[市場動向]

戦後パラダイムの終焉と霞ヶ関/自治体クラウドの行方

2009年11月20日(金)佃 均(ITジャーナリスト)

当たり前だが、近ごろ流行りの「クラウドコンピューティング」がすべての課題を解決するわけではない。むしろクラウドは、社会や経済の基盤を支えるエンタープライズ系システムの課題を浮き彫りにする。今回は霞ヶ関/自治体クラウドを例に、あるべきシステム像を探る。

2009年8月30日に行われた第45回総選挙で、自由民主党は296議席から119議席へ、民主党は113議席から308議席へと、振り子が大きく振れた。戦後50年の政治をほぼ一貫して支配してきた自民党の野党転落、民主党を軸とする連立内閣の発足を「一票革命」と称する向きもある。

自民党新総裁選びのゴタゴタは、予想外の大敗による呆然自失を端的に物語り、新政権が矢継ぎ早に打ち出した凍結と見直しに伴う混乱は、戦後初めての本格的な政権交代の軋みにほかならない。来年度予算編成が進む中で新しい枠組みが見え始め、政治の世界も落ち着きを取り戻す。新政権ばかりでなく、野党としての自民党の真価が問われるのは年明け以後だ。

さらにいえば、昨年の米国大統領選に始まった諸外国の政権交代、リーマンショックを契機とする世界同時不況、地球規模の温暖化とガス排出量抑制や貧富の格差是正などの動きは、戦後パラダイムの終焉を想起させる。焦点は、大量生産・大量消費を是とする経済モデルを、どのように転換していくかだ。

大企業向け優遇策の恩恵が中小企業に浸透し、それが給与というかたちで家庭や個人を潤すという“滴り型”の経済政策は、高度経済成長時代の性善説に立った政策モデルだった。バブル崩壊以後、大企業が中小企業の利益と就労者の潤いを吸い取って、戦後最高益をあげていることに、自民党は気がついていなかった。

ITの領域にも通底

この構図はIT産業、なかんずくエンタープライズ系の受託型情報サービス業にも通底している。多重下請取引によって、地域と中小規模の受託型ソフトウェア開発業は疲弊し、ITエンジニアは上昇意欲を喪失しつつある。手組みによるスクラッチ&ビルド型システム開発の非効率性に、多くの企業が気づいている。にもかかわらず、思い切った転換の機運は盛り上がっていない。

経済産業省の特定サービス産業実態調査によると、情報サービス産業の市場規模は約20兆円、就業者は約85万人。GDPの3%強、全就労者の1.5%前後を占める主要産業の1つだが、システムの信頼性や取引実態の“見える化”“見せる化”にようやく手が着いたところで、国際展開は今後の課題として残されたままだ。情報サービス産業協会(JISA)は垂直型多重下請構造から水平型分業・分散構造への転換を掲げるが、業界大手が拠って立つ垂直型多重下請構造を自ら改革していけるかとなると、疑問符がつく。

ユーザー側も同様だ。プライムITベンダーへの丸投げと、外国製パッケージに依存した基幹システムで、事業の継続性やコンプライアンス、ガバナンスを担保できるのか。1980年代に相次いで設立したIT子会社をどう位置づけるのか、ITシステムを自社運営すべきかアウトソーシングに踏み切るべきか─多くの企業が悩んでいる。明快な出口が見えないために、閉塞感だけが横溢しているのが現状ではなかろうか。

石炭から石油への変化

ASP・SaaS白書 写真1 ASPICが刊行した「ASP・SaaS白書

そうした中、出てきたのが「クラウドコンピューティング」だ。政権交代と前後して、総務省が「自治体クラウド」、「霞が関クラウド」構想を発表。ASP・SaaSインダストリ・コンソーシアム(ASPIC)が「ASP・SaaS白書2009/2010~クラウドコンピューティング時代の主役へ〜」と題した白書を刊行した(写真1)。

雑誌や新聞もこぞってクラウドを取り上げ、特集を組んでいる。それだけ関心が高い証左といっていい。別の見方をすれば、よかれ悪しかれ閉塞感の打破を望むという意味で、総選挙の投票行動と類似する。

この新しい言葉が注目されるようになったのは2年前だが、なかなか実態が見えないこともあって一時はバズワードとされ、「クラウドはいまだ曇り」と揶揄された。ところが日本郵政やエコポイントシステムにSalesforceCRMが採用されたのを機に、クラウドは一気に現実味を帯びて語られるようになってきた。

ASPIC河合会長 写真2 ASPIC河合会長は「クラウドコンピューティングは21世紀になってようやく登場したIT領域の黒船」という

「クラウドはIT分野の黒船」と評するのは、ASPIC会長の河合輝欣氏だ(写真2)。「戦後経済の基盤を変えた石炭から石油への転換と同じような激変が、ITの世界でも起こるでしょう」と同氏は見る。白書発表会で同氏は、「手組みのシステム開発が全滅するとは思いません。しかし少なくとも主役の座から降りることになるはずです」とコメントした。

白書によると、2008年度に何らかの形でASP・SaaSを利用しているのは企業全体の17.5%、中小企業では約30%に達し、クラウドコンピューティングの市場規模は2015年に3兆円を超え、なかでも非製造業での利用が急増するという。そのうえで同白書は、「ASP・SaaSは支援業務アプリケーションを中心に中小企業に浸透してきており、中小企業が大企業と対等なIT環境のもとで市場競争機会を獲得できる環境が整いつつある」と結論づけた。

なるほど、これまでは投資額と人材の差が、大企業と中小企業のIT格差を生んできた。その格差は固定化され、社会・経済のIT化は中小企業を置き去りに進展してきたと言える。しかしASP・SaaS/クラウドは、その差を一気に縮めることになる。実際、従業員13人の機械部品製造業がSalesforceCRMを導入して機械部品の商社機能を持ち、大手と競合するようになった事例もある。

民間企業がASP・SaaS/クラウドを選択するのは、投資対効果が評価基準だ。では官公庁はどうかというと、今年7月に稼働したエコポイントシステムでは、「時間」という新しい評価基準が加わった。当初はっきりしていたのは、システムの運用期間は来年3月末まで、8月1日から本稼働という要件。これは手組みのシステム構築手法では全くクリアできないものだった。

経済官庁のある幹部は、「旧来型の手組み主体のソフトウェア業は、クラウドの普及でひとたまりもなく吹き飛ぶ可能性があります」と言う。「生産性の向上や“見える化”の自助努力を促してきたが、そろそろ我われは手を離すときかも知れません」─エコポイントシステムの成功体験が、行政官の一部でクラウドへの傾斜を強めているようだ。

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