働き方改革においてITでできること、と言えばテレワークにコミュニケーション、RPAなどが主なトピックになりがちだが、中小企業の中には、ITの専任担当者もおらず、予算も限られ、どこから手を付けていいかわからない、というところも多いだろう。そういう企業は、働き方改革を一旦頭から外し、日々の業務効率化を第一の目的としてIT導入を検討するとよい。その際の鉄則となるのが、クラウド・サービスであることだ。

進まぬ中小企業のIT導入率

 企業が働き方改革を進めるには、制度改革、意識改革、IT活用の三本柱が重要とされ、どれを欠いても改革が進まないと言われる。確かに、テレワーク制度を設けても、ITによる支援が不十分だと絵に描いた餅になるし、制度・IT環境を整えても、社員の意識改革が伴わなければ利用率は上がらない。

 いずれにせよ、働き方改革にITは不可欠なわけだが、日本全体を見渡すとIT活用以前の段階にある企業が少なくない。総務省が平成29年に取りまとめた報告書『ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究』を見ると、その実態が浮き彫りとなっている。

 この報告書で、業務へのシステム導入状況を問う質問に対する回答では、最も導入率の高い「経理・会計」でもその値は67.7%。次点の「給与・人事」は57.3%である。すなわち、手作業で会計処理を行っている会社が約3割、手作業で給与計算を行っている会社が約4割もあるということだ。

 さらにIT投資額に関する質問では、ITへの投資を行っていないと回答した企業が実に全体の4割を占めている。

業務へのシステム導入状況(出展:総務省『ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究』H29)業務へのシステム導入状況(出典:総務省『ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究』H29)
年間のICT 投資額が売上高に占める比率(出展:総務省『ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究』H29)年間のICT 投資額が売上高に占める比率(出典:総務省『ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究』H29)

 こうした“IT弱社”とも呼べる企業が中小企業に偏在していることは、いうまでもないことだ。そうした企業にとって、「モバイルワークでスキマ時間を活用」や「ビジネスチャットで円滑なコミュニケーションを実現」などは、どこか遠い世界のセールストークのように聞こえるのではないか。

 IT活用の牽引役が体力のある大企業中心になるのは当然のこととして、問題は中小企業の多くが置いてけぼりになっていることである。何しろ日本は、企業の99.7%が中小企業で、従業員数の全体の7割(69%)が中小企業所属という“中小企業大国”である(数字は『2017年版中小企業白書』による)。

 大企業が先端のITを駆使して生産性を上げることも大いに意義があることだが、働き方改革を日本経済の成長戦略の柱に据える政府としては、中小企業の底上げこそが喫緊の課題と言えるだろう。

まずはクラウドでバックオフィスをIT化

 さて、IT導入が遅れている中小企業の課題は、「人材難」と「予算」の2つに集約されるだろう。

 予算に関しては、上で紹介したグラフのとおり、4割の企業に「IT予算」という枠がない。一方、人材に関しては、専任のIT担当者がいる企業は全体の13.7%にすぎない。IT担当者がいる企業でも、その多くは本来の業務を別に持つ兼任担当者であることがわかる。

ICT利活用専任担当者の有無(出展:総務省『ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究』H29)ICT利活用専任担当者の有無(出典:総務省『ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究』H29)

 予算もなく、人手もない企業は、どうすればよいか。結論から言えば、クラウド・サービス(SaaS型アプリケーション)が解決策となる。クラウドなら、システム・インフラを運用保守するための担当者もいらないし、初期投資もほぼゼロか、わずかで済む。

 まずは、手作業で行っているバックオフィス業務があれば、そこから手を付けるのがよい。バックオフィス業務は、企業による手続きの差異が少ないので、“つるし”のサービスで事足りる場合がほとんどだ。そのため、ここからIT化を始めれば、失敗のリスクを軽減できる。

 中小企業向けのサービスは、キーワードに「中小企業 クラウド ○○」(「○○」には「会計」「給与」「勤怠」などを入れる)を指定してWeb検索すれば、いくらでも見つかる。どれを選べばいいかわからないなら、付き合いのある税理士や会計士、社労士などに相談すればよい。きっと、彼らが面倒を見やすい(連携しやすい)サービスを勧めてくれるはずだ。

 最近のクラウド・サービス、特に中小企業向けのものはUXに力を入れているので、一昔前のPCにインストールするタイプの業務ソフトに比べれば、総じて扱いやすくなっている。サービス・ベンダーによっては、初心者向けに無料のハンズオン・セミナーを行っているところもあるので、そうしたサービスがあるかどうかを選択条件に加えてもよい。

 危機感を持つ経営者が自らIT化に乗り出す場合はいいとして、ITによる省力化を現場が望んでも「ウチの社長は何を提案しても、『そんな金はない』の一点張りで…」というケースもあるだろう。

 そういうときは、Webの検索結果を見せてみればよい。IT導入にはカネがかかると思い込んでいる経営者は、月々数百~数千円からというクラウド・サービスの料金体系に驚くはずだ。「手作業でやらせて残業代を払うより得だ」と思わせられればしめたものである。中小企業のIT投資には、国や都道府県の助成金が適用できることが多いので、それらの資料も添えれば、説得力も増す。

クラウド化は手軽なBCP対策になる

 中小企業のIT化はクラウド利用を前提にすべき、という理由には、人材や予算のほかにもある。

 その一つがBCP対策だ。2018年は自然災害が多い年だった。特に7月に発生した西日本豪雨は、平成で最大の豪雨被害をもたらし、死者数は200人を超え、多数の家屋が土砂崩れや河川の氾濫・堤防の決壊による浸水に見舞われた。

 こうした水害で事業所が水浸しとなると、PCが壊れてデータが取り出せなくなったり、修理ができてもその間データが使えなかったりする。会計ソフトをインストールしたPCが壊れれば、会計処理ができなくなる。これがもし、クラウド会計サービスを利用していれば、PCが壊れても新しいPCですぐに利用を再開できる。

 IT運用では、データのバックアップは基本中の基本だが、中小企業できちんとバックアップが取れているとことは少ない。まして、これからIT化に着手しようという企業に、そこまで求めるのは酷である。

 クラウドが登場したての頃は、「クラウドはエンタープライズレベルの可用性・耐障害性を提供できるか」という議論がよくされたものだが、これはしっかりした運用体制を持つ大企業の心配事である。専任のIT担当者がいない中小企業であれば、クラウド化することでより安全にデータを保管することができる。クラウドが絶対安全とは言えないものの、中小企業がクラウドと同レベルの安全性をリーズナブルなコストで実現できるかと問われれば答えはノーだ。

クラウド化が結果的にテレワーク対応に

 クラウド利用を前提にIT化を進めると、どうなるか。IT化した業務の効率がアップするのは当然として、その業務を社外でも行えるようになる。

 会計ソフトをクラウド会計サービスに乗り換えれば、事務所のPCの前に座らなくても、会計処理が行えるようになる。同様に、昔ながらのPOPメールをGmailのようなWebメールにすれば、いつでもどこでもどのデバイスでもメールをやり取りできるようになる。ファイルサーバー(NAS)をクラウド・ストレージで置き換えれば、会社にいなくても必要なファイルにアクセスできるようになる。

 何を今さらと思われるかもしれないが、クラウド化すれば、場所とデバイスの縛りがなくなる。在宅勤務やモバイルワークの環境整備ができるわけだ。

 これまでIT投資を継続的に行ってきた企業は、多かれ少なかれオンプレミスの業務アプリケーションを抱えていて、一足飛びにクラウド化できないものだが、その点、過去のIT資産へのしがらみが少ない企業は自由だ。一度の投資でIT化よる業務効率の改善と、働き方改革の推進が同時に行えるわけで、高い投資対効果が期待できる。

積極的なIT投資で自社ビジネスを拡大

 日本の経済発展や労働環境の改善に中小企業のIT導入率向上が不可欠であるとの認識は、各行政機関に共通するものであり、独立行政法人 中小企業基盤整備機構は昨年、中小企業のIT活用促進を目的とした「生産性向上」特設サイトを開設している。

独立行政法人 中小企業基盤整備機構の「生産性向上」特設サイト<br><a href="https://seisansei.smrj.go.jp/">https://seisansei.smrj.go.jp/</a>独立行政法人 中小企業基盤整備機構の「生産性向上」特設サイト
https://seisansei.smrj.go.jp/

 同サイトは、IT活用事例とITツールの紹介を主なコンテンツとしているのだが、ここでは事例のほうに注目したい。

 紹介されている事例は大きく分けて2タイプあり、1つはクラウド・サービスを導入して、業務効率を改善したというもの。クラウド型POSレジサービス「スマレジ」で会計作業を省力化した飲食店や、勤怠管理サービス「IEYASU」で勤務時間の自動集計と見える化を実現した自動車関連サービス企業などが紹介されている。ここまで本稿で説明してきた、“つるし”のサービスで手軽にIT導入というパターンの事例だ。

 そしてもう1つが、システムを自社開発して業務効率化を実現しているタイプだ。このタイプとしては、見積り支援システムを自社開発した精密部品加工会社「月井精密」、配車システムを自社開発した運送会社「手塚運輸」、旅館向けの経営管理システムを開発した老舗旅館「陣屋」などの例が掲載されている。そして、ここで挙げた三社に共通しているのが、自社開発したシステムをクラウド・サービスとして外販しているという点である。

 いずれのケースもそのストーリーは似通っていて、「自社ビジネスのコア部分をIT化するために試行錯誤したが、既存のソフトやサービスでは満足いく結果が出せず、自社開発することにした」というのがおおよその流れである。

 業務アプリケーションの自社開発は、大企業なら珍しくもないが、中小企業には荷が重いと思われるかもしれない。だが、その敷居を低くしてくれたのもクラウドだ。

 従来、自社開発したアプリケーションは、オンプレミスのサーバーで運用するのが一般的だった。当然、それなりの設備投資が必要だし、運用には手間とコストがかかる。だが、クラウドを基盤とすれば、インフラを持たずにアプリケーション開発に集中できる。このことは、人材と予算が限られる中小企業にとって、大企業以上のメリットをもたらす。

 さらに、クラウド上で開発したシステムは、他社向けのサービスとして作り変えることも容易だ。従来、独自アプリケーションの投資対効果は、業務効率化によるコスト削減や、自社ビジネス強化への貢献度などで測るしかなかったが、サービスを外販できれば、それ自体を収益源とする道も見えてくる。

 業務効率化を検討する中で、「既存のソリューションではうまくいかない」となったとき、これを厄介事と捉えるか、チャンスと捉えるか。日本には中小企業が山程あり、自社と同じ悩みを抱えている企業は必ずいる。安易な皮算用は禁物だが、うまくニーズを捉えることができれば、自社にとってのITを「カネがかかるもの」から「カネを生み出すもの」に変えることができるかもしれないのだ。