[市場動向]

「サービス化」への大きなうねり─米IT大手が買収に走るもう1つの背景

メガベンダーの買収戦略

2009年10月23日(金)山谷 正己(米Just Skill 社長)

IT業界ではハードからソフトへ、そしてソフトからサービスへという地すべりが進行している。さらに、雲(クラウド)の中での新しい競争も激しさを増している。こうした地殻変動が、大手ベンダーの買収合戦を加速させている。

ハードウェアからソフトウェアへ

ハード事業が、かつてのように儲からない時代になってしまった。だからそこに事業売却や企業買収が起こり得る。2004年12月にはIBMがパソコン部門に見切りをつけ、17億5000万ドルで中国のLenovo社に売却。ストレージのトップメーカーであるEMCもハード事業の将来性を案じてか、03年から06年にかけて、ソフト会社を次々と買収した(表A)。同社の08年度の売上高148億7000万ドルのうち、約40%はソフトのライセンス販売と保守サービスになっている。そして、ついにソフト企業がハード企業を買収する事例も出てきた。それが今年のOracleによるSun Microsystemsの買収である。

表A EMCが買収した主要なソフトウェア会社
時期 買収された企業 買収された企業の主な製品
2003年 Legato Systems バックアップソフト
Documentum 文書管理ソフト
2004年 VMWare 仮想化ソフト
Dantz バックアップソフト
2005年 SMARTS 資産管理ソフト
Rainfinity ストレージ仮想化技術
2006年 nLayers アプリケーション管理ソフト
RSA Security セキュリティ全般

もっとも、ハード企業とソフト企業とでは企業文化が異なり、すぐに相乗効果をものにするのは難しい面もある。Hewlett-Packard(HP)はMercury Interactive(テストツール会社)、Opsware(データセンター管理ツール会社)、EDS(SI会社)などを買収して、ソフト/サービス分野へも触手を動かしているが、まだ目立った成果は見えてこない。売上構成を見ると、ハード(サーバー、ストレージ、パソコン)が全体の77%を占め、依然としてハードへの依存率は高い(表B)。売上高でこそIBMを超えているが、利益率では先にソフト/サービスに舵を切ったIBMに及んでいない。

表B HPとIBM業績比較
2008年度 HP IBM
売上 1,183億ドル 1,036億ドル
経常利益率 9% 16%
売上に占める割合 ハードウェア 77% 19%
ソフトウェア 2% 57%
サービス 19% 21%
その他 3% 3%

IT業界を取り巻く経済状況の変化も買収戦略に影響を与えている。かつてのAppleやSun Microsystems、Cisco Systemsのようにガレージから始めた企業が、最新鋭の製品/サービスを提供したからといって世界的企業に急速に成長できる時代ではなくなった。インターネットブームが巻き起こった1990年代前半には、起業後に短期間でIPO(株式公開)にこぎつける例も多数あった。だが、ネットバブル崩壊に加え、ITのコモディティ化に伴って薄利多売を強いられるようになり、なかなか単独でIPOに到達するのは厳しい時勢になってきたといえよう。

事実、IPOにこぎつける例はあっても、以前より年数がかかる傾向にある(図A)。起業家たちもこうした情勢を理解し、創業後にある程度の規模に成長したら、買収してくれる企業を探し始めるようである。その買い手となっているのが、大手ITベンダーだ。

図A 主な企業の株式公開までの年数
図A 主な企業の株式公開までの年数

ソフトウェアからサービスへ

企業向けアプリケーションソフトの市場に目を向けると、目下、IBM、Microsoft、SAP、Oracleの四天王の寡占状態が強まっている。だがこの4社にしても安穏とは構えていられない。「所有」から「利用」というクラウドの潮流が出てきたからだ。

Oracleの売上高は過去5年間で2倍になった。この間、48社も買収したことが大きい。もっとも、09年会計年度(今年5月期)の業績報告によると、売上高232億ドル(前年比4%増)のうちソフトライセンスの新規販売ならびに保守サービスは共に前年比5%減となった。当期の第4四半期(3月〜5月)に限れば、ソフトライセンス販売は前年同期比13%減、保守サービスは同16%減。金融危機の影響もあろうが、ソフト販売と保守サービスだけに頼る時代が終わったことを暗示している。同社が最近になってクラウド市場への取り組みを本格的に始めたのも、これまでのソフト依存体質から脱却を図ろうという意識があるからに違いない。

こうした一方で、ソフトの機能をサービスとして提供するSaaSプロバイダは着実に業績を伸ばしている(図B)。過去1年の成長率を見ると、軒並み2桁成長を達成している。

図B SaaSプロバイダの成長
図B SaaSプロバイダの成長(単位:百万)

そのほか、バックアップ用途などのストレージ機能をサービスとして提供するData Domain社を巡っては、今年5月以降にNetAppとEMCが買収提案合戦を繰り広げた。結局、EMCが24億ドルで買収するに至ったが、この例は、サービスとして提供する対象がソフトのみならずインフラ領域にも拡大している時代を象徴している。

雲の上の新しい市場

こうした「サービス化」という大きなうねりの下、ITベンダーの買収劇の舞台は、今後ますますクラウド関連にシフトしてくるだろう。

「イノベーションは大企業からは生まれない」と言われるが、確かにIT業界でWeb 2.0の技術を巧妙に利用してSaaSやソーシャルネットワーキングをいち早く実用化してきたのはスタートアップ企業である。雲の上の市場では、新しいサービスを提供しようという新興企業が矢継ぎ早に生まれ、ベンチャーキャピタルがそれらに多大な投資を振り向けて後押しする(表C)。

表C 主なクラウド関連企業へのベンチャーキャピタル投資(単位:百万)
表C 主なクラウド関連企業へのベンチャーキャピタル投資(単位:百万)

顧客ベースを手に入れるための買収が一巡した今、テクノロジーやアイデアを基軸に競合他社を1歩でもリードするための買収がさらに広がるだろう。

山谷 正己
IT Leaders 米国特派員、米Just Skill社長/名桜大学客員教授
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M&A / IBM / Lenovo / HPE

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