[イベントレポート]

AIの民主化が顧客のショッピング体験をさらに豊かにする──Salesforce.com幹部

世界の小売業界が注目するイベント「NRF 2018」のセッションから

2018年1月30日(火)末岡 洋子(ITジャーナリスト)

顧客獲得の起点は「優れたショッピング体験」をデザインし具現化すること──。オンラインでも実店舗でも熾烈な市場競争が繰り広げられている小売業界では、いかに顧客の心をつかむかに余念がない。そこにAIをはじめとする最新テクノロジーはどう活きるのか。米ニューヨークで開催された小売業界最大のイベント「NRF 2018」の注目セッションからトピックをお伝えする。

 小売業界は、1990年代後半にAmazonをはじめとする電子商取引(Eコマース)が登場して以来、変化の波の中にある。変化を促すドライバーは多くの場合テクノロジーであり、今、大きなインパクトをもたらそうとしているのがAIだ。2018年1月はじめ、米ニューヨークで開催された小売業界最大のイベント「NRF 2018」の注目セッションでスピーチしたSalesforce.comのIndustry Go To Marketシニアバイスプレジデント、Shelley Bransten氏は、「AIは小売業界にとって必須技術になる」と述べ、“インテリジェンス”が可能にするコマースを展望した。

 IT部門の方々にとって、SalesforceはSFAやCRMといった「営業支援」に関わるクラウドサービスを提供している企業との印象が強いかもしれないが、Demandwareの買収を足がかりに小売業向けソリューションを拡充。様々なテクノロジーや知見を結集して世に送る「Commerce Cloud」は、大手を中心に採用に弾みがついている。そんな同社のキーパーソンが壇上に立つとあって、多くの来場者が耳を傾けた。

「パーソナライズ」はさらに研ぎ澄まされる

Salesforce.com Industry Go To Market シニアバイスプレジデントのShelley Bransten氏

 データを活用して、顧客に最適なオファーやレコメンドをしよう──数年前のビックデータブームの頃から言われてきアプローチだが、その水準はこれまでとは一線を画するほどに高度化するとBransten氏はいう。「“インテリジェンス”の時代に向かっており、コンシューマーもそれを期待している。スピード、パーソナライズ、コネクテッド。それぞれの領域で磨きがかかり相互に好影響を及ぼすことで、顧客のショッピング体験は全く違うものになる」(Bransten氏)。

 これを実現するキーテクノロジーがAIだ。コマースサイトにおいて、顧客が探しているものを予測して、コンテンツを並べ替えたり関連情報を表示したりなど、より洗練された試みが日々積み重ねられている。「今日のパーソナライズにおいては高度なアルゴリズムが使われる。似たような嗜好や傾向にある人々をとらまえる“セグメント”の粒度ではなく、まさに一人ひとりにフォーカスした“個人への最適化”が急速に進んでいる」とBransten氏。実際、その効果は実証され始めている。Bransten氏によると、先の年末商戦では、パーソナライズされた体験をした6%の顧客がデジタルの売り上げの30%をもたらしたという。

 もっとも、同氏は「まだデータの1%しか活用されていない」と問題も指摘した。今や、「パーソナライズされたオファーが欲しい」と考えている顧客は75%に達する。一方で、商品に興味を覚え購入に至るまでのカスタマージャーニーは、メールや電話、リアル店舗やECサイトなど複数のチャネルにまたがるケースが80%を超える状況にある。“個人への最適化”を突き詰めていくには、社内のみならず社外のデータを含めて、もっともっと活用を高度化し、(潜在)顧客の理解を深める必要があるのだ。

 そこで注目と期待を集めているのがAIであり、Salesforceは2016年秋に発表した「Einstein」で着々と地歩を築いている。AIと聞くと専門的な知識やスキルが必要でハードルが高いようにも感じられるが、同社は製品群に組み込んだ形で提供することとで、ユーザーがそれと意識することなく最新テクノロジーの恩恵を享受できるように仕向けている。いわば“AIの民主化”のアプローチであり、前出の「Commerce Cloud」では、高度なアルゴリズムや機械学習をベースに顧客ごとの予測モデルの精度を向上させ、製品レコメンドや検索結果のパーソナライズをより実効性の高いものにしている。

SNSとショッピングをシームレスに連携

 こうしたテクノロジーに支えられながら、顧客は日々新たなショッピング体験を味わうこととなる。NRFでの目玉の一つは、InstagramとCommerce Cloudとの統合だ。Commerce Cloudから直接Instagramに投稿し、フォロワーが写真の中に気になるアイテムを見つけたら、すぐにECサイトのページに遷移して購入するというスムースな流れを実現。購入が終われば再びInstagramに戻ることができる。つまりInstagramとショッピングそれぞれの体験をシームレスにつなげようとのアプローチだ。

Salesforce.com プロダクトマーケティング シニアディレクターのNancy Darish氏

 セッションでは、将来のショッピングのビジョンとして高級ブランド「COACH」がInstagramの公式アカウントで、ショッピングバックのアイコンを埋め込んだ製品の写真を投稿、フォロワーがこのアイコンをクリックするとすぐに製品詳細のページに行き、購入できるという一連の流れがデモされた。日ごろからInstagramを使いこなし友人知人、あるいは企業の公式アカウントが投稿する写真をチェックして楽しむことが習慣となっている人は少なくない。COACHのInstagramのフォロワーは230万人もいるという。「商品写真を見て“ピンと来た”瞬間に背中を押すことができる」とデモを行ったプロダクトマーケテシング担当シニアディレクターのNancy Darish氏は説明する。自社製品をチェックしている人に効果的にリーチできると期待できるInstagram統合は米国で提供を開始したところで、日本での展開はまだ未定という。

