[インタビュー]

腕時計事業を皮切りに「CASIO CONNECTED」でカシオが描くデジタル戦略

「創造 貢献」の経営理念にIT部門はどう応えるべきか

2017年10月24日(火)川上 潤司(IT Leaders編集部)

「デジタルはカシオ」──。ある程度の年齢の読者ならば、人気アイドルが起用された往年のテレビCMのフレーズを記憶しているかもしれない。針がチクタクと時を刻む機構に代わって、数字による時刻表示に“未来感”が漂った時代である。あれから40年近くが経過した今、“デジタル”は、情報技術の進化と普及を味方に付け、それを前提としたビジネスを創り出す意も帯びてきた。その観点で当のカシオ計算機はどのような取り組みをしているのか。キーパーソンに話を聞いた。

 「G-SHOCK」が世界累計出荷1億個を達成──。こんなニュースが流れたのは2017年9月のことだ。G-SHOCKはカシオ計算機が1983年4月に市場投入した腕時計。精密機器ゆえに丁寧に扱わなければ壊れてしまう、そんな常識を打ち崩しにかかった“タフネスウォッチ”は世界中から耳目を集めることとなった。

1983年に市場投入したG-SHOCKシリーズの初号機「DW-5000C」 (出典;カシオ計算貴)

 屈強でありながら身近な価格帯。実利を重んじる傾向が強い米国で、警察や消防、軍関係など過酷な条件下で行動する人々が飛び付いた。“プロフェッショナルが選ぶ道具”は、やがて一般コンシューマが自身のライフスタイルを主張するアイコンともなり、若者中心のストリートカルチャーにも受け入れられながらメガブランドへと成長。“1億個”という偉業に結実した。

 そんなカシオは今、“デジタル”技術を駆使した高機能アナログ腕時計を皮切りに新たな試みを始めている。「CASIO CONNECTED」というコンセプトの下、ネット接続やデータ活用の先に新たな顧客価値を創り出そうというものだ。製造業の目指すべき方向として巷間よく言われる「モノ作りからコト作りへ」という潮流に対する同社の解の一つという位置付けだ。その戦略には、IT部門に相当する「情報開発部」も深くコミットしているという。組織を率いる大熊眞次郎に話を伺った。

腕時計から得られるビッグデータを顧客価値に

─時計事業から始めようとしている「CASIO CONNECTED」ですが、ユーザーの立場では、どんなことが可能になるのでしょうか。

カシオ計算機 情報開発部 部長の大熊眞次郎氏

 CONNECTEDは文字通りネットに繋がることを意味しています。とはいっても時計にSIMカードを挿すという話ではなく、Bluetooth経由でスマホの専用アプリと接続した上でネットに繋げる方法を採っています。その「スマートフォンリンク」に関しては、例えば、当社の腕時計ブランドの一つであるEDIFICEにおいて、「CASIO WATCH+」というスマホアプリを提供し、時刻の自動修正や時計本体の各種設定などを手軽にできるようにするといった先駆け的な取り組みをしてきました。

 それを足がかりに、お客様と当社がもっと双方向でつながりを持ち、時計を所有していることの価値を感じて頂けるような仕掛けを描いています。ここでは、「OCEANUS(オシアナス)」やG-SHOCKの最上級モデル「MR-G(エムアールジー)」といった高価格帯の商品での具体例を構想段階のものも含めて紹介しましょう。

2017年10月に発売されたOCEANUSシリーズの新製品「OCW-G2000G」 (出典:カシオ計算機)
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 まずは「生産証明書」。時計マニアの方であれば、当社の高級ラインが山形カシオの最先端の工場で製造されていることをご存じかもしれません。OCEANUSやMR-Gを買い求めた後、スマホアプリに接続すると、ネット経由で「山形Premium Production Line生産証明書」が発行されます。粗悪なコピー品ではなく、時計作りにただならぬ情熱を注ぐエンジニアと高度な設備によってこの世に送り出された証です。“確かなモノ”を持つ悦びの一助になるのではないかと思います。

─「双方向」ということは、ユーザーからカシオへの流れもあるということですね。

時計の各種ログデータを分析することで、より良い使い方をアドバイスすることにもつなげる(出典:カシオ計算機)
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 時計から得られる各種のログデータも収集するんですよ。具体的には、バッテリーの充電状況や、ソーラーの発電状況、時刻修正をしたタイミングなど多岐にわたります。それらのデータを組み合わせて分析すれば、よりよい使い方をするためのアドバイスや、修理に持ち込まれた際の問題の特定などに繋げることが可能になります。例えば、バッテリーの減りを見てスマホアプリにアラームを表示したりといったことです。

 修理に関しては、当社のサポート窓口に製品が持ち込まれた時、その時計がこれまでどんな使われ方をしていたかをログデータを頼りにある程度は推測することができます。ソーラー発電が一定期間機能していないとすると、着用せずにしまい込まれていた可能性が高い、といったことです。修理の専門家が、問題となっている現象と、日ごろの使い方を照らし合わせれば、解決の糸口がつかみやすいんですよ。そうした参考データを担当者に示すためのシステムは、まだ正式にはローンチしていませんが、基本的な仕組みは出来上がっています。

 まだ口外できるところまでは来ていませんが、そのほかにも、幾つものサービスを考えています。時計そのものは小さいけれど、得られるのは他でもないビッグデータ。それらを多面的に活用することで、よりユーザー志向の事業を加速させていきたいと考えています。

 腕時計という趣味性や嗜好性が色濃く出る分野では、今なお100%機械式でパーツがぎゅっと詰まった逸品に心酔する人も数多くいます。我々が同じ土俵に立とうとするのは場違い。モノとしての精巧さや洗練さももちろん欠かせませんが、エレクトロニクスメーカーならではの技術力やノウハウで新たな競争軸を創ることで臨まなければなりません。

─興味深いプロジェクトですが、裏ではどのようなITインフラが支えているのでしょうか。

 大部分がAWS(Amazon Web Services)のクラウドです。コンシューマ市場という、ワークロードの負荷や先々の処理ボリュームの増加がなかなか見通しにくい要件においては基盤の柔軟性や拡張性がものをいいますし、初期投資を抑えてスモールスタートを切る上でも、クラウドの利用が理にかなっています。

 先の例に沿って、もう少し中身に踏み込みましょうか。山形カシオの生産系システムのサーバーではモジュールIDと呼ぶ個体ごとのシリアルナンバーを管理してあり、このデータをAWSのデータベースに定期的に転送します。一方、スマホアプリもAWSの環境に接続し、API経由のマッチング処理で時計本体のモジュールIDを照合して生産証明書を返したり、ストリーミングデータ処理機構を介して各種の時計内ログデータを前出のDBに書き込んだりします。ここではAWSの個別サービス名を挙げることはしませんが、いろいろと使っています。

 クラウドだからといってボタン一つで目的とする仕組みが動き出す訳ではありません。時計ログデータといっても、中身は数字や文字列の羅列です。どこからどこまでが何を意味するデータかを整理して、つまりきちんと正規化して、DBに書き込まなければなりません。修理担当者を想定して、その時計がどんな使われ方をしているかを分かりやすく表現するWebシステムを開発した担当者はずいぶんと苦労してましたよ。

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