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新興市場から見えてくるアジア通信ビジネスの未来像

NetEvents 2009 アジア太平洋 プレスサミット

2009年8月4日(火)池田 将(コンサルタント/テックブロガー)

キャリアEthernet、通信システム・テスト・サービス、データパケットの重複排除……。今世紀の経済を牽引するアジアの新興市場では、労働人口の増加や産業転換から生じた情報流通の需要が、ネットワーク・インフラの拡大と革新に拍車をかけている。2009年6月初旬にシンガポールで開催された「NetEvents 2009 アジア太平洋プレスサミット」の内容から、アジアの通信ビジネスの最新動向を探ってみよう。

フォーシーズンズ・ホテル 会場となった、シンガポール・オーチャードにある、フォーシーズンズ・ホテル

NetEvents 2009 アジア太平洋プレスサミットの概要

会期:2009年6月4日〜5日
場所:シンガポール

アジアという新興市場で凌ぎを削る通信会社やサービスプロバイダのキーパーソンが集まり、今後のネットワーク・インフラや、その上で展開するビジネスについて活発な議論を繰り広げた。ラウンドテーブル形式での意見交換など、フランクな雰囲気の中にも熱気が溢れていたのが印象的だ。

2009年6月上旬、東京の仕事の合間を縫って、シンガポールへやってきた。シンガポールの空の玄関口チャンギ空港は、24時間営業のハブ空港なので、深夜や未明でも世界中のエアラインが離発着を繰り返している。夕刻に東京で仕事を終え、それからシンガポールへ飛んだとしても、チャンギ空港に到着するのは現地時間の深夜1時。ホテルで快眠の後、翌朝一番から難なく仕事ができるのだ。筆者もシンガポールへは深夜便を多用するのだが、今回も2時前には就寝、翌朝8時過ぎからカンファレンスに参加することができた。

世界各地では、さまざまなカンファレンスやイベントが開かれており、それにタイミングを合わせて、新製品やサービスの開始を表明する企業は少なくない。彼らは潜在顧客に対して、専門誌や業界サイトなどに広告を出稿し、認知度を高めようとしている。しかし、企業が将来展望をふまえてサービスを紹介したり、ユーザにサービスの内容を詳しく知ってもらったりするには、それだけでは不十分だろう。

その点、今回筆者が参加したNetEventsのプレスサミットは、プレゼンテーション中心のカンファレンスに比べ、よりブレイクダウンされたメニューで構成されていた。アジア各国のITメディアのジャーナリストと、通信会社やサービスプロバイダの責任者がテーブルを囲み、直接対話ができる機会が設けられているのだ。メディアの人々はここで得た情報を持ち帰り、誌面やニュースサイトなどで、読者に今後のアジアの業界動向の展望を訴えるわけだ。

タタ・コミュニケーションズの基調講演で幕を開ける

リーマン・ブラザーズ・ショックからの回復はまだ完全ではなく、昨年から今年にかけて、カンファレンスの主催者はスポンサーを集めるのに苦悩しているようだ。そうした中、NetEventsの創立者であるマーク・フォックス氏が自ら奔走して獲得してきたスポンサー、タタ・コミュニケーションズの企業向けサービス部門の長を務める、スニル・ジョシ氏が基調講演の壇上に立った。

タタといえば、我々にとっては、インドの自動車メーカー「タタ自動車」の名前で馴染みが深い。最近では、NTTドコモとのジョイント・ベンチャーで、「タタ・ドコモ」という携帯電話ブランドを立ち上げるなど、インド人の生活のあらゆる局面に浸透しつつある。

アメリカやイギリスなどの英語圏の企業のコールセンターが、ムンバイやバンガロールに置かれている事例は少なくない。今年、オスカーを射止めた映画「スラムドッグ$ミリオネア」には、主人公がコールセンターで、あたかもイギリスにいるかのように、顧客からの電話に応対するシーンがあるが、インド産業の現況を示す好例と考えてよいだろう。またインドは、衛星放送チャンネルで世界随一の数を誇る。インド国内における、放送や通信の需要増大は目覚ましく、次に、その活路をインド国外に求めようというのが、タタ・コミュニケーションズの経営戦略である。

基調講演後の名刺交換で、ジョシ氏に「あぁ、有名なインドの会社ですよね」と声をかけたら、彼からは「確かに、元はインドの会社だった。しかし、今ではグローバル企業と呼んでほしい」との答えが返ってきた。その意気込みの裏付けとでもいうべきか、アジア地域をターゲットとする企業向けサービス部門の本部はインドではなく、ここシンガポールに置かれている。