COACHのInstagram統合Commerce Cloudのコンセプトデモ。Instagramの写真に、製品部分にショッピングにつながるボタンが組み込まれていることがわかる(右)
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「j」と入力すると、「jam」「Strawberry jam」「raspberry jam」と候補を出す
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 ユーザーのブラウジング履歴などに合わせて最適な製品を表示したり、スムーズなショッピングにつなげたりするデモでは、米国の食品企業Stonewall Kitchenの取り組みが紹介された。英語では「ジャム(jam)」を「preserve」「marmalade」と呼ぶことがあり、サイトで検索しても目的の賞品がうまくヒットしないことがある。ここで、辞書機能(Search Dictionaries)にこうした類義語を登録しておけば、「preserve」と入力しても「jam」という名称や属性を持つ商品が表示されるようになる。また、「j」と入力しただけで、「jam」と候補を出す予測機能もあり、もちろんこれは、そのユーザーの過去の購入履歴やブラウジング履歴などのデータに基づいている。

 些細な機能に映るかもしれないが、こうした使い勝手を高める工夫、しかも一人ひとりに最適化させた形で優れた体験をもたらすことが取引の確実な拡大に結実することは間違いない。Darish氏によると、「Stonewall KitchenのEコマース担当はわずか3人だが、その顧客が買う可能性があるものをリアルタイムで予測するといったEinsteinの能力を巧く活かすことに成功している。パーソナライズされたリコメンドを受け取った消費者の40%が購入につながるという高いコンバージョン率を叩き出している」という。モバイルユーザーが増えている中、「Apple Pay」によるワンタップでの決済に対応していることも少なからず寄与しているようだ。

オムニチャネルもさらに進化を続ける

 セッションの最後に紹介された、デザイン家具を取り扱うDesign Within Reach(DWR)のデモもまた興味深いものだった。ある顧客が、Google検索で同社の家具を見つけて興味を覚え、詳細情報や在庫情報までは見たものの、それ以上進むことはなかった。ところがある日、Facebookに広告が表示されたのを機に購買意欲が再燃し、最寄りの実店舗とアポイントを取るに至った。商品を自分の部屋に置くとどうなるのかをシミュレーションできるARを応用したアプリも提供。リアル店舗とオンライン店舗の連携のみならず、さまざまな工夫を凝らして顧客のショッピング体験の向上に努めているという内容だった。

アプリのAR機能により、自分の部屋にカウチを置くとどのようになるのかシミュレーションができる
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 「未知の潜在顧客に対してターゲティングを絞り、ソーシャルメディア上でパーソナライズされた広告を打って店に呼び、素晴らしい顧客体験を提供することで購入に結びつけることができる」とDarish氏。DWRのシニアバイスプレジデントとしてオペレーションを担当するBethany Kemp氏は、「顧客ごとにパーソナライズした体験を提供するために、Webサイト、コールセンターなど様々なチャネルで得られる顧客情報をいかに活用するかにフォーカスしている。だからこそ、Selesforceの様々なソリューションを活用して顧客情報を一元的に管理し、従業員が必要な情報にアクセスできるような体制を整えている」と説明する。

Design Within Reach オペレーション担当シニアバイスプレジデントのBethany Kemp氏(左)とSalesforce.com Industry Go To Marketでシニアバイスプレジデントを務めるShelley Bransten氏(右)

 扱っている商材がデザイン家具ということもあり、「ある商品を購入した顧客が、次に商品を購入するまでに1年~1年半のブランクがあいてしまうのが通例で、この間、どうやって顧客との結び付きを維持するかが課題」とするKemp氏。電子メールを活用して、再び買い物を動機付けるようなマーケティングを強化していきたいとするほか、Einsteinが実現するWebサイトでのインテリジェントな検索結果表示などをどうやって店舗レベルで反映するのかなども考えているところだと語る。

 Salesforceによると、Commerce Cloudの顧客企業の合計の月間ユニークビジター数は4億4000万人。Einsteinの利用も着実に増えており、例えば、製品リコメンドなどの場面で使うRecommendations APIのリクエストは月間8億4300万に達しているとのことだ。ユーザーのビジネスをさらに成長・加速させるために、コマースの最適化、マーケティング、広告、それにチャットボットなどサービス担当者の支援、開発者支援、セールス担当者の支援の6分野で新機能の追加や強化を続けていくという。

 なお、Brantsen氏はAIと合わせて、モバイルや音声といったテクノロジートレンドにも触れた。とりわけ音声は、「Amazon Alexa」など音声ベースのバーチャルアシスタントの動きが活況を呈している。先の年末商戦において米国では、デジタルからの売り上げのうち50%が「モバイルから」となり、ユーザー体験をデザインする上では主流、もしくは大前提としてとらえなければならないことがあらためて浮き彫りとなった。一方では、同じ時期、ミレニアル世代の40%がAIスピーカーを使ってショッピングしたとの調査結果もある。

 モバイルファーストからモバイルマストへ。そして、次なる音声ベースのデバイスの台頭。次々と押し寄せるテクノロジーの波は、小売業界に今後もインパクトを与え続ける。その波頭に巧く乗り、消費者に豊かな体験をもたらしながら成長続ける企業には、どんなアイデア、どんな仕組みがあるのか。これからも目が離せない。

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