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[イベントレポート]

IIBAのコンファレンスから学ぶプロジェクト成功に向けた5つの原則

2017年11月6日(月)寺嶋 一郎(TERRANET代表/IIBA日本支部代表理事)

IIBA(International Institute of Bisiness Analysis)日本支部は2017年10月21日、「プロフェッショ ナルなビジネスアナリストのあり方」をテーマとするカンファレンスを開催した。本稿では、当日の多彩なプログラムを通じて印象に残った知見や言葉を紹介する。

 読者は「ビジネスアナリシス(Business Analysis:BA)」をご存知だろうか? ビジネスアナリシスの知識体系である「BABOK(BA Body of Knowledge)」によると、「BAとはニーズを定義し、ステークホルダーに価値を提供するソリューションを推奨することにより、エンタープライズにチェンジを引き起こすことを可能にする専門活動」と定義されている。

 簡単に言い換えると「事業戦略を立案・実現し、課題の解決や事業変革を可能にすること」である。具体的には事業戦略の策定、業務プロセスの見える化、業務プロセス改革の立案と推進、IT戦略の立案やシステムの企画、要求定義などを含めた活動全般を指す。そんなビジネスアナリシスに関するコンファレンスが2017年10月21日に開催された(写真1)。

写真1 IIBA日本支部によるコンファレンスの会場
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 主催したのはIIBA(International Institute of Bisiness Analysis)というBAに関する国際団体の日本支部。テーマは「プロフェッショナルなビジネスアナリストのあり方」だった。上記の定義から推察されるように、BAを実践するのは容易ではない。だからこそBAを推進し、リードするプロのビジネスアナリスト同士が集まり、現場での試行錯誤の中で見出した知見を議論し、BAのあるべき姿を浮き彫りにしたいという趣旨である。

 会社員時代、積水化学工業のCIOを務めていた筆者は今、IIBA日本支部の理事長を務めている。この役割を担ってみて思うのは、CIOやIT責任者の方々こそビジネスアナリストになってほしい、もしくは、その知見を共有してほしいということだ。ITに関わる仕事はおしなべてBAと共通であり、BAの知見はITの仕事に大いに役立つからである。

 そこでここでは上記コンファレンスの中から筆者の印象に残った知見や言葉を、個条書きで紹介したい。いずれもよく言われることで、知っている方も少なくないかも知れないが、実践できているかどうかは全く別。我々は改めてこれらの重要性を認識する必要があると思う。

 なおコンファレンスの聴講にあたっては、古河電工の人事業務改革プロジェクトを綴った書籍『反常識の業務改革ドキュメント』が事前課題図書として指定されていた。筆者も通読したが、目から鱗の内容だった。読者も機会を見つけて読んでみていただきたい。

(1) 単純明快なゴールを掲げよ!

 最初に挙げたいのが、「ゴール(目標)をできるだけシンプルに分かりやすくすること」を明示したこの言葉である。業務改革にしろ、システム開発にしろ、何らかのプロジェクトを始める時、本当にやりたいことは何かを徹底的に絞り込むことが大事という意味である。課題図書にあった古河電工のケースでは、最初の経営会議で、やりたいことをてんこ盛りで経営陣に伝えたところ、「結局何がやりたいのか」と問われて玉砕したというエピソードがある。

 徹底的に議論し、100枚くらいあった説明資料を1枚に絞り込み、経営陣の承認を得ることができたという。時間をかけ、様々に検討してきたことをできるだけ盛り込みたいのは当然のことだし、せっかくなので色々な目的を盛り込みたくなるのも自然だ。しかし、それでは経営陣に伝わらなかったのである。関係者(ステークホルダー)の意識をゴールに向け、前進するためにも、単純明快さには価値がある。

(2) ワンチームを作れ!

 コンファレンスでは、プロジェクトを引っ張るメンバーには、社員やコンサルタント、ITベンダーといったそれぞれの立場がある。だが、そういった利害を超えて、プロジェクトの成功を目指す「ワンチーム」となることが大事だという指摘があった。もちろんその通りだが、しかし自らの利害は少し置いて、「プロジェクトファースト」で本音で熱く語れるワンチームは簡単にはできない。では、どうすればいいのだろうか。

 ベテランのビジネスアナリストは「大事なことは敵(抵抗勢力)か味方(推進勢力)かというレッテルを決して貼らないこと」だと指摘する。最初は敵に見えていても、いずれ味方になってもらうように粘り強く、真摯に接することが肝要だという。「お客様」と「ベンダー」という構造を持ち込まないことも大事との話もあった。発注者は上から目線で指示・指摘するのではなく、相手に関わらず相談に乗り、議論するようにする。

 もちろん多くの人をプロジェクトに巻き込むためには、キーマンが誰か、誰がOKと言えば周りが従うかといった組織の隠れた情報や組織内政治の力学を収集、理解することも大事である。すべての関係者がプロジェクトの成功に向けて前進するようにリードしていくのがリーダーの仕事でもある。

(3) いかに人を巻き込むか?

