私達の生活を新たなステージに押し上げる可能性を持つデバイスとして、大きな期待を寄せられているスマートスピーカー(AIスピーカー)。その期待を受けて、スマートスピーカー対応製品・サービスを提供する動きが多くの企業に広がりつつある。本稿では、まだ立ち上がったばかりで規模の小さいこの市場に、企業が取り組むべき意義について考えたい。

スマートスピーカーは期待過多?

 日本において、2017年はスマートスピーカー元年と言ってよい年だった。2017年10月に「Google Home」とLINEの「Clova WAVE」が発売され、11月には米国でこの市場を牽引している「Amazon Echo」の販売が開始された。

 スマートスピーカーの話題が各種メディアで取り上げられ、家庭内にAI搭載のアシスタントが存在する新しい時代の幕開けを煽った。ところが、実際に製品を手にした人の中には、できることの少なさにがっかりした人もいるようである。現在、スマートスピーカーを使ってできることは、好みの音楽をかけたり、ニュースや天気予報を聞いたり、簡単な調べ物をしたりといったことである。照明機器のオン/オフなども可能だが、それには対応機器を追加購入しなければならない。

 スマートスピーカーごとに得手・不得手があることも大きい。Amazon EchoはもちろんAmazonで買い物ができる。一方、Google Homeにはショッピングリストという機能が付いているが、これは買い忘れを防ぐための買い物メモにすぎず、現在のところ商品注文までできるのは米国内のみである。

 また、Amazon EchoもGoogle Homeも、日本においてはメッセージの送受信に対応していない。Amazon Echoはともかく、Google HomeがGmailに標準対応していないのはどういうことか。Clova WAVEはLINEでメッセージのやりとりができるが、音声コマンド操作なのでスタンプは使えない。

 操作が音声コマンドなのはいいとして、フィードバックが音声のみという点にはよくよく注意すべきだ。Amazon Echoでショッピングと言っても、どんな商品か見た目を確認せずに注文できるのは、いつも買っている日用品くらいのものだろう。トイレットペーパーや飲料水、洗剤など、購入時にあまり悩まない商品を低関与商品と言うが、それらのショッピングはスマートスピーカー活用シーンとしてイメージしやすい。

 一方、購入時に比較検討してから選択するような商品(こちらは高関与商品と呼ぶ)を音声フィードバックのみで注文するのは、たとえ可能でも心情的には難しい。例えば、テレビを買い替えたいといったときに、「いま一番売れている4Kテレビ」と注文するのは、多くの消費者にとって現実的ではないだろう。

 要するに、スマートスピーカーは、それまでできなかったことを、できるようにする夢の機械ではない。スマートスピーカーでできることは、パーソナルアシスタントを搭載したスマートフォンやダブレットでできることの一部である。では、スマートスピーカーの利点は何かと言えば、まず思いつくのは手を使わずに操作できることであり、スマートスピーカーが担う役割は「手間を減らすこと」である。トイレットペーパーを買うときに、ショッピングサイト(アプリ)を開いて、商品を検索し、目当ての商品を選択して、購入ボタンを押す。その一連の操作が「トイレットペーパーを注文して」と呼びかけるだけで済む。手を使わないので、洗い物をしながらでも大丈夫だ。

 このように、スマートスピーカーの実態は、日常生活の手間をちょっと減らしてくれるスピーカーにすぎない。初めからそう理解していればがっかりしないのだが、米国での登場から約3年も待たされたこと、「AIスピーカー」といういかにも賢そうな別名から、期待だけが先行してしまった。結果として、日本におけるスマートスピーカーは、登場から半年を待たずして早くもハイプ・サイクルの幻滅期に入りつつあるようにも感じる。

待たれるインタフェースの標準化

 新技術の中には、当初大きな期待を寄せられながらも、幻滅期を乗り越えることができず、そのまま衰退してしまうものもある。はたして、スマートスピーカーはどうだろうか。

 スマートスピーカーに取って幸いなことは、製品そのものがほぼ入出力機能しか担っておらず、肝心な頭脳はクラウド上で進化を続けていることだ。そのため、スマートスピーカーのユーザーは、買い換えなくてもその進化を享受できる。さらに、対応製品・サービスが増えれば、できることも増えていく。

 もっとも、スマートスピーカーが消費者の生活に欠かせないものとして定着するためには、明らかに足りないものがある。それは、相互接続性・互換性だ。現在、スマートスピーカー対応の製品・サービスを開発する際には、各ベンダーが提供するソフトウェア開発キットを使って、個別に対応しなければならない。AmazonはAlexa Skills Kit、GoogleはGoogle Assistant SDKといった開発キットを提供しているが、当然ながら両者に互換性はない。使えるプログラミング言語も違うし、開発したサービスは各社のクラウド(AWS LambdaやActions on Google)でホストする必要がある。両方に対応させようとすれば、開発・運用のコストと手間は倍かかる。

 スマートスピーカー・ベンダーは現在、市場の覇権を争って、自前のエコシステムの拡張に躍起になっている段階にある。そして、スマートスピーカーはユーザーを自社のサービスに囲い込むためのツールになっている。

 ただし、この状況が消費者にとって好ましいとは言えない。誰だって自分が使うショッピングサイトや音楽サービスは自分で選びたい。スマートスピーカーに決められたくはないのだ。自分が使うサービスをカバーするために、いくつものスマートスピーカーがリビングに並んでいる光景は、とてもスマートとは言えない。スマートスピーカーが消費者の生活に真に寄り添うには、サービスの相互接続性が不可欠である。

今は経験とノウハウを蓄積するとき

 では、スマートスピーカーを自社のビジネスに活用したい企業は、どうすればよいのか。

 スマートスピーカーの連携インタフェースが標準化されて、機種を意識せずに開発が行えるようになれば理想的だが、現在そんなものは存在しない。登場するとしてもいつになるかはわからないし、標準化されないままという可能性も少なくない。さらに、スマートスピーカーの市場は立ち上がったばかりで、どの程度の規模になるのか予想しにくい。リスクは大きく、開発費をかけてももとが取れるかどうかわからない状況だ。

 だが、そこに取り組む価値は多いにある。スマートスピーカーを使って企業が行えることとは、「音声アシスタントを介した顧客コミニケーション」であり、それはスマートスピーカーだけのものではないからだ。音声アシスタントはスマートフォンやタブレット、PCにも搭載されているし、コネクティッド・カーでも中心的なインタフェースとなる。飲食店での注文端末やホテルの受付カウンターなど、音声アシスタントが利用されるシーンはどんどん拡大していくはずだ。

 音声アシスタントを利用するための実装技術は、今後もどんどん進化していくだろう。そのため、身に付けた技術はすぐに陳腐化してしまうかもしれない。だが、顧客がどんなサービスを求め、どんなフィードバックを好むのかといったコミュニケーション・スキルは、一朝一夕には獲得できないし、実装技術が変化しても陳腐化しない。スマートスピーカー対応の製品・サービスの開発は、直接的なリターンを求めず、長期的な顧客体験向上策の一環として取り組むべきだろう。