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「IT部門が主体となって、グローバルITガバナンスを早急に確立せよ」─トヨタの元CIO天野氏

2009年12月14日(月)河原 潤(IT Leaders編集部)

景気低迷、円高、BRICsの台頭などの影響から、国内製造業を取り巻くビジネス環境がいっそう厳しさを増している。閉塞した状況の中で、昨今、今後の成長を海外市場に求めてグローバル経営に舵を切る企業が増え始めているが、その際、IT部門には「グローバルITガバナンスの確立」という難題が課せられることになる。2009年12月10日に東京都内で開催された「ITGF Japan Confrence 2009」(主催:日本ITガバナンス協会)では、基調講演スピーカーとして、トヨタ自動車 常勤監査役の天野吉和氏が登壇。同氏は、トヨタのグローバルCIOを務めた自身の経験から、グローバル企業において果たすべきIT部門の役割と、グローバルITガバナンスの重要性を説いた。

グローバル経営は製造業共通の経営課題

 景気の長期低迷に、ここにきての急激な円高も重なり、国内製造業は、まさに試練の時を迎えている。現在、多くの製造会社では、市場での競争力維持ひいては企業の存続を賭けての、新たな中期経営戦略の策定に迫られている。そうした中で最近では、今後の成長が見込みにくい国内市場にある程度見切りをつけ、将来のメイン市場を海外に求める企業がハイペースで増えている。グローバル経営の実現は今や、企業規模を問わない業界共通の経営課題の1つになっていると言える。

 危機感は、すでにグローバル市場で大きな成功を収めた、世界有数の巨大企業とて同様だ。北米市場をはじめとする自動車の販売不振や円高が大きく響き、2009年3月期営業利益が赤字に転落したトヨタ自動車がそうで、現在、同社が経営再建に向けてさまざまな施策を展開しているのは周知のとおりである。基調講演のステージに立った天野氏は冒頭、来場者に向かって、「はたして10年後や20年後、我々の会社は存続しているのだろうか」と問いかけ、中国、インドなど新興国の経済が急速に勢力を強めているなか、「信念と英知なくして、わが国の経済や産業の発展は望めない」と警告した。

トヨタ自動車 常勤監査役 天野吉和氏
トヨタ自動車 常勤監査役 天野吉和氏

 現在、常勤監査役の職にある天野氏は、2008年5月までグローバルCIOの役目を担ってきた、トヨタのITリーダーである。同氏は、IT部門を「会社組織を横串で見ることのできる唯一の組織である」とし、企業におけるIT部門の位置づけと役割について、自身の考えを語った。

 「IT部門の本質は、データ分析センターである。業務の効率化に力を注ぐことももちろん必要だが、ビジネスの状況や動きを把握したうえで定量化・数値化し、経営層や各部門のキーパーソンに、的確な意思決定を行うための情報を届けるという役割が何よりも大きい」(天野氏)。

強いIT部門の前提は
「全社から信頼される組織であること」

 天野氏がCIOとして常に心がけていたのは、「経営層や事業部門にビジネスの実態を具体的に示すことで、IT組織としての信頼を勝ち取ること」だ。それができなければ、“攻めのIT投資”を遂行できる“強いIT部門”であり続けるために必要な、潤沢なIT予算を確保することができないからだという。

 「横串で全社を見渡せる組織としての役目を、信念を持ってまっとうする。この積み重ねで、ようやく信頼を勝ち取ることができる」と天野氏は強調し、次のような例を挙げながら説明を続けた。

 「大企業では、各部門がそれぞれの考えや事情だけで動きがちだ。例えば、エンジンのチームは優秀なエンジンを製造することばかりを考え、タイヤ・チームはタイヤのことばかりを考える。そのままでは、車両を組み上げる段になったとき、どこかでアンバランスが生じてしまう。IT部門は、自社の業務を熟知し、部門間の情報の流れを把握したうえで、そうしたアンバランスの改善につながる情報を提示できなくてはならない」。

 IT部門が部門間の情報の流れを見る際の観点として、天野氏は、「プロセス図を見る」「データベースを見る」「組織・人を見る」の3つを挙げた。「まず、車両開発、流通、販売など全社のプロセス図を俯瞰し、どこにムダが生じているのかを洗い出す。次に、各拠点と各部門の業務マトリクスから重複箇所を見つけだし、業務や権限規定の見直しを図る。そして、各部門のキーパーソンは誰なのかを押さえることも重要だ。ここで注意すべきは、キーパーソンとは必ずしも部門・部署の“実力者”ではないということ。『この部門のこのチームには、こんなスキルを持った人がいる』といった視点で人や組織を見るように心がけてきた」(天野氏)。

IT部門の主導でグローバルITガバナンスを断行する

 講演の後半では、グローバル統合が図られたシステムの下、IT部門が主導してグローバルITガバナンスを強化していくことの重要性が語られた。天野氏は、グローバル規模においても横串で組織を見渡し、ムダや重複を地道に解消していくことで、管理対象は大幅に減り、効果的なガバナンス体制を敷けるようになると語った。

 天野氏はCIO時代、全世界でシステムの統廃合を行い、グローバル統一システム、カスタマイズ可能な標準システム、ローカル固有システムの3層に区分し、24時間・365日連続でリアルタイムに情報を共有するグローバル・インフラを完成させている。同インフラには、グローバル・システム監視センター/ヘルプデスクが置かれ、システムの集中監視・管理体制が確立されている。また、天野氏によると、トヨタでは、グローバルITガバナンスの維持・強化のため、欧州ISカウンシル、北米ISカウンシル、豪亜ISカウンシルの3地域からなる評議会を組織し、「グローバルITサミット」を定期的に開催しているという。

 上述のグローバル・インフラに加え、システム開発のプロセス統一も図られることとなった。天野氏とIT部門は各種の標準仕様を作成し、トヨタのあらゆるシステム開発プロジェクトに展開するための支援を行ってきた。現在、トヨタでは、どの拠点においても、トヨタ標準に沿ったシステム開発を容易に行えるよう、システム開発プロセスが標準化されている。標準化の仕組みはマニュアル(標準書)として、仕掛けはアーキテクチャ、ツールとして提供されている。これらに加えて天野氏は、「しつけ」も重要であると強調した。しつけは人材育成のことであり、統一されたシステム開発プロセスを正しく理解し、使いこなせるような人材の育成にも努めたという。

 「中長期の情報化計画を全社で共有し、グローバルで全体最適を図っていくことが重要だ。拠点ごとに個性があってこその大組織ではあるが、コントロールをきちんと利かせなくてはならないし、逆にガチガチの管理でもうまくいかない。IT部門が押さえどころをしっかり見極め、正しい手順を踏むことで、グローバル・ガバナンスは確立されていく」(天野氏)

 講演の締めくくりとして天野氏は、前半で述べたIT部門の役割を再び強調した。「データの清流化と分析を行い、業務の変化点やシステムの分岐点を見つけて、トップに提案する。IT部門の仕事はこれにつきる。非常に苦労が多い仕事ではあるが、信念を持って少しずつでも実績を積み重ねていただきたい。そうすれば、やがて会社の業績も上向き、来場者の皆さんの給料も上がり、日本経済も復興していくはずだ」。

ITGF Japan Confrence 2009
2009年12月10日 /ザ・グランドホール 品川(東京都港区)/主催:日本ITガバナンス協会
基調講演「情報化戦略におけるCIOの役割」(トヨタ自動車 常勤監査役 天野吉和氏)から
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