 上記の(2)と関係するが、ステークホルダーと良好な関係を築き、信頼を勝ち得ることはプロジェクトの成否を左右する。例えば経営にプロジェクトの追加予算を承認してもらうには、日頃から経営陣に情報を入れたり、アイデアの段階から意見を聞けるようなリレーションを作っておくことが望ましい。古河電工のケースでは、プロジェクトに積極的に関与してもらうために、関係する各現場に出向き、直接会って説明を徹底したことが描かれている。プロジェクトに関わる人たちが、「他人事」ではなく「自分ごと」と捉えてもらうためだ。

 コンフェレンスでは、古河電工のプロジェクトの副リーダーだった関尚弘氏(現在は古河ファイナンス・アンド・ビジネス・サポート社長)が登壇。「工場に説明しに行った時、それぞれ異なるその工場の制服に着替えて訪問した」というエピソードを披露した。筆者は「そこまでやる?」と思ったが、本社から来て上から目線で指示していると思われるのを防ぐために、できることはすべてやるというスタンスだったという。

 「現場の話をきちんと聞き(傾聴)、共感し、最後に納得してもらうことが大事。それでも納得してもらえない時は、菓子折り持参で1対1で粘り強く説明したこともある」(関氏)。もちろんトツプダウン型なのかボトムアップ型か、いけいけの組織なのか慎重なのかなど、組織風土によってアプローチは異なるはずだが、ボトムアップで意思決定に慎重な古河電工のような組織風土においては、泥臭くて人間臭い、こういった配慮こそが、プロジェクトの成功に欠かせないのかもしれない。

(4) 徹底的に可視化せよ!

 今回のコンフェレンスで強調されたことの1つが、可視化(ビジュアライズ)の大切さだ。それを体現したのが、課題図書の著者の1人であり、業務改革コンサルタントとして活動する白川克氏(ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ バイスプレジデント)。議論中、フリップチャートに自分や聴衆の意見をどんどん書いていく。意見を可視化して参加者全員が共有すれば、議論が前進していく構図である。文字の数字だけではない。絵やグラフなど使ったビジュアルも使う。

 白川氏だけではない。今回のコンフェレンスでは日本ファシリテーション協会(FAJ)の協力で、グラフィックレコーディングを実施した(写真2)。最近になって少しずつ取り入れるケースが増えているが、これは議論の意見や流れをリアルタイムで文字や絵、図などで記録するもの。今回は講演の内容を同時並行で“レコーディング”してもらった。

写真2 グラフィックレコーディングの例
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 聴講者の理解促進ということ以上に、講演後の振り返りに効果があったと思う。さらにカンファレンスでは最後の全員参加のジャムセッションにおいて、何人かで円陣を作り、膝の上に「えんたくん」という円形のダンボールを置き、そこに議論の中身を言葉や絵で可視化することも行った(写真3)。筆者も参加したが、可視化が議論を活性化させたのを肌で感じることができた。

写真3 ジャムセッションの模様
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(5) Have Fun!

 最後は英語。要はどんなに苦しいプロジェクトでも前向きに楽しむ姿勢が大事ということだ。どんなプロジェクトも思い通りに進むことはまずない。うまく進まない時に、落ちこんでいたら、エネルギーが失なわれていく。そういう時こそ、冗談の1つくらい飛ばしながら、場を明るくする必要がある。苦しくとも「Have Fun!」の精神を忘れてはならない。もちろんあまりに理不尽な、ある種のデスマーチには適用する必要はない。

 しかし、その場合でも明るくすることが次につながる。何よりも楽しいこそ、頑張れるし、実力以上の仕事ができるのは筆者の体験上もその通りだと思う。楽しんで仕事ができるかどうかはプロジェクトの成功に欠かせない要素であり、CIOやビジネスアナリストはそういう雰囲気作りを心がける必要がある。

 以上、筆者が今回のコンファレンスで参考になると思ったことを挙げた。「プロジェクトとは、初めてのことを、初めてのやり方で、初めての人たちとやる仕事」であることが多く、困難でないわけがないと白川氏は言う。今回のコンファレンスでは、そういった困難を乗り越えるための数多くの貴重な示唆を得られたと思う。

 最後にビジネスアナリシスの方法論やツールに触れておきたい。BABOKではビジネスアナリストとして持つべき基礎的な知識、スキル、行動特性を基礎コンピテンシーと呼び、体系化している。このうちの行動特性には「倫理」「自己管理」「信頼感」が、人間関係のスキルには「ファシリテーションと交渉」「リーダーシップと感化力」「チームワーク」などが挙げられている。

 もちろんBABOKの中核には、戦略を立案し、実行可能なレベルに展開し、実行をサポートする各種の方法やツールがある。「システム思考」という方法論、BMC(BusinessModel Campus)やVPC(Value Proposition Campas)などのツールがそれだ。ではなぜ、BABOKは、自己管理や信頼感といった人の行動特性にもわざわざ言及しているのだろうか?

 この答はコンファレンスで講演した近藤史人氏(第一コンピュータリソースのエグゼクティブ・ビジネスアナリスト)の「メソドロジー(方法論)は万能ではない」という言葉にある。「“人間こそはまさに複雑系の極み”であり、だから方法論を学んで適用するだけではうまくいくわけではない。困難なプロジェクトを成功に導くには、最後はいわゆる“人間力”で立ち向かわなければならない」(近藤氏)。一方、白川氏は、方法論やツールを使う時は、機能や手順を単純になぞるのではなく、それらが作られた意図や背景を理解しておくことが大事だと指摘する。簡単ではないが、意図や背景を理解しておけば状況に適した方法論を利用できるし、カスタマイズして活用することもできるだろう。

 これからのデジタル時代は、ユーザー部門の要件を聞く受け身のIT導入から、ビジネスと一体になった企業/事業変革に向けたIT活用へとIT部門の守備範囲が広がる。当然、要件ヒアリングだけでは太刀打ちできなくなり、ビジネスアナリシスが重要になる──IIBA日本支部の理事長を務めるようになって筆者が実感していることである。ITに携わる方々には、ぜひビジネスアナリシスを習得してほしいと切に願っている。

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