働き方改革の目的は、生産性の向上やワークライフ・バランス、ダイバーシティなど様々であり、その目的を実現するための取り組みも多種多様である。そのため、議論が発散するばかりで、なかなか収束に向かわない。そこで本稿では、地方の中小企業における取り組みを題材として、ワークライフ・バランスについて考えてみたい。

急速に深刻化する地方の人手不足

 働き方改革についての議論を見聞きしていると、それが大都市、特に東京を前提したものになっていることが多いように感じることがある。

 例えば、モバイルワーク。「移動中のスキマ時間を使って業務効率をアップ」という謳い文句からイメージされるのは、電車内でスマホやタブレットを活用しているシーンである。しかし、地方では都市部でも移動手段の中心が車で、移動中は運転しか出来ないこともある。

 また、働き方改革が急がれる理由である「少子高齢化に伴う労働人口減少」だが、東京にいるとその危機感は希薄であるように感じる。なぜなら、東京では労働人口の自然減少を上回る勢いで地方からの人口流入が続いており、むしろ労働者は増えているからだ。

図 東京の男女別労働者数増減の推移(対前年同期)(出典「東京の労働力 平成29年4~6月期平均」東京都)図 東京の男女別労働者数増減の推移(対前年同期)(出典「東京の労働力 平成29年4~6月期平均」東京都)
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 一方、東京を始めとする大都市に労働者を奪われ続けている地方では、人手不足はかなり深刻である。

 このことは、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が今年3月に公開した『地域における「働き方改革」の促進に向けて 企業・地方公共団体における好事例集』を眺めてみればよくわかる。この事例集は、民間企業19社の働き方改革事例と、地方公共団体5県の支援施策をまとめたもので、「地域における」とあるように、全国の企業が調査対象になっていて、東京の会社は19社中3社、残りは東北から九州まで全国に散らばっている。また、そのほとんどが従業員300人以下の中小企業である。

 この事例集を読むと、いかに地方の中小企業が人材確保に苦労しているかが伝わってくる。募集をかけても応募者が集まらない、採用してもすぐ辞めてしまう、ベテラン社員の退職が迫っているのに後継者が育たない等々、会社の存続を危ぶませるほどの人手不足が、地方の企業を働き方改革へ向かわせている。すなわち、人材確保を有利に進め、定着率を高めるために、従業員にとって魅力ある職場を実現しようということである。

 東京にはそれほど危機感はないと書いたが、いずれは東京もこの問題に直面する。この事例集に見られる取り組みは、大都市の企業にも大いに参考になるはずだ。

柔軟な働き方を可能にする勤務・休暇制度

 事例集に掲載されている19社の業種は、建設、製造、情報通信、運輸、卸売・小売、不動産、宿泊・飲食、医療・福祉など多岐にわたる。

 業種は違えども、その多くに共通して見られるのが、人材の新規採用、離職率低下を目的とした従業員満足度の向上への取り組みである。その内容を一言で表せば、「ワークライフ・バランスの実現」となるだろう。なかでも、働きやすい職場に改善することで、これまで育児や介護で働きに出るのをためらっていた、女性を取り込もうというパターンが多い。

 以下、主な取り組みを見ていこう。

●時短勤務制度による復職率向上と正社員化

 育児・介護といった事情のある従業員に向けて、時短勤務制度を設ける会社が増えている。育児休業からの復職率を高める目的で導入されることが多いが、従業員の待遇改善を目的にしている企業もある。フルタイムで働けない人をパート雇用しているケースで、時短勤務を導入してパートを正社員化するというものだ。

 株式会社エス・アイ(情報通信業、兵庫県姫路市)の場合、まず正社員に自由出勤を認めたうえで、正社員の完全時給制度を導入し、パートの正社員化訓練を行って、全社員の正社員化を実現したという。この会社の自由出勤制度は、一般的な時短勤務制度と異なる部分もあるのだが、個々の事情に応じて勤務時間を変えられるという部分は同じである。

 正社員化により、給与・福利厚生などの待遇が改善されれば、スキルを持った従業員に末永く働いてもらえることが期待できる。

 なお、育児目的の時短勤務に関しては、子どもの小学校入学までというケースが多いようだが、事例集には小学校卒業までに延長している企業も見られる。

●時間単位の育児休暇

 事例集には、育児中の従業員(男性含む)に対して年間4~6日間程度の育児休暇を与える例が数多く掲載されている。そうした事例では、1時間単位など短時間の休暇取得が認められているのが特徴的だ。

 通常の有給休暇は、半日単位で前日までの申請が必要といったものが多いが、これでは子どもの急な発熱で保育園から呼び出された場合などに使いづらい。事前申請なしで短時間利用が可能な有給休暇は、育児中の従業員のニーズにマッチする制度と言えよう。

●男性の育休制度利用の促進

 男性の育休制度は、制度としては導入されているものの、形骸化していることが少なくない。周りの目を気にして、なかなか取れないということが多いようだ。

 社会福祉法人桔梗会(医療・福祉、群馬県沼田市)の場合、施設長自らが男性として初めて育児休業を取得、その経験を妻の出産を控えた男性職員に語ったり、全職員に対して男性の育児休業についての研修を行ったりすることで、意識改革に努めたという。

