「disrupt」は、崩壊させる、混乱させる、という意味の動詞だが、その名詞形である「disruptor」(ディスラプター)は、市場を混乱させるほど画期的なビジネスを展開しているスタートアップ企業の指す言葉として使われている。では、ベンチャー企業文化の本場である米国で、どんな企業がディスラプターとして位置付けられているのだろうか。

DXの動向がうかがえる「Disruptor 50」

 “デジタル・ディスラプター”、あるいは単に“ディスラプター”とは、デジタル技術を活用した新しいビジネスにより、既存の市場原理を破壊する可能性を秘めたベンチャー企業に対する昨今の呼び名である。デジタル・トランスフォーメーション(DX)時代の寵児と言えるのが、ディスラプターだ。

 ディスラプターと言えば、Airbnb(民泊マッチング・サービス)やUber(ライドシェアリング)などが代名詞的存在であるが、破壊的創造はありとあらゆる市場で起きている。

 そこで本稿では、米国CNBCが毎年発表している「Disruptor 50」のリストから、日本ではあまり知られていないディスラプターを紹介したい。ちなみに、CNBCは経済ニュースを専門とする米国メディアであり、Disruptor 50はCNBCが急成長をしている注目のベンチャー企業50社をランキング形式でまとめたリストである。なお、このリストは未上場企業を対象としているため、上場企業は含まれていないことに注意したい。

高付加価値の先端技術で成長するB2B企業

 ディスラプターと言うと、AirbnbやUberが真っ先に思い浮かぶためか、B2CやC2Cのマッチング・サービスを提供するプラットフォーマーをイメージしがちだが、Disruptor 50には企業顧客のみを対象とするベンチャー企業も数多くランクインしている。

 例えば、5位に位置付けたUptake Technologiesは、予防保守を実現するためのシステムをクラウドで提供するSaaSベンダーだ。予防保守とは「製品にセンサーを組み込んで稼働状況を監視し、故障の予兆を捉えて壊れる前に修理する」というもので、IoT活用でよくあるシナリオの1つだが、それを実現するには優秀なデータ分析システムが必要になる。Uptake Technologiesのサービスを利用すれば、企業はデータ分析システムを自社で構築することなく、予防保守サービスを提供することが可能になるわけだ。

 また、7位にランキングされているGinkgo Bioworksは、微生物を設計・製造するバイオテクノロジー企業であり、食品メーカーなどの顧客の求めに応じて、香料や調味料などのもとになる微生物を作り出す。従来、バイオテクノロジーをビジネスに活用する企業は、自社内に専門の研究開発チームを設置してきたわけだが、それができるのはそれなりの規模を持つ企業だけだ。また、自社に研究開発チームを置いたとしても、その技術力を最先端のレベルに引き上げるのは容易ではない。Ginkgo Bioworksのようなパートナーが得られれば、企業は最先端のバイオテクノロジーを自社製品に容易に取り込めるようになる。ちなみに、Ginkgo Bioworksの顧客の中には、日本の味の素も含まれている(2015年に提携を締結)。

 このように、B2B型のディスラプターの中には、先端技術をサービスとして提供することで、技術利用の敷居を下げることを特徴とする企業も多い。ディスラプターと言うと既存企業にとっての脅威として捉える向きが多いが、このタイプのディスラプターは、既存企業がDXを進めるうえで有望なパートナーとなりえるだろう。

手数料ゼロの株取引の裏側

 既存市場の破壊という点では、2017年のリストで43位に初登場したRobinhoodにも注目したい。同社は、2015年創業の証券会社で、最大の特徴は手数料ゼロの株取引サービスを提供していることだ。現在のところ、同社の営業エリアは米国およびオーストラリアのみであるため、日本での知名度はまだ低いが、金融業界の方はすでにご存知かもしれない。

 では、どうやって手数料ゼロを実現しているのか。まず、当然ながらRobinhoodは、実店舗を持たないネット証券会社であり、その分のコストがかからない。さらに、システム投資を抑えるために、取引手段をスマートフォン・アプリに限定している(iOSとAndroidに対応)。その分、アプリの作りにはとことんこだわっており、洗練されたユーザー体験を提供する。ちなみに、AppleのApp Storeにおけるレイティングは4.8、Google Playでは4.6だ。

 面白いのは、このDX時代にもかかわらず、Robinhoodは賢いアドバイザリー機能などを提供していないことである。金融業界では、AIを活用した自動取引に注目が集まっているが、Robinhoodはこの流れに逆行しているように映る(これもシステム投資の削減に貢献する)。Robinhoodのユーザーは自分の意思と判断、タイミングで売買を行う。極めてシンプルであり、手数料は無料。しかも、預金なしで口座を開設できるので、少額で手軽に株取引を始められる。

 なお、Robinhoodは、今年の2月から米国の一部の州を対象に、仮想通貨取引サービスを開始しており、こちらも手数料は無料である。

 現在、同社の運転資金は、ベンチャーキャピタルからの出資金の運用益で賄われているといい、将来的にはヘビー・ユーザー向けに有料のオプション機能を提供することも計画されているそうだが、基本無料のこのモデルが将来的にも成立するかどうかはまだ不確かだ。ただし、ユーザー数を着実に増やしているRobinhoodが、米国の金融業界において無視できない存在になってきていることは確かだろう。

先行者にも落とし穴がある

 デジタル変革の時代は、先行者有利に市場が形成されると言われる。市場を破壊したディスラプターは、自身に都合が良いかたちで市場を再構成できるからだ。

 ただし、先行者になれば安泰と言うわけではない。それをよく示す例がUberとそのライバルたちである。冒頭で述べたように、Uberはディスラプターの代表格の1つであるが、2017年は幹部のセクハラ疑惑に始まり、ドライバーへの不当待遇疑惑や個人情報漏洩とその隠蔽など、数々のスキャンダルが続いた。その結果、2016年のDisruptor 50で1位を獲得したUberは、2017年には19位へと大きく順位を下げてしまった。

 そのUberに代わって台頭してきたのが、Lyft(2位)やGrab(4位)といったライバルだ。LyftやGrabのビジネスモデルは、基本的にUberと大きく変わらない。Uberがスキャンダルで停滞している間、Lyftはフェアトレード(ドライバーを大事にする)を前面に出して急成長を遂げ、Grabは東南アジアやインドと言った新しい成長市場を獲得した。事業規模はいまだUberのほうが大きいものの、Uberのマインドシェアが2017年に大きく低下したことは否めない。

 この事例から学べることは、いくら先行者といえどもスキを見せれば、後発者にしてやられるということである。言い換えれば、先行者有利と言われるDX時代においても、後発者にもチャンスは残されているということだ。Uberの場合は、Uberが勝手に躓いたわけだが、そうでない市場においても先行者のサービスに改善の余地を見つけられれば、そこを突いて後発者が市場を逆転させることは不可能ではない。

 一方、先行者は後発者に付け入るスキを見せないように、常にサービスを向上させる必要がある。歩みを止めれば沈んでいく、DX時代のビジネスはますます過酷になる一方である。Disruptor 50のリストは例年5月に発表される。今年はどんな企業が登場してくるのか注目したい。