値の向上が見られる。このうち、2つ目のサービス品質の向上には、顧客対応時間の拡大やサービスのスピードアップといったRPAによって直接的に得られる要因も含まれるものの、RPAによって削減できた時間をより手厚いサービスに回すことが品質向上につながっているケースが多いという。

 「RPAによって、人手を削減できるというストーリーはもちろんありえるが、それはRPAの制限された利用形態でしかない。RPAを使えば、ルーチンワークで消費していた時間をほかのことに振り分けることが可能であり、人間は深刻な問題により多くの時間を使えるようになる。メディアはRPAによって多くの人が職を失うと煽りがちだが、我々が調査した、失敗事例も含む51の事例の中に、そのような事実は見られなかった。また、多くの企業で従業員満足度も向上している。多くの事例を見てきて断言できるのは、RPAに関する不安は杞憂だったということだ」(ウィルコックス教授)。

全社規模でのRPA導入を成功に導くためのポイントとは

 ウィルコックス教授は、RPAの導入レベルには次の4段階があるとする。

 第1段階は、導入前あるいは導入直後の期待と不安が入り混じった状態。第2段階は、限定的な導入で実証実験を行い、RPAに関するノウハウを蓄積する段階だ。そして、第3段階は、適用範囲を全社に拡大し、RPAに関する自社の行動原則を策定する段階。最後の第4段階は、RPAを会社の標準として制度化して、他のイノベーションと統合・連携させる段階である。

RPA導入レベルの4つの段階。第2段階で足踏みしないためには、戦略的な取り組みが必要RPA導入レベルの4つの段階。第2段階で足踏みしないためには、戦略的な取り組みが必要
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 ウィルコックス教授は、企業はRPAの目的を、コスト削減のような限定的なものではなく、株主、顧客、従業員のすべてに利益をもたらすトリプルウィンに置くべきだと主張する。

 「RPAは、最初は小さく始めるのがよいだろうが、部分的な導入では、得られる価値も限定的だ。早く第3段階に進めるように、戦略的に取り組む必要がある。というのも、導入事例の中には第2段階で足踏みしてしまう企業が多く、企業価値向上の面で第3段階の企業と大きな乖離が見られるからだ」(ウィルコックス教授)。

 では、第3段階に早く進むためには、どのように戦略を立てればいいのだろうか。ウィルコックス教授のチームは、RPAに関して企業が検討すべき項目を30の行動原則としてまとめているが、講演ではその代表的な原則がいくつか示された。

●すべてのステークホルダーにRPAの導入を承認してもらう

 限定された部署で実験的に導入する場合、部内だけで導入を決定することがあるが、そのようなケースでは全社展開の際につまづくことがよくある。そこで、外部の顧客も含めすべてのステークホルダーに対し、RPA導入を宣言し、受け入れてもらう。この重要なステップを飛ばすとあとで大きな課題が出てくる恐れがある。

●RPAツールの違いを理解し、正しく選択すること

 RPAツールには、クライアントPCで作業を自動化する「デスクトップ支援型」のほかに、サーバーサイドで動かす「エンタープライズRPA型」や「開発ツール型」、「クラウド型」などがあり、それぞれ得手不得手がある。また、同じタイプでも製品ごとの違いがあるため、自社の要件に適したツールを選ぶ必要がある。

●変更管理を企業内に取り込む

 RPAの導入障壁となりやすいのが、「技術の縦割り」「業務プロセスの縦割り」「組織の縦割り」の3つの縦割りである。RPAの効果を最大化するには、それぞれの縦割りを変革しなければならないが、ドラスティックな変更は混乱を生むため、段階的に変更していく必要がある。そこで、変更のロードマップを策定するとともに、その進捗を正しく把握するための変更管理の仕組みが必要である。

●業務プロセスをRPA対応に最適化する

 既存の業務プロセスをそのままに、自動化できる部分をRPAで置き換えようとすると、途中にある承認プロセスなどがボトルネックになり、自動化の効果が得られにくい。そこで、自動化するプロセスが連続するようにプロセスを再配置する。

●RPA技術者を育成する

導入初期は外部に頼らざるをえないだろうが、全社規模でRPAを導入し、経営戦略上重要なツールとして位置付けるのであれば、RPAの設定・運用を行える人材を自社内に確保すべきである。

 最後にウィルコックス教授は、RPAに関する8つの伝説のスライドを見せながら、次のように講演を締めくくった。

 「ここに挙げた8つの伝説は、RPAに関してまことしやかに語られてきたものだが、我々のフィールドサーベイの結果から言えば、これらはすべて事実とは反するものだ。業務スタッフはRPAに満足し、受け入れている。また、RPAはコスト削減以上の効果を生み出す。そして、プロセスの中にはRPAで自動化できないものもある」(ウィルコックス教授)。

RPAに関する8つの伝説。これらは過度な期待や不安を煽るものであり、RPAの実情には反する RPAに関する8つの伝説。これらは過度な期待や不安を煽るものであり、RPAの実情には反する
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 RPAへの注目は急速に高まり、日本でも導入事例が増えているが、まだまだ正しく認識されているとは言い難い。多数の事例をもとにしたウィルコックス教授の講演は、RPAの実態を理解するうえで非常に有益であったと言えよう。