[ザ・プロジェクト]

“動く”証券窓口でどこでも株取引、顧客視点で新チャネル創出に挑む─カブドットコム証券

ザ・プロジェクト 第3回

2008年12月24日(水)川上 潤司(IT Leaders編集部)

カブドットコム証券は2008年10月、「移動営業所」を開設した。これは、トラックで顧客のもとへ行き、口座開設や株式の受発注といった窓口業務を提供するという新たな顧客チャネルだ。これまで例のないサービスを実現させたのは、最新の通信技術と未知の分野への挑戦を恐れない担当者の熱意だった。(聞き手は本誌編集長・田口 潤)

中島 俊一氏

「顧客の考えていることを ビビッドに知りたい」

中島 俊一
カブドットコム証券 常務執行役 営業統括部部長

2007年に三菱UFJフィナンシャル・グループ執行役員リテール業務企画部長 兼 三菱東京UFJ銀行リテール業務部長に就任。2008年から現職。同社の営業活動を全般的に統括している

 

谷口 有近氏

「利用できる最先端の技術を使う」

谷口 有近
カブドットコム証券 システム統括部 ITプロフェッショナルエバンジェリスト

2001年、ソフトハウスを退社しカブドットコム証券に入社。ネットワークやWindowsによる証券取引システムの基盤設計、構築、運用の全般に従事。現在は、開発と運用の垣根を越えてシステム基盤の改善に取り組んでいる

─ カブドットコム証券は、トラックを改造した移動型の営業所を開設。対面営業に乗り出したそうですね。

中島 はい。移動営業所といって、口座開設や株式の受発注、振り替えなど一連の証券業務をトラックの中で完結できるんです。顧客は車内に設置されたノートパソコンからインターネットに接続して、当社のネット取引サービスを体験することもできます。

谷口  車両の側面には大型ディスプレイを取り付けていて、リアルタイムの株価情報を外からも見られるようにしているんですよ。

─ 御社はこれまで、営業チャネルをインターネットに絞って業績を伸ばしてきました。ここへきて対面営業を開始した理由はなんですか。

中島 ネット専業ならではの悩みがあったからです。当社はこれまで、インターネットを利用しない顧客層にはなかなか接触できなかった。

─ そういうビジネスモデルですよね。

中島 しかし、貯蓄を投資に振り向ける動きが活発になるなかで当社が業績を伸ばすには、そうした顧客層を開拓する必要がある。移動営業所の開設に踏み切ったのは、そのためです。

来店を待たず顧客のもとに乗り込む

─ 今後はインターネットと移動営業所の2本立てで行くということ?

中島 いや、移動営業所の役割はWebサイトへの誘導と考えています。まずは、当社のネット取引サービスを知り、試してもらう。ここまでが、移動営業所です。その先は、顧客自身の手で自宅などから当社サイトにアクセスしてもらう。そういう流れを想定しています。

─ 移動営業所は、新規顧客を自社サービスに呼び込むきっかけという位置づけなんですね。

中島 既存顧客に対するサービス強化という狙いもあります。当社のサービスを使い続けてもらうには、営業担当者が顧客と対面して“ぬくもり”を届ける必要があると見ているんですよ。

─ 御社のサービスはむしろ、人と会わずにいつでも取り引きできるという利便性が支持されているのでは。

中島 それがね、投資セミナーを開くと、毎回500人くらいの顧客がわざわざ足を運んでくれるんですよ。これは「カブドットコムからのメッセージを、生で聞きたい」というニーズの表れだと考えています。私たちとしても、顧客の考えていることをビビッドに把握することで、サービスを改善していけますし。

─ 新たな顧客層の開拓や、既存顧客へのサービス強化を狙って移動営業所を開設した。しかし、対面営業ならリアル店舗という選択肢もあります。

中島 実店舗を構えるためには、膨大な初期投資に加えて固定費がかかります。それでは、当社の手数料体系ではペイしません。その点、店舗が車であればコストがはるかに安く済みますし、顧客のいるところにこちらから近づいていけるでしょう?

─ 店舗で顧客を待つのではなく、こちらから顧客のほうへ乗り込んでいく発想ですね。

谷口  はい。金融機関の各地の拠点と連携し、セミナーやイベント開催に合わせて出張させる予定です。社名を大きく描いたトラックが街中を走るわけですから、広告効果も期待できます。

図1 カブドットコム証券が移動営業所を開設した狙い

出荷前の技術を先行導入した

─ では、プロジェクトについてお聞きします。スタートはいつ?

谷口  正式にゴーサインが出たのは、2008年4月。完成車両の披露は、2008年10月初めと決めていました。

中島 2009年1月をめどに実施される株券電子化の前に、新規顧客を取り込んでおきたい。そのためには、なんとしてでもこのタイミングで新たなチャネルでの営業を始めたかったんです。

─ プロジェクト期間は半年だった。

谷口  はい。新車をフルカスタマイズするんですから、ぎりぎりの短納期でした。

─ フルカスタマイズといっても、車を発注してディスプレイを取り付け、パソコン機器や家具などを積むだけではないんですか。

中島 いやいや、それほど簡単な話ではないんですよ。先ほど申し上げた通り、移動営業所では証券会社の窓口業務をすべて提供します。これを実現するには、本店と同じ情報環境を車内に構築できるかどうかがカギでした。

谷口  求められたのは、単なる「営業担当者が移動するための派手な車」ではなかった。車の中が本店のファイアウォールの内側にあるイメージと言えば伝わるでしょうか。

─ となるとプロジェクトの実務を担当した谷口さんは、さぞ苦労したのでは。

谷口  最大の難所は、通信環境でしたね。移動営業所は様々な場所に移動することが前提ですから、固定回線の選択は現実的ではない。

─ 無線通信によるネットワークを構築しなければならなかった。

谷口  そうです。最初は衛星通信を考えました。でも、衛星通信は速度が遅くて料金も高いと感じた。何かほかにいい策はないかと調べていたところ、これはと思う技術が現れました。

─ どんな技術ですか?

谷口  3G(第3世代携帯電話)による通信機能を備えたルーターです。まだ出荷前の製品でしたが、メーカーに話を聞いたところ、このルーターを使えば高速で安全性の高い通信環境を低コストで構築できることが分かりました。

─ 3G通信が衛星通信に比べて高速で低コストというのは理解できます。安全性というと?

谷口  ルーターがネットワークの設定情報を集中管理するので、もしパソコンを盗まれたとしても社内システムに不正侵入されることはありません。

─ ルーターそのものを盗まれるかも。

谷口  ルーターは車両に直付けしていますから、盗むなら車両ごと盗むしかありません。ちなみに、車両にはGPSを搭載して常に位置を把握しています。

─ 盗難対策は万全というわけだ。その回線は、インターネットにも接続できるんですか。

谷口  いいえ、インターネットに接続するときは別の通信回線を使っています。先ほどの業務システム用とは別のメーカーですが、こちらもやはり3G通信機能を持つルーターです。当社には、業務システムのデータとインターネットから取得するデータを同じ回線に流さない、という社内ポリシーがあるんです。

─ 出荷前の製品を採用することに不安はなかったんですか。

谷口  利用できる最先端の技術を使い、もっと優れたやり方が出てきたらその都度変えていくという方針でした。

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