[最前線]

組織の壁を超えた情報活用で効率よく業務を遂行する─米ニューヨーク市の実践

異なる部局が管理する情報を統合して公共安全を向上

2010年6月3日(木)齊藤 宗一郎

経費削減の圧力は依然として強く、限られた人員で効率よく業務を遂行するために、情報活用の徹底が求められている。だが、情報活用によって目標とする成果を上げることは、口で言うほど簡単なことではない。往々にして、分析などに必要な情報はいくつものシステムに分散し、それぞれが異なる形式で管理されているからだ。そうした中、ニューヨーク市が推し進めている情報活用の取り組みは、企業にとっても参考になる部分が多い。同市は管轄が違う組織が管理する火災や犯罪に関する情報をデータウエアハウスに蓄積し、公共安全の向上に役立てている。
※本記事は日本IBM発行の「PROVISION No.64/Winter 2010」解説記事に一部加筆・編集して掲載しています。

ニューヨーク市には約830万人の居住者・通勤者・旅行者と、約5万4000人の警察官、約1万2000人の消防隊員が日々活動している。そして、新旧合わせて80万以上の建物が存在しており、2009年には約26万の建物を対象に点検が実施された。このような都市において高い公共安全を実現するには、膨大で複雑な情報の有効活用が避けて通れない。

しかしながら、往々にして情報は管轄局や部署に分散し、それぞれ独自フォーマットで入力・保管・管理されている。共有されることはほとんどない。

これらの既存情報を一元化して活用することができれば、よりよい洞察や仮説を導き出すことが可能になる。そうした考えからニューヨーク市は市長のリーダーシップの下、よりスマートな公共安全の実現に取り組んでいる。

以下ではニューヨーク市消防局(The Fire Department of the City of New York:消防局)と、ニューヨーク市警察(The New York City Police Department:NY警察)の取り組みを解説する。

ニューヨーク市消防局
建物解体時の火災発生を受け事故防止に向けた法案を検討

2001年に発生した米国同時多発テロ事件で損傷を受けた前ドイツ・バンク・タワーは2004年に全面取り壊しが決定し、2007年に取り壊し作業が始まった。その際、同年8月の取り壊し作業中に火災が発生し、消火活動で2人の消防隊員の尊い命が奪われた。

この建物は不燃性ではない樹脂製の床材を使い、非常階段も部分的にふさがれていた。だが、数年間にわたり点検されず、ホースに水を送る給水塔が故障していることに気付かなかった。そうした状況下で20分も消火活動をせざるを得ず、惨事を招いた。

この惨事については、消防隊員が事前に建物の情報を把握していれば死亡事故を防げたといわれている。そこでニューヨーク市は同月、同じような惨事を2度と繰り返さないような仕組みを検討するワーキング・グループを市長のリーダーシップにより発足。ワーキング・グループはおよそ3カ月間の検討の末、「建物の建設および解体・除去作業プロセスにおける監督と規則の強化(Strengthening the Oversight of Con-struction, Demolition and Abatement Operation)」という報告書を提出した。

報告書では点検業務、情報共有、監督、現場での作業管理に着目し、28項目の課題を抽出した。例えば、ニューヨーク市建物局(Department of Buil-dings:建物局)や環境保護局(Depart-ment of Environmental Protection)など、異なる局で責任範囲や情報管理が重複しているといった課題をまとめた。

そのうえで報告書は、課題解決に影響する現行の法令や規則を調査し、情報共有や点検、除去・解体作業に関する33項目を提言。ニューヨーク市は現在、提言の一部を新たな法案とするかどうか検討している。

検討中の法案の内容は多岐にわたる。具体的には作業現場における禁煙の徹底にはじまり、給水パイプの色に関する統一ルール、アスベスト除去で建物局と環境保護局が情報共有するための組織「Asbestos Technical Review Unit(A-TRU)」の設置、アスベスト除去と建物解体を同時に作業する場合の建物局、環境保護局、消防局の連携などが含まれる。このうちアスベスト除去と建物解体を同時に実施する場合の連携については、ヤンキー・スタジアムの解体作業で実際に採用・実施された。

