[青木顕子のスウェーデンIT通信]

スウェーデン─ワイヤレスバレーが象徴する創発の風土

青木顕子のスウェーデンIT通信 Vol.1

2010年10月1日(金)青木 顕子

まずは、IT先進国の顔を持つスウェーデンの現況をおさらいしておこう。後半では、今、最も熱い注目を浴びるスーパーコンピュータプロジェクトを紹介する。

研究開発と活用の双方で世界のトップレベル堅持

スウェーデンに本社を置く世界的なIT関連企業の筆頭と言えば、移動体通信関連のエリクソンだろう。ソフトウェアの分野では、ビジネスアプリケーションを世界展開するIFS社などがよく知られるところだ。しかしスウェーデンの強みは、こうした企業が単に本社を構えていることだけではない。

産官民の連携意識が高く、個々の知を集結し「創発」へと導く風土が根付いているのだ。首都ストックホルムのアーランダ空港からわずか15分の位置にある“シスタ・サイエンスシティ”はその典型例と言えるだろう。別名「ワイヤレスバレー」とも呼ばれるこの地域には、IBMやマイクロソフト、グーグル、オラクル、シマンテック、中国のHuawei(華為技術)など、名だたる世界的なIT企業500社が研究開発センターを置き、先端技術や製品開発を競っている。研究開発を進める上で不可欠なビジネスインフラが整っていることに加えて、一流大学や研究所へのアクセスも容易という好立地である。その研究所の1つに、スウェーデン・コンピューターサイエンス研究所(SICS)がある。世界のトップ15に数えられるソフトウェア研究所で、唯一、米国外にある研究所である。

アルフレッド・ノーベルを生んだこの国は、発明家や起業家が多いのも特徴だ。2005年に日本でもリリースされたP2Pインターネット電話のSkype設立者であるニコラス・センストロム氏、音楽ストリーミングサービスSpotifyを世に送ったダニエル・エック氏などが象徴するように、発明を生み、育てる土壌がこの国にはある(ちなみにLinuxの開発者として知られるリーナス・トーバルズ氏は隣国フィンランド生まれである)。

次々に生まれるスウェーデンの先端技術には、海外からの投資も集まる。IBMによるTelelogic(ソフト開発ツール)や、HPのPipeBeach(VoiceXMLベースの製品や対話型音声ソリューション)、eBayのTradera(オークションサイト)、MotorolaのKreatel(IPTV セットトップボックス)といった買収劇は、ほんの一例にすぎない。

技術開発だけでなく、活用面でも世界のトップを走っている。2010年5月に発表された世界経済フォーラム(WEF)の「世界情報技術報告書(The Global Information Technology Report )2009~2010」において、スウェーデンは過去2度にわたる2位の座を経て、トップに躍り出た。この報告書は、通信ネットワークの充実度や、個人や企業、政府が革新や発展に情報技術を活用する能力を1)環境面、2)即応性、3)利用面といった角度から比較したもの。デンマーク(3位)、フィンランド(6位)、ノルウェー(10位)と、スウェーデンの隣国すべてがトップ10入りしている(2位はシンガポール、日本は21位)。詳細は本コラムでお知らせする予定だが、少なくともスウェーデンの先進性は、お分かりいただけるのではないだろうか。

科学革新に貢献するKTHのスーパーコンピュータプロジェクト

そんなスウェーデンで最近、話題になっているのが、スウェーデン王立工科大学(KTH)のスーパーコンピュータプロジェクトである。なぜなら、このプロジェクトは、科学の発展を左右するといっても過言ではないからだ。

「Eサイエンス」をご存じだろうか。科学技術のIT革命ともいわれるもので、スーパーコンピュータ、各種実験装置、観測装置といった研究リソースをネットワーク上で共同利用し、共同研究を推進する新たな方法論だ。欧米諸国では、数年前から研究開発が競われ、スウェーデンも国を挙げて推進している。

そんな中、世界トップクラスの科学研究センターを持つKTHが、総額約16億円を投資してクレイ社のスーパーコンピュータCrayXT6mを導入した。優れた演算機能をもつKTHのスーパーコンピュータは、ヨーロッパのスーパーコンピュータネットワークに接続。薬学、生物学、生命科学、気象予測、宇宙物理学、流体力学分野における共同研究活動を一気に加速するものとして耳目を集める。しかも、それだけではない。スウェーデンの国家プロジェクト「コア・Eサイエンス・フレームワーク(視覚化解析、数値解析、パラレル・アルゴリズム、数学モデリングなどのツール)」開発で、KTHのスーパーコンピュータは開発の要となるのだ。

期待が高まる一方で、もちろん課題もある。高度な並列処理に対応するソフトをいかに開発するかだ。目下、KTHとSNIC(Sweden National Infrastructure for Computing)のITチーム、科学者チーム(ユーザー)が総力を結集してチャンレンジしている。関係者は、あくまでポジティブだ。

現在、世界スーパーコンピュータ“TOP500”でスウェーデンは50位にある。この秋、KTHのスーパーコンピュータの導入が完了すれば、演算性能は305テラFLOPSでスカンジナビア最強となり、一気にリスト20位へと駆け上がる見込みだ。原子力研究開発機構のスーパーコンピュータで現在22位の日本を抜くことになるだろう。

いずれにせよ、今回のKTHスーパーコンピュータプロジェクトは、「Eサイエンス」におけるスウェーデンの国際的地位を高めるまたとないチャンス。激しく進歩を競う「科学」と「IT」。果たしてどんな協奏曲を奏でるのか。プロジェクトの進行から目が離せない。

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