[市場動向]

発覚した年金情報入力の中国への無断再委託はITベンダーだけに責任があるのか?

─現場に無理を強いる発注側の体質─

2018年3月26日(月)佃 均(ITジャーナリスト)

日本年金機構が個人情報入力を委託した業者が、中国企業に無断で再委託をしていたという件が世間を騒がせている。入力の漏れやミス、それに起因する年金の過少支給などが露呈。受託した側の非を指摘する声が大きいが、それだけが本質的な問題なのだろうか──。

コンピュータは正しく間違う

 コンピュータとネットワークがコモディティ化し、社会・経済の隅々に“デジタル”が浸透している現在、われわれはプログラムやシステムの品質は意識しても、データの品質には関心を抱かない。プログラムにバグやミスがあればコンピュータは動かないか誤動作する。データが間違っているとコンピュータは「正しく間違う」ので、見過ごされることがある。

 今回の年金過少支給がまかり通ったのは、まさにそのことを示している。思い出すべきは、データ入力が「パンチ」(由来は紙カードに穴を穿つことから)と呼ばれていた1960年代から、「クリーンデータ」の重要性が指摘されてきたことだ。つまりクリーンデータの視点で、費用と納期は妥当だったのか。

 前述のJDEAが策定した「データエントリ料金資料」2017年版では、10%の管理費を含むオペレータ1人当たり必要最低限の月間売上高は56万4600円(22歳・経験2年の入力オペレータの月給与は17万8000円、賞与3カ月分)となっている。

図2 正確なデータ入力には相応のコストがかかる(出典:日本データ・エントリ協会)
拡大画像表示

 SAY企画が見積もった要員数約800人は延べ人数のようだが、仮にプロの入力オペレータ800人が1カ月従事したとすると、単純計算で4億5168万円になる。落札価格1億8200万円はその4割に過ぎない。面白いのは同社がパート、アルバイトの募集で告知した時給1100円の根拠だ。月160時間(1日8時間×20日)とすると17万6000円になって、まるでJDEAの料金資料を参照しているかのようだ。

 「最低価格を出した会社に落札した」と年金機構は言うが、予定価格は2億4214万円だったことが分かっている。クリーンデータを担保する最低価格の半分だ。氏名・住所の場合は連想方式(かな漢字変換方式をプロはあまり使わない)のキー入力が通常だが、今回は素人によるスキャナOCR方式だったことは明らかだ。そうなると原本(伝票や書類)の汚れが雑信号となって、とんでもない記号やアルファベット、数字が混入する。また選択の◯やレ点を「◯」「レ」と認識してしまう。手書き文字は人によって千差万別なので、どうしても異字や誤字、〓(ゲタ)が発生しやすい。それを見つけて修正する作業は煩雑で、なかでも人名・地名の外字の処理は高度な漢字の知識が必要になる。

 中国は漢字発祥の地とはいえ、本来の姿を忘れつつある中国のオペレータが、円滑に日本人の姓名を識別できたかどうか疑わしい。「入力技術だけでなく、情報管理や漢字の教育にかかる費用も必要。行政機関に繰り返し説明しているのだが、なかなか理解してもらえない」(データ入力業関係者)のが実情だ。

「マイナンバーの厳格な管理」はどこに行った

 細かな話だが、同社は昨年4月、総務省、内閣府、厚労省、農水省、特許庁、文科省から計11件/総額2億5000万円弱、6月には文化庁から1件/660万円、7月には文科省、厚労省から計2件/1690万円を受注している。なかでも4月に厚労省から受注した「東電福島第一原発作業員の長期的健康管理システムに係るデータ加工、入力等業務」1億5552万円を支障なく進めているので、大量データ入力をこなす能力があったことは疑えない。

 求人サイト掲載の企業情報によると、同社の従業員は約80人という。全員が入力オペレータであるはずがなく(同社の業務はデータ入力業務のほかソフト開発、Web制作、LAN構築など)、今回のデータ入力作業のため時給1100円でパート、アルバイトを募集していた。ところが十分な人数が集まらなかった。そうなると一部を再委託しなければこなせない。

 といって、国内の同業者に再委託するには年金機構の了解を取り付けなければならず、了解を取り付けるには情報管理が厳格な業者を選ぶことになって、そのような業者はJDEAが示したような価格なので採算割れになってしまう。それならば人件費を安い大連の業者に回して、自社のパワーをより収益性のいい案件に、と考えたのではないか。

 併せて疑問なのは、年金機構がなぜ従業員80人の小さな情報処理会社1社に全件の入力を委託したのか、ということだ。かつて通産省(現経産省)で競争入札を担当したことがある元官僚は、「690万人分もの大量データを単独1社に発注するのはリスクが大きすぎる。通常なら10万件単位で分割発注するのではないか」という。

 それと、「氏名まで入れる意味があるのか」という指摘がある。「扶養控除申請なら、扶養者と被扶養者をヒモ付ければいい。両者の基礎年金番号とマイナンバー、確認用に生年月日で済む」というのだ。データ入力の経験を持ち、現在は情報管理を担当している自治体職員のコメントだけに説得力がある。それに従って試算すると、プロの入力オペレータを使っても1億円以内で収まるようだ。

 もう一つ、修正・新規は694万件とはいえ、その入力をなぜ外部業者に委託したのか、という疑問もある。金融機関やクレジット会社は自社のセンターに外部から入力オペレータを派遣してもらい、自社の管理下で入力作業を行っている。年金情報にはマイナンバーが記載され、国はその管理に罰則付きの厳格さを求めている。

 つまり年金機構が一般競争入札にかけたこと自体、特定個人情報保護法やマイナンバー法に抵触しているのだ。SAY企画が無断で中国の業者に再委託したことが問題視されているが、管理責任は年金機構にあって、直属の厚労省やマイナンバーを所管する総務省、国税庁、内閣府がコメントを出してもおかしくない事案ではないか。

 ともあれITの役務を調達(発注)する側にシステム設計の知識がなく、民間事業者の実力を評価できず、適正価格を設定できない。それはどうやら年金機構に限った話ではない。発注側の共同無責任が受託したITベンダーの無理を生み、結果として国民がその尻拭いを押し付けられるという構図がいつまで続くのか。

関連記事

Special

-PR-

発覚した年金情報入力の中国への無断再委託はITベンダーだけに責任があるのか? [ 2/2 ] 日本年金機構が個人情報入力を委託した業者が、中国企業に無断で再委託をしていたという件が世間を騒がせている。入力の漏れやミス、それに起因する年金の過少支給などが露呈。受託した側の非を指摘する声が大きいが、それだけが本質的な問題なのだろうか──。

PAGE TOP