世界を結ぶ通信需要の多くは、NTTグループ、AT&T、ベライゾン、ドイツテレコムといった、日米欧のキャリアによって独占されてしまっているので、タタ・コミュニケーションズは同じ土俵で戦うことは、初めから考えていない。彼らが狙っているのは、1人あたりのGDPが比較的低く、年2桁の経済成長が見込まれる、メキシコ・中国・インドのような新興工業国である。これらの国々では、都市工業化が十分ではないので、企業も消費者も通信需要を新たに創出する可能性が高い。新興工業国は市場規模が十分でない分、企業は当然のようにビジネスをグローバルに展開しようとする。その動きを原動力として、タタも成長を遂げようという目論見だ。

写真1
写真1 会場には、アジアでの市場拡大を目指す通信会社や、サービスプロバイダ、アジア各国のIT専門メディアが集まった

キャリアEthernetが生み出す通信の未来

ロサンゼルスに本拠を置く、MEF(メトロEthernetフォーラム)は、シスコやルーセント・テクノロジーズ(現在、アルカテル・ルーセント)など、通信機器メーカー数十社によって、2001年に創設された、都市型のEthernetサービスの普及を働き掛ける団体だ。現在では、日本のNTTコミュニケーションズやKDDIなどの通信会社も加盟しており、Ethernetをベースとしたデータ通信サービスの規格の調整や普及活動に注力している。

MEFで重要な役割を担っている、通信システムのテスト専門会社イオメトリクス社の創業者のボブ・マンデビル氏が来場することになっていたが、急きょ予定が合わなくなったとのことで、代理で同社のケビン・ベイション氏がMEFの現況を説明した。

日本でも、インターネットが常時接続で使われ始めたころは、プロトコルはなんであれ、音声でもIPパケットでも一定帯域幅であれば、何でも流すことができる専用線が用いられていた。回線の両端にIPルーターをつければIPパケットを流すことができ、オフィスなどにインターネットを引き込むための足回り回線として広く利用されたものだ。後に、地域IP網(NTT地域会社のフレッツ網)が整備され、これが日本のインターネットのコストを革命的に安くし、使い勝手を向上させたことは記憶に新しい。

通信会社にとって、次世代の企業向け通信サービスの拠り所は、キャリア・イーサネットだ。IP網より下位のプロトコルレイヤー、L2(レイヤー2)でネットワークを構成することにより、離れた拠点同士をネットワーク的には同じセグメントに同居させることができる。さらに、キャリア・イーサネットを発展させた、インターコネクト・キャリア・イーサネットでは、複数の通信会社にまたがって接続することができるので、海外の拠点同士をあたかも隣室をつなぐかのように、安全で高速に接続することができる。

MEFが世界の通信会社と共に、今最も注力しているサービスが、このインターコネクト・キャリアEthernetサービスだ。1企業が世界をサービスエリアとしてカバーすることは効率的ではないし、海外現地の足回りは、地場の通信会社に自社ブランドでOEM提供してもらっているケースが多いのも現実だ。いっそのこと、航空会社がアライアンスを組んで便をコードシェアするように、通信会社同士も互いの利益を損なわない形でタッグを組もうという発想である。

ただ、飛行機のケースと異なり(もっとも、コードシェアで飛ぶと、機内食やサービスレベルが違うことはあるけれども)、ここで問題になるのは、通信会社にとっては、他社をまたいでサービスを提供する場合、サービス品質を保証するのは容易ではないということだ。インターネットではなく、わざわざキャリア・イーサネットを選択する顧客は、通信スループットやレスポンスなど、サービスに高い品質を求めている。この品質の問題をクリアするためには、サービスを提供する前に十分なパフォーマンス・テストを実施することが重要で、通信会社と顧客との間では、テスト結果を加味したSLA(サービスレベル契約書)が交わされることになる。したがって、イオメトリクス社に代表される通信システムのテスト専門会社の需要が、飛躍的に増大するだろうと考えられている。

写真2
写真2 モバイル・ブロードバンドについての専門家ディベイト。左からMEFのケビン・ベイション氏、ヤンキーグループのカミール・メンドラー氏、シスコのシャラット・シンハ氏、スピレントのアンガス・ロバートソン氏、アルカテール・ルーセントのヴィクター・ザン氏

世界でIPネットワークをテストし続ける、イクシア

通信システムのテスト専門会社であるイクシアからは、アジア太平洋部門の副社長を務めるナビーン・バット氏が、我々のミーティング・テーブルに現れた。

前出のイオメトリクスは、通信システムのパフォーマンス・テストのほか、MEFの活動を通じて、RFCなどインターネットの技術規約を定めるIETF(Internet Engineering Task Force)にも働きかけて、キャリアEthernet向けのRFCを新設したりしている。

