[イベントレポート]

受託ソフト業もセカンドステージへ─クラウド時代に生き残るヒント

2011年3月10日(木)佃 均(ITジャーナリスト)

情報システムについて、「クラウドに向けたセカンドステージ」が迫られているのはユーザー企業だけではない。システムを構築し、運用するサービスを提供しているITベンダーも、好むと好まざるとにかかわらずセカンドステージに足を踏み入れざるを得ないのだ。なぜかといえば、クラウドコンピューティングが本格的に普及すると、ソフトウェアの価格は限りなく低下していくからだ。

ITベンダーが、定価12万円のソフトウェア・パッケージの機能をインターネット経由で月額利用料500円で提供するモデルを想定しよう。ASP/SaaS、いわゆる“チャリンチャリン”モデルだ。200件のユーザーを獲得できればパッケージ10本が