 また、ホシザキ東北株式会社(卸売業・小売業、宮城県仙台市)の場合は、育児休業取得者(男女とも)に「育児休業レポート」を提出させ、上長のコメントを付けて全社員にメール配信し、育休取得意欲の向上を図っているという。その結果、男性の育休取得率は35.9%(2015年)まで向上したそうだ。

人に仕事を任せられる体制づくり

 ここまで、勤務・休暇制度の取り組みを見てきたが、「自分が休むと周りに迷惑を掛ける」と休暇取得をためらうような雰囲気が職場に蔓延していると、せっかくの制度が形骸化してしまう。そうさせないためには、組織体制や業務プロセスも改善する必要がある。つまり、仕事を人に任せられる体制づくりが重要である。

●マルチタスク化

 建設業や製造業では「多能工化」という言葉が使われるが、マルチタスク化とは、従業員一人ひとりが複数の業務をこなせるようにトレーニングすることである。事例集の建設業、製造業の事例では、この多能工化という言葉がよく出てくる。例えば、工場作業員の場合であれば、自分が担当する工程の前後の工程もできるようにするといった具合だ。

 企業規模が小さい場合、マルチタスク化せざるを得ないケースもあるだろう。だが、手付かずの業務があるなら、それを誰かが肩代わりできるようにしておかなければならない。

 オフィスワーカーの場合、ある業務に関するデータが担当者のPCの中にしかないと、その人が急病で倒れたりしたら業務がストップしてしまう。データを共有し、業務プロセスをマニュアル化しておくなど、仕事から属人性を排除するすための最低限の取り組みを進めておくべきだ。

●2人1組で業務にあたる

 データ共有やマニュアル化の次の段階にあるのが、2人1組の業務体制だ。

 ある案件の作業を1人だけで進めていると、それを誰かに肩代わりしてもらうときに、引き継ぎがうまくいかないリスクが伴う。常に2人1組で行動する必要はないだろうが、担当案件に関する情報を常に誰かと共有しておけば、引き継ぎ作業なしで業務を継続できるので、休暇も取りやすくなる。

 2人1組体制には、作業効率と品質の向上、技術の継承、さらには特定の従業員への業務集中を防ぐ効果も期待できる。

 例えば、企画書を作成する場合、時間を掛けて作った企画書が、上長のチェックで大量のダメ出しを受け、一から作り直しということもあろう。最初から2人1組で作業すれば、複数の視点で内容をチェックしながら作成できるので、一定の品質を担保でき、大きな手戻りも発生しにくい。若手は先輩の技術を学ぶこともできる。

 この2人1組体制は、新人教育におけるメンター制度を発展させたものと考えてもよいだろう。2人1組体制では、先輩が助言を与えるだけでなく、実際の業務を一緒に行う。もちろん、一緒に組む相手との相性問題が発生する可能性は大いにある。そのため、そうなったときの対処についてもルールを決めておく必要がある。

長時間労働をどう防ぐか

 事例集の中では、長時間労働の抑制を重要課題として挙げている事例も多い。この問題に対する取り組みは様々だ。

 例えば、前出のホシザキ東北株式会社の場合、営業所ごとの労働時間を数字で管理。見える化した結果、売上の高い営業所ほど、早帰りや休暇取得に積極的という結果が出たという。そこで、成績のよい営業所のノウハウを共有することで改善を図っている。

 一方、衣類のクリーニング・再生サービスを提供する株式会社ハッピー(生活関連サービス業、京都府宇治市)では、ITを活用した作業量見積の精緻化により、長時間労働を抑制しているという。従来は、依頼点数をもとに作業量を見積もっていたが、難易度の高い依頼品が多いと作業時間が見積を大幅に超過してしまっていた。そこで同社は過去40万点以上の依頼品の情報をデータベース化した電子カルテを構築。電子カルテに照会して依頼品の難易度を割り出し、難易度を基準にして作業量を見積ってスケジュールを組むようにしたことで、残業の発生を抑止できたということだ。

 残業ゼロに向けた取り組みの中には、一風変わったものもある。鈴木ヘルスケアサービス株式会社(医療・福祉、滋賀県彦根市)の「事業所内でどうしても残業が必要な場合は、1人だけに残業を認めて作業を集中させ、他の人は定時帰宅させる」というものだ。

 これだけを見ると、誰か1人を犠牲にしているように読めなくはないが、そうではない。例えば、2時間の仕事を4人に分散させれば30分の残業で済むが、このようなやり方では残業が常態化しかねない。残業ゼロを目指すならば、定時帰宅が当たり前で、残業は異例のことという企業文化を育む必要がある。その目的において、鈴木ヘルスケアサービスの方法は有効であろう。

 以上、本稿では事例集の内容をもとに、地方の中小企業の働き方改革を見てきた。掲載された事例を見ていくと、同じような制度でも、それぞれの企業が時間を掛けて自社に合わせて細かくルールを最適化していることがわかる。非常に示唆に富む事例集なので、働き方改革に関わる人は、ぜひご一読いただきたい。

●地域における「働き方改革」の促進に向けて 企業・地方公共団体における好事例集(内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/info/pdf/h29-05-12-jireishu.pdf