罰則付きの働き方改革関連法案がこの4月に施行されることを受け、働き方改革の推進がいよいよ法制面からも企業に求められることになった。だが、すでに着手しながらも、どう進めるべきかにいまだ悩む企業も数多い。そこでの疑問をひも解く貴重な資料の1つが、改革の“進め方”に焦点を絞ったリクルートマネジメントソリューションの「働き方改革の推進に関する実態調査」だ。企業は何に、どう取り組み、どれほどの成果を上げているのか。また、取り組みの進化に向け、具体的にどんな方策を講じるべきなのか。

成果が出せる働き方改革の進め方とは?

 生産年齢人口が減少する中での持続的な成長のために、大企業を中心に中堅・中小企業にも裾野が広がる「働き方改革」。時間外労働時間の上限を定め、これを超えた場合の刑事罰も盛り込まれた働き方改革関連法案がこの4月に施行されたことを受け、法令順守の観点からも取り組みが今後、さらに加速することは確実だ。

 ただし、働き方改革の道のりは平坦ではない。その大きな理由が、働き方改革と一言で言っても目的や施策はいくつも存在し、かつ、それらが相互に関連しあっているために、取り組みの“深化”が一筋縄ではいかないことだ。事実、「取り組んではいるが、期待ほどの成果は上がっていない」との声も少なからず聞かれ、何を、どう進めるべきで戸惑う企業はいまだ数多い。

 その点を探るために、リクルートマネジメントソリューションは働き方改革の“進め方”に焦点を絞った「働き方改革の推進に関する実態調査」を実施。その結果を基に、同社は3月14日、働き方改革の現状と、目指すべき改革の進め方に関する説明会を開催した。なお、調査は従業員300名以上の企業に対して実施し、161社から回答を得たものである。

「働きやすさ」も「働き甲斐」も道半ば

リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 研究員 藤澤理恵氏リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 研究員 藤澤理恵氏

 企業の働き方改革は現在、どんな状況にあるのか。調査ではまず、「労働生産性の向上」と「働き方の柔軟化、組織の多様化」という目的別に施策を分類し、それらの導入率を尋ねた。すると、「労働時間管理・指導」「業務改善・効率化」などの生産性向上施策や、「均等処遇」「育児と仕事の両立」などの多様化施策の導入率が高い一方で、「働く場所/時間/所属の柔軟化」などの柔軟化施策の導入率は総じて低かった。また、同じ生産性施策でありながら、「組織・事業のデザイン」「生産性基準の評価」の導入率は低い。

労働生産性の向上施策の導入率(出展:リクルートマネジメントソリューション) 労働生産性の向上施策の導入率(出展:リクルートマネジメントソリューション)
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働き方の柔軟化、組織の多様化施策の導入率(出展:リクルートマネジメントソリューション)働き方の柔軟化、組織の多様化施策の導入率(出展:リクルートマネジメントソリューション)
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 これらを踏まえ、リクルートマネジメントソリューションズの組織行動研究所で研究員を務める藤澤理恵氏は、「企業の社会的責任が働き方改革を牽引しており、競争力向上これから」と現状を解説した。

 施策の効果については、「労働時間抑制」を実感している企業は半数弱。また、「生産性向上」は約3割、「従業員のライフキャリアの質的改善」も約2割、「メンタルヘルス改善」は1割にも満たず、「働きやすさも働きがいも、いまだ道半ば」(藤澤氏)であるようだ。

働き方改革施策の効果実感の調査(出展:リクルートマネジメントソリューション)働き方改革施策の効果実感の調査(出展:リクルートマネジメントソリューション)
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 では、何が働き方改革を阻んでいるのか。代表的な要因として藤澤氏が挙げたのが「マネジャーが忙殺されてしまうこと」だ。

 「改革には既存業務や商慣習の見直しが必要となり、それを現場で担うのがマネジャーです。ただし、負担の大きさから本来業務に支障を来たしたり、自部署だけでは見直しが困難だったりといったことが挫折の一番の原因になっています」(藤澤氏)。

 また、働き方の選択肢が増えても、社内的な不公平感や自己の理解不足から現実的に選べないことも課題として挙げられた。

改革を加速させる3つの要因

 ただし、こうした問題に直面しながらも、改革に向けた追い風も吹いているという。導入で先行する生産性の施策では、「業務フロー改善」「効率化知識・スキル教育」「時間当たり生産性の評価」などの今後の導入意向が3割を突破。藤澤氏は、「中でも生産性の評価は難しい。ただし、これを欠いては、“出来る”人ほど仕事が集まることで不公平感が高まり、仕事への意欲も削がれてしまいます。生産性評価への関心の高まりは、その点を認識したうえで、改革により注力しようという企業の意欲の表れなのです」と指摘する。

 また、柔軟化を阻む要因として、社員に働き方を任せることに対する管理面の不安があるが、「柔軟化の施策が不足する企業では、たとえ効率化施策が実施されても、生産性が上がりにくいことが今回の調査で明らかとなりました」と藤澤氏は指摘。その原因は柔軟性の乏しさが現場主体の改善を阻むことと推察されるが、このことが認識されれば、生産性施策と同様、柔軟化施策の導入意欲の高まりを期待できるだろう。

