[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

ドイツで有望なAIスタートアップが次々出現、ただし根源的な課題も:第3回

2019年7月29日(月)麻生川 静男

グローバルITトレンドの主要発信源と言えば、やはりハイパースケーラー群を筆頭に有力IT企業がひしめく米国で、ゆえにこの分野の海外ニュースは米国発に偏りがちである。しかし本誌の読者であれば、自動車、電機、運輸、エネルギーといった世界をリードする各産業でITの高度活用に取り組む欧州の動きも追わずにはいられないだろう。本連載では、ドイツをはじめとした欧州現地のビジネスとITに関わる報道から、注目すべきトピックをピックアップして紹介する。

 ドイツは製造業で世界トップレベルにあるが、 今をときめくAI分野でもリーダーの地位にいるかというと答えはノーである。スタートアップ/ベンチャー企業の資金調達や業界動向に詳しいCB Insightsの調査によると、AI分野の世界トップ100スタートアップのうち77社までが米国ベースの会社だという。だが、ここにきてドイツでも有力なAIスタートアップがいくつか現れている。今回は、そんな注目のドイツAIスタートアップの紹介、そしてドイツのスタートアップ/ベンチャー業界が抱える課題について説明する。

ドイツ国内でAIスタートアップが急伸

 Business Insiderドイツ版によると、最近、ドイツでもAIスタートアップが急激に伸びてきていて、なかでも、ミュンヘン工科大学の産学連携の強さは同国内でもトップクラスであるという。同大学のイノベーション部門の中核を担う「Applied AI」にはすでに214社のAIスタートアップが登録されている。それらに対して2009年から現在までの10年間に投資された資金は合計で12億ユーロ(約1500億円)に達し、2025年までの追加投資は30億ユーロ(約4000億円)という規模だが、これでもまだ少ないという。

 4000億円規模の投資というとかなり大きいようだが、同メディアはこれを中国と比べている。中国のユニコーン企業の1つ、センスタイム(SenseTime、商湯科技)はディープラーニング(深層学習)を応用した顔認識技術で有名であるが、2017年の1年間だけですでにアリババやクアルコムなどから約22億ユーロ(約3000億円)近い投資を受けている。これを見ると確かに、ドイツのスタートアップ/ベンチャーたちが、わが国のベンチャーキャピタル(VC)の投資規模が小さいと嘆く理由もよくわかる。

 ドイツのAIスタートアップは、ミュンヘンとベルリンの2都市に集中している。両都市とも、人口が多いだけでなく、トップクラスの工科大学がある。同国の製造業は南部(バイエルン州とバーデン=バーデン(バーデン=ヴュルテンベルク州)が中心であるので、ミュンヘン工科大学は基盤の製造業との連携が取りやすい地理的条件にあると言えよう。

注目のドイツAIスタートアップ5社の取り組み

 ここで、ドイツにおいて注目が集まっているAIスタートアップを5社紹介しよう。

Twenty Billion Neurons(20bn):AIチャットボット

 Twenty Billion Neurons(20bn、https://20bn.com/)は、AIチャットボットアプリを開発するベンチャーである。2015年に創立され、ドイツ・ベルリンとカナダ・トロントに拠点を構える。すでに米国のベンチャーキャピタルから1100万ユーロ(約14億円)の投資を受けている。

 同社のWebサイトにアクセスするとMillie(ミリエ)という名のアバターが現れ、顧客に声をかけて要望を聞き出し、売り場や製品の紹介など、適切な情報を示すデモを見ることができる(画面1)。

画面1:Twenty Billion Neurons(20bn)のWebサイト
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 核になるのは音声認識や音声合成技術だが、顧客と接するアバターのインタフェースも重要だ。Millieアバターの動作は、実際の販売員の動作を録画したデータを使ってトレーニングし、人間のような自然の動作をすることができる。アバターに人間的な要素を付加することで顧客が親しみを感じやすくさせている。

DeepL:自動翻訳

 DeepL(https://www.deepl.com/translator/)はドイツ一流紙のフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(Frankfurter Allgemeine Zeitung)から「ドイツ最強のベンチャー」と評される、ケルンに本拠を構える自動翻訳のベンチャーだ。2009年に、Lingueeというサーチエンジン用の翻訳システムで創業。その後、じわりじわりとアマゾン、グーグル、マイクロソフトはじめ大企業の翻訳部門に食い込んでいった(画面2)。

画面2:DeepLの自動翻訳インタフェース
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 現在、DeepLで利用可能な翻訳言語の総組み合わせ数は72で、自動翻訳市場で14%のシェアを占めている。この市場では「Google翻訳」が有名であるが、Web上で公開されているベンチマーク結果をみると、DeepLの翻訳精度はGoogle翻訳より高い。ただし現時点では、対象言語の中にはまだ日本語が入っていないので、日本語翻訳に関してはどの程度の出来栄えなのかはわからない。

Merantix:AI研究開発コンソーシアム

 ベルリンに本拠を置くMerantix(https://www.merantix.com/)は、AIに特化した技術開発を行っている。開発した技術を事業化するため、当初は社内の1部門として運営するが、機会を見て独立させるというのが基本構想で、「10年以内に10社を設立する」という目標を掲げる。現時点では、MXHealthcare 、MX Automotive、MX Labsの3社が設立されている(画面3)。

画面3:MerantixのWebサイト
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 ファウンダーの1人、ラムス・ローテ(Rasmus Rothe)氏は中学・高校時代からすでにドイツのAI研究所で働いていたという天才児だ。その後、オックスフォート大学、プリンストン大学でAIの研究に携わった後、スイスの名門チューリッヒ工科大学(ETHZ)で学位を取った。学術的業績もさることながら、ビジネス面でもすでに14歳にして最初の会社を設立した実績を持つ。

●Next:AIデータ自動ラべリングやロボットティーチングのスタートアップも

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