[オピニオン from CIO賢人倶楽部]

「狂騒」ではなく「競争」、そして「協奏」へ

オリックス生命保険 チーフイノベーションオフィサー兼CISO 菅沼重幸氏

2019年8月5日(月)CIO賢人倶楽部

「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システムの取り組みの重要性に鑑みて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見を共有し相互に支援しているコミュニティです。IT Leadersは、その趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加しています。同倶楽部のメンバーによるリレーコラムの転載許可をいただきました。順次、ご紹介していきます。今回は、オリックス生命保険 チーフイノベーションオフィサー兼チーフインフォメーションセキュリティーオフィサー 菅沼重幸氏のオピニオンです。

 「Timeline of Emerging Science and Technology」というチャートをご覧になったことがあるでしょうか? 英国の公立研究大学インペリアルカレッジロンドン(Imperial College London:ICL)が2014年に発表したもので、一般公開されているPDFファイルをこのURLから直接参照可能です(https://www.nowandnext.com/PDF/Timeline%20of%20Emerging%20Science%20and%20Technology.pdf画面1)。ご覧いただいたうえでこのコラムを読んでいただけるとよいかと思います。

画面1:Timeline of Emerging Science and Technology(出典:英国インペリアルカレッジロンドン)
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 どういうチャートかを説明しますと、まず科学技術を5つの領域「Green-tech(環境系科学技術)」「Bio-tech(バイオテクノロジー)」「Digital-tech(デジタル技術)」「Nano-tech(超微細〈ナノ〉技術)」「Neuro-tech(神経学応用技術)」に分類。それぞれの領域で研究開発が進められている具体的な技術(キーワード)を、「現時点で実用となる技術」「実用性がある技術」「将来利用可能のある技術」というタイムフレームでマッピングし、相互の関連性を示したものです。

 想定した時間軸は、2014年から2030年以降です。一見、複雑ですが、例えばDigital-techを見てみると、次に来るキーワードやGreen-techなど他の領域との関係についてよく検討されていることが分かります。

 このチャートを見て皆さんはどのように解釈するでしょうか? 科学や技術に関心のある人であれば、おそらく素直に内容を解釈理解し、現在起きていること、そこに適用される技術が何か、その可能性はどのような関連をもって流れていくのかを結構楽しく読めるのではないかと思います。未来を予測すること、あるいは読み解くことは簡単ではありませんが、外れることも含めて研究としては楽しい作業です。

 一方、我々はビジネスの世界で生きているわけで、科学や技術のキーワードに踊らされるわけにはいきません。現実問題としてビジネスとして価値を創造し、それをお金に換え、利益を得ることが重要です。IT部門の仕事、あるいはCIOと呼ばれる人たちに求められる役割は、未来の方向感を見極めながらも、利用可能な科学や技術をいかに有効に使いこなしていくかだと考えています。つまりこれら新しい科学であったり新しい技術であったりを、適切な時期に適切な費用で最大効果を発揮できる形で利用することになります。

「適切」に理解し、判断することの難しさ

 この「適切」と言う言葉が結構やっかいです。適切であるためには、その技術が枯れていなければならないのか、それとも可能性を信じて早期に導入するのか、はたまた横睨みで導入タイミングを図るのか──確かに悩ましいところです。特に近年の情報技術革新の速さとその応用範囲の多様化や広がりは、悩みを増大させるものになっています。

 例を挙げましょう。「膨大な画像から深層学習技術を使って、新たな画像から猫が猫であることを認識できるようになった」とグーグルが宣言したのは2012年半ばでした。YouTubeにアップロードされている動画から、猫とタグ付けされている画像(200×200画素程度で、猫でない画像も含む)を約1000万枚使って、1000台のコンピュータで3日間の学習期間を経てニューロンのネットワークを形成させ、認識エンジンに仕立て上げたことは有名です。

 さて、ではこの時点で機械学習ベースの画像認識エンジンを猫専用ではなく、汎用の認識エンジンとして利用できるはずと判断したCIOはいたでしょうか? おそらく技術に明るいCIOでも可能性についてはワクワクするものの、対費用効果の点では二の足を踏むのが普通でしょう。そもそも一般企業が学習元となる膨大な画像を独自に集めるのは困難ですし、それを処理するコンピュータ資源を用意するのも現実的ではありません。

 翻って7年が経過した2019年の状況を見てみましょう(そう言えば、7年って昔ドックイヤーなんて言っていましたね! 最近はそのサイクルはもっと短いのですが)。ある意味で画像認識は当たり前の世界になっています。生体認証システムとしての顔認証から、犯罪捜査あるいはその予防のための画像認識、振舞い検知から自動チェックアウトシステム……。Amazon Goのような無人店舗まで普通になろうとしています。裏側の仕組みは機械学習と深層学習で7年前とそう変わりませんが、 ハードウェア(H/W)アクセラレータが進化するなどして学習単価は劇的に安くなりました。単価の実計算はしていませんが、対投資効果として見合うところまで来たことの証明でしょう。

「ITで何ができるのか」ではなく、「何をするか」を追求

 数年前に調べたことがあるのですが、基底部分のコンピューティングコストだけをとらえても費用対性能比(コストパフォーマンス)は5年で10分の1~50分の1になるトレンドが継続しています。ストレージもメモリー同様に単位価格が5年で10分の1~20分の1です。まさにデフレの象徴です。これをまさに「適切」に使えば、ボトムラインを効率化するための生産性向上にも寄与しますし、トップラインを伸ばすための飛び道具を手に入れることもできるわけです。

 では、これを「適切」に使いこなすために、CIOには何が求められるのでしょうか? 大きくは、3つの要素があると考えられます。第1に、当然のことながら、自社のビジネスモデルの中でどの領域にIT技術を使うのかが一番大きな要素になりますし、攻守にわたって戦略的かつ俊敏になることが求められます。第2に、利用可能な技術を正しく評価することで、自社の生産性向上にどのように寄与させるのかを自身で考えること。そして最後の要素はタイミングです。

 第1の要素はデジタルトランスフォーメーションにも代表される、ビジネスモデルの変革領域です。それぞれの企業にはそれぞれのビジネスコア領域があります。コア領域を加速的に進化拡大させるITもあるでしょうし、コア領域を意識的にシフトさせる、あるいは他のコア領域を侵食させるためのITもあります。別の言い方をすると新しいビジネスモデルの創出にもつながります。

 ITで何ができるのかを考えるのではなく、何をするのかが重要になるのです。そもそも現在は産業構造の主軸が製造・流通・小売のサプライチェーンの生産性はもちろんのこと、販売・マーケティングにデジタルシフトしているわけですから、そこでの効率化そのものが新しいビジネスモデルそのものに当たることにもなります。

 ところが、です。第2の要素に挙げた、利用しなければならない、あるいは利用すべき技術を正しく評価できないとしたら問題です。前提になるのが技術の理解ですが、それをせずに表面上だけの機能性評価のみに終始するようなら、常に後追いになり、時代の変化に遅れ、競争力を棄損し、最後には淘汰されてしまいかねません。

 注意すべきは、技術そのものの理解と技術の持つ可能性の理解の違いです。前者は不要という考えもありますが、筆者はそうは思いません。技術の可能性を正しく理解するには、基礎になっている技術の理解は必須ですし、それがあってはじめて、自身で考え抜くことができるのではないでしょうか。その結果として技術を導入あるいは適応するタイミングも判断できることになります。

●Next:経済的生産性をサイクルでとらえると見えてくるもの

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