ITを駆使して複数の管轄局がタイムリーな情報共有へ

報告書ではIT活用に関する提言もされた。消防局はITを駆使して建物局と環境保護局とタイムリーに情報共有するシステムを開発し、紙ベースの点検からシステムに直接入力する点検プロセスへと変革すべきというのが、1つだ。この提言を受けて2007年11月、システム化を検討することが決まった。

IBMは2008年4月、4年間のシステム構築ロードマップを提出し、同年11月に「Coordinated Building Inspection and Data Analysis System(CBIDAS)」と呼ぶデータウエアハウス(DWH)の構築プロジェクトが立ち上がった。プロジェクトは4つのフェーズで構成し、フェーズ1ではリスクベースの点検を実現可能にする(図1)。続くフェーズ2では建物安全点検と勧告などの法執行を自動化、フェーズ3〜4ではWebポータルとデータのアクセス可能範囲を拡張する。

図1 ニューヨーク市消防局の「Coordinated Building Inspection and Data Analysis System(CBIDAS)」構築プロジェクトのフェーズ1
図1 ニューヨーク市消防局の「Coordinated Building Inspection and Data Analysis System(CBIDAS)」構築プロジェクトのフェーズ1

CBIDASで扱うデータは多様だ。消防点検など消防局内の情報に加え、建物局と環境保護局、都市計画局(Depart-ment of City Planning)の情報を取り込む。さらには地下鉄駅の構内情報、建設会社やテナントが保有するデータや情報も取り込む構想になっている。

それらのデータや情報をCBIDASに一元化するには、各種データと情報の整合性を確保しなければならない。というのも、建物を認識するデータ1つをとっても、認識番号や正式名称、略称、通称が存在するからである。オーナーの変更や増改築後の新名称と旧名称は、組織が違えば異なるフォーマットでデータを認識しているのが実情だ。

DWHとBI技術を活用し出火の危険性や影響を解析

一元化の対象データには次のようなものがある。

[建物局]

電気設備や配管にかかわる各種認可の情報、所有者および管理者の名前や住所、電話番号などの連絡先、建物の高さ(階数)、火災報知機に関する詳細情報。

[都市計画局]

建物情報のプライマリーキーとなるBuilding Identification Number(BID)、建物の所在地の通りの名称や番地などの地理的情報、納税区域。

[環境保護局]

アスベスト点検履歴や今後のアスベスト点検スケジュール。

[New York Fire Incident Reporting System(NYFIRS)]

建物の火災事故の履歴と結果。

IBMはCBIDASプロジェクトにおいて、上記のデータをDWHに集約するアーキテクチャを設計し、どのような情報をどのように分析するかといったノウハウを集約したデータモデルを作成した(次ページの図2)。

図2 ニューヨーク市消防局の「Coordinated Building Inspection and Data Analysis System(CBIDAS)」のアーキテクチャ
図2 ニューヨーク市消防局の「Coordinated Building Inspection and Data Analysis System(CBIDAS)」のアーキテクチャ(図をクリックで拡大)

CBIDASが完成すれば、建物に関する各種点検や認可、違反に関する情報はDWH内に一元化される。これらに予測モデルや先進的なデータ解析といったビジネスインテリジェンス(BI)技術を適用することで、出火の危険性から出火時に想定される影響まで分析し、レポートを作成することが可能になる。

CBIDASの構築を機に、消防点検をはじめとする業務プロセスも変わる。実際には、スケジュールで固定化された点検だった従来のプロセスが、リスクベースの点検になる。結果として、リスクに応じて積極的な防火対策を実施して出火件数を抑制し、高い公共安全を実現できると期待されている。

消火活動においては、火災現場の建物の構造や用途、各種統計の情報から想定されるリスクなどを把握し、火災現場の消防隊員が持つ携帯用端末に事前に提供する。そうすることで、経験と勘だけに頼るより適切で安全な消火活動が可能になるとの期待が大きい。

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※本記事は日本IBM発行の「PROVISION No.64/Winter 2010」解説記事に一部加筆・編集して掲載しています。

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