他方、イクシアは1997年、米カリフォルニア州カラバサスに設立された。IPネットワークのパフォーマンスをテストするための機器の開発とそれを操作するエンジニアを養成し、ナスダックに上場、2002年には日本市場への進出も果たしている。

イクシアが提供するのは、通信会社やサービスプロバイダー向けのハイエンドなテスト・サービスであるため、顧客の求めに応じて、世界中からエンジニアを集めてチームを構成し、プロジェクトを推進するという形を採っているようだ。日本でも、NTT、KDDI、ソフトバンクの通信会社3社はイクシアの重要顧客にリストアップされている。今後は、クラウドコンピューティングやSaaSの需要の高まりを見越して、それらの分野のサービスプロバイダーのパフォーマンス・テストなども積極的に請け負っていくと述べた。

写真3-1
写真3-1 通信会社各社が加盟する、イーサネット通信サービスの提言を行う団体MEF(メトロイーサネットフォーラム)からケヴィン・ベイション氏(右)、MEFメンバーで、シンガポール国内でMEFの活動を支援している、シンテルの国内サービス部門長代理、リチャード・ボック氏
写真3-2
写真3-2 日本通でもある、テストサービス専門提供会社イクシアのアジア太平洋担当副社長、ナビーン・バット氏

まずは流れるデータを見直してみようという発想

日々、仕事でやりとりするデータのリッチ化が進み、企業のネットワークはますます逼迫してくる。ネットワーク管理者が通信会社と契約している回線帯域を増強させると、今度は経営層からコストを下げろ、という声が聞こえてくる。技術の進歩も手伝って、より少ないコストで、多くのことを求めるようになるのは世の常だろう。ネットワーク管理者の悩みを取り除く、1つの解となるかもしれないのが、リバーベッドのジョン・ヒッグス氏のプレゼンテーションだった。

そもそも、我々が誰かのデータをやりとりするとき、重複する部分が多くを占めている。たとえば、メールで考えると、誰かから来たメールの文章を引用し返信、さらにその引用に対する返信がなされると、同じ文章が3回はインターネット上を往来したことになる。同じようなことをデータパケットの次元で考えると、重複した内容のデータパケットは、かなりの量が飛び交っていることになる。

リバーベッドが提供するのは、企業のオフィスに同社開発の専用アプライアンスを導入し、そのようなパケットを複数拠点間で重複しないようにすることで、仮想的に通信パフォーマンスを上げようというものだ。彼らはこの技術を、WAN最適化(WAN Optimization)と呼んでいる。

拠点の両サイドにアプライアンスが必要になるので、広くインターネットを最適化するソリューションにはならないのだが(互いにピアリングしあっている、インターネット・サービス・プロバイダ同士などには応用できるかもしれない)、やみくもにリソースの帯域を拡大をするのではなく、流れているデータを検証し、ムダを取り除くという発想は実にエコロジカルで気に入った。同じような理由で、NetEventsの他の参加者も、リバーベッドのソリューションには、総じて好印象を持ったようだ。

転じて考えると、オフィスでファイルサーバーが適切に整備されていても、社員同士の情報のやりとりの過程で、1つのファイルが複数個所に散在してしまうのは皆が経験する。ファイルの散在は、情報の整理が煩雑になるのに加え、いくらハードディスクが安くなったとはいえ、TCOを管理する観点からは非効率的だ。企業のネットワークや情報システムの管理担当者は、日々の雑務に忙殺されて安易にリソースを拡張するのではなく、人の目や機器の力を借りて、サーバーやネットワークにあるデータを再検証してみる必要がある。

Wi-Fi都市、シンガポールの所見

数年ぶりにシンガポールを訪問して驚いたのは、街中の随所で無料インターネットが利用できたことである。おそらく、シンガポール政府の意向が働いていると思われるが、現地通信会社のシンテルとスターハブが中心となり、「Wireless@SG」というサービスを提供している。

冒頭に書いたチャンギ空港のことからもわかるように、シンガポールは交通のハブの座を獲得し、次は、NetEventsのような国際カンファレンスのハブになることも目指している。データ通信の国際ローミング料金は高価なので、iPhone や iPodTouch が普及した今日、街中で手軽に無線インターネットが使えるのは、カンファレンス参加者にとって実に便利なのだ。参加者の評判がよければ、「次の会合も、シンガポールで…」ということになる。こうして、東京でカンファレンスが開催される意味が、薄らいでしまうのかと感じた次第である。

最後に、今回のプレスサミットの開催に尽力された、マーク・フォックス氏に謝意を表したい。また、私のサミット参加をコーディネイトいただいた、ヘレン・ホイットワース女史、小澤譲二氏にも感謝する。

池田 将
コンサルタント/テックブロガー
http://digitalway.iza.ne.jp/
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