[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

GAFAへの危機感あらわに─ドイツ政府が欧州クラウド/データ基盤構想「GAIA-X」を発表:第8回

2019年11月28日(木)麻生川 静男

2019年10月29日、独ドルトムントで開催されたデジタルサミットで、独連邦経済エネルギー大臣のペーター・アルトマイヤー(Peter Altmaier)氏が新しい欧州クラウド/データインフラ構想「Project GAIA-X(ガイア-エックス)」を発表した。構想の背景に何があり、何を目指しているのだろうか。

画面1:独連邦経済エネルギー省・独連邦教育・研究省はプロジェクトGAIA-Xの要覧を公表している(https://www.bmwi.de/Redaktion/EN/Publikationen/Digitale-Welt/das-projekt-gaia-x-executive-summary.pdf)

 「Project GAIA-X(ガイア-エックス)」については、すでに現地メディアが多く報じているが、日本のメディアではほとんど報じられていない。本稿では、独連邦経済エネルギー省のWebサイト(ドイツ語英語)にある公式情報をベースに、現地メディアに寄せられた声もピックアップしながら概要をお伝えしよう。

 Gaiaとはギリシャ神話に登場する地母神(大地の母)のことで、カオス(混沌)から生まれたと言い伝えられている。筆者の勝手な想像だが、ドイツ(のみならず欧州)人は、現在のインターネットはカオスであり、新たに秩序だったネットワークを必要だという意味を込めているのかもしれない。また、大河アマゾンと大地ガイアの対比はあからさまに、クラウド界の巨人AWS(Amazon Web Services)に対抗すべく立ち上がるヨーロッパ連合の構図を想像させないだろうか。

 邪推はさておき、独連邦経済エネルギー省が公開しているプロジェクト要覧(英語版画面1)は、GAIA-Xを「A Federated Data Infrastructure as the Cradle of a Vibrant European Ecosystem」と説明している。訳すと、活気のある欧州エコシステムのクレードル(揺りかご。ここでは下支えする基盤といった意味)としての連合データインフラストラクチャ」となる。

 この要覧に、プロジェクトGAIA-Xの目的は、「欧州エコシステムの成長の源泉となる、使いやすく、競争力のある、安全で信頼できる連合データインフラを整備すること」とある。その連合データインフラのネットワーク基盤を、クラウドインスタンスとエッジインスタンスの連合構造(federalised structuring)で構築し、これによって、デジタルトランスフォーメーション(DX)時代に、欧州のクラウドサービスプロバイダーのスケーラビリティと競争力の両方の強化がもたらされる、としている。要覧によれば、GAIA-Xは以下の7つの原則に基づいている。

(1)欧州のデータ保護
(2)開放性と透明性
(3)信頼性と信頼
(4)デジタル主権と自己決定
(5)自由な市場アクセスと欧州の価値創造
(6)モジュール性と相互運用性
(7)使いやすさ

 こうした壮大なプロジェクトの目的に向かうには、ドイツ・欧州の政府や企業が一体となりインフラ構築に参画する必要がある。民間では、すでにボッシュ(Bosch)、SAP、ドイツテレコム(Deutsche Telekom)、ドイツ銀行(Deutsche Bank)、シーメンス(Siemens)のようなドイツ・欧州を代表する大企業、それにドイツ南西部の中堅企業フェスト(Festo)が名を連ねている。

 また、フランスも、GAIA-Xには積極的で、フランスの大手ITコンサルティング会社のアトス(Atos)が参加する。計画では 2020年の第2四半期に技術的な実証実験を終え、2020年末までに本格的な運用を開始するという。

プロジェクトGAIA-Xの背景

 そもそも、インターネットは物理的な国・地域に拠らず、あまねくアクセスして利用できるもののはずだ。なぜ、欧州限定のクラウド/データ基盤を必要とするのだろうか。プロジェクトGAIA-Xの背景として次の3つが挙げられる。

CLOUD法制定によるリスク

 2018年3月23日、ドナルド・トランプ米大統領の法案への署名により、米国でCLOUD法(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act:データの合法的海外使用の明確化に関する法)が成立した。米国事業者が運用するサーバーに格納したデータは、その設置場所に関係なく、米国政府の要求があればデータ内容を開示する義務を負うという法だ。

 2013年、米政府当局が麻薬取引の捜査令状を取り、米マイクロソフトがアイルランドのサーバーに格納されたメールデータの開示を命じるも、同社はそれを拒んで係争になった。この事案がCLOUD法のきっかけと言われていて、法の成立により、米当局が法執行の目的で国内外を問わず開示を請求し必要なデータにアクセスできることが合法化された。なお、当局と係争状態にあったマイクロソフトやアマゾン・ドットコム、グーグル、アップルといったメガプラットフォーマーや主要IT事業者は同法支持の立場を取っている。

 このCLOUD法の成立を警戒するのは、GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)/GAFAM(GAFA+Microsoft)をはじめとした米国事業者のクラウドサービスを日頃利用するドイツならびに欧州企業である。自社の顧客情報や機密データが米国側にアクセスされる可能性が出てきたからだ。

データアクセス遮断のリスク

 トランプ米大統領は2019年8月5日、ベネズエラに対する資産凍結などを含む経済制裁を命じた大統領令を発令した。それに従い、米アドビシステムズ(Adobe Systems)はベネズエラからのアクセスを2019年10月28日以降、全面的に遮断すると発表した。この処置により、インターネット経由でAdobeのサービスがまったく受けられなくなったベネズエラの企業や市民は、ビジネスと市民生活の両面において多大な不利益と不便を強いられた。この事案も、米政府の支配下にあるインターネットに依存する危険性を知らしめることとなった。

ビッグデータ活用で米国と大差

 AWSやMicrosoft Azure、Google Cloud Platform(GCP)のようなIaaS、FacebookやTwitterなどのSNS、アップルのiPhoneやiPad、グーグルのAndroidスマートフォン……米国のグローバル事業者がクラウドを介して提供するサービスは、ドイツ・欧州企業でも多数の利用がある。特に、AWSを筆頭とするメガクラウド事業者勢は、世界中の顧客企業が日々のビジネスで生み出す膨大なデータを蓄積し、これらビッグデータに高度な解析を行うことで、さらに価値の高い洞察を得て莫大な利益を上げている。

 ここでは、ビッグデータを解析するメリットが自社のデータだけからでは得ることができないというのが重要なポイントだ。ドイツや欧州にGAFA/GAFAMのようなメガプラットフォーマー/クラウド企業が存在しないということは、将来的にもビッグデータ解析の旨みは得られないということになる。自分たちのビジネスが生み出したデータでありながら、その解析は米国勢に牛耳られている構図だ。

 これらからわかるように、インターネット上のデータ蓄積やビッグデータ活用に関して、ドイツ・欧州企業は完全に米国巨大企業の足下に及ばないどころか、支配下に置かれているというのが今の状況である。ここに危機感を持って現状を打破しようとするのがプロジェクトGAIA-Xというわけだ。アルトマイヤー大臣の発表では、ドイツ政府はGAIA-Xを主導する立場として今後プロジェクトに100億円以上拠出するという。

●Next:政府サイドの意気込みと裏腹に、GAIA-Xへの期待は低い?

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