生産性施策と柔軟化施策の導入数と効果実感度数。生産性と柔軟化の施策をバランスよく導入することで相乗効果が期待できる(出展:リクルートマネジメントソリューション)生産性施策と柔軟化施策の導入数と効果実感度数。生産性と柔軟化の施策をバランスよく導入することで相乗効果が期待できる(出展:リクルートマネジメントソリューション)
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 そのうえで、藤澤氏が今後の改革で鍵を握るものとして挙げたのが“組織開発”だ。働き方改革は慣れ親しんだ仕事の見直しを伴うために社員の意識変革が不可欠であり、その原動力となる社員の達成感は、職場のチームワークや仕事の責任によって大きく変わってくる。

 「改革の目的のあいまいさは、改革疲れや抵抗勢力の出現につながります。しかし、顧客価値の向上を目的とした組織作りを通じて、そうした状況を回避でき、変革への意欲を自然と喚起することも可能になります。そのためには、『なぜやるのか(Must)』『やれそう(Can)』『やりたい(Will)」の視点も織り込んだ目的設定がポイントになります」(藤澤氏)。

労働時間ではなく仕事を減らして共感を獲得

リクルートマネジメントソリューションズ シニアコンサルタント 武藤久美子氏リクルートマネジメントソリューションズ シニアコンサルタント 武藤久美子氏

 藤澤氏に続き、リクルートマネジメントソリューションズでシニアコンサルタントを務める武藤久美子氏が、目指すべき働き方改革の進め方について解説した。

 武藤氏によると、働き方改革の取り組み方は、(1)社会的責任のみを目的に進めるパターン、(2)(1)から始めて従業員のライフキャリアの改善も目指すパターン、(3)(1)から始めて自社の競争力向上を目指すパターンの3パターンに大別されるという。ただし、藤澤氏が指摘した追い風や組織開発の欠如ゆえに、企業の働き方改革の大半は(1)にとどまり、(2)は少数、(3)に至る企業はほぼ皆無なのだという。

働き方改革の進め方の3つのパターン(出展:リクルートマネジメントソリューション)働き方改革の進め方の3つのパターン(出展:リクルートマネジメントソリューション)
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 こうした状況にあって、改革を着実に高度化させているモデルケースとして武藤氏が紹介したのが住友林業だ。その原動力となっているのが、組織開発への先進的な取り組みである。

 住友林業の働き方改革の出発点は、ハウスメーカー特有の休日出勤の多さを踏まえた労働時間の適正化であったという。ただし、「社員には顧客に良い商品を届けるために土日も働いているという意識があり、その正当性から労働時間の短縮は当初、社員に受け入れられませんでした」(武藤氏)。つまり、組織開発の目的を適切に設定できていなかったわけである。

 状況の打開のために、住友林業では目的を「顧客に価値を与えること」に再設定し、顧客への価値提供につながらない仕事を減らすことで業務量を減らす方針に転換。そのための業務効率化ツールとしてRPAを、働き方の柔軟化ツールとしてタブレット端末を導入するとともに社員の人事考課も生産性評価を取り入れ、賞与に反映させるよう見直したのだ。

 結果、100台のRPAにより約30の事務作業が自動化されることで月間180時間以上の人的作業が削減され、子どもの病気などによる女性社員の急な休みにも容易に対応できるようになった。また、タブレットによるモバイルワークで直帰が可能になることで、残業時間も約20%削減されている。

住友林業における働き方改革。「顧客に価値を与えること」を目的に再設定し、導入施策を決定した(出展:リクルートマネジメントソリューション)住友林業における働き方改革。「顧客に価値を与えること」を目的に再設定し、導入施策を決定した(出展:リクルートマネジメントソリューション)
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現場では対応しきれない課題の解決法

 住友林業の取り組みは次の3点で、他社でも大いに参考になると武藤氏。1つ目は、PCのシャットダウン時間の設定など、仕事の“枠”を事前に固めていることだ。働き方改革を進めるには働き方に関する一定の裁量を社員に与える必要があるが、「それが過ぎれば社員が不必要に悩む状況に陥りかねません」(武藤氏)。それを避けるために、譲れない線を明確に提示することが“肝”になるのだという。

 2つ目は、社員が自ら希望するであろう活動が、改革の中に事前に用意されていることだ。これを欠いては会社からの押し付け感が先行し、改革への意欲も盛り上がりにくい。

 3つ目は、全社的な改革に向けた体制面の工夫だ。住友林業では業務効率化に向け、本社からの通知やメールを定量的に把握したうえで、支店レベルで解決できない改革の課題について、本社の委員会か検討する推進体制を敷いた。組織をまたぐ業務変更は現場の努力だけでは困難なことがほとんどだ。それを断行させるには、トップダウン型の支援も不可欠となる。

 これらを説明した後、武藤氏は「働き方改革に真正面から取り組みがちですが、傍流から始めるのも一つの手です。専門性を持つ経験豊富な社員と契約するエキスパート制度などを利用することで、ダイバーシティが進み、働き方の多様化も見込むことが可能です」とアドバイスを述べ発表を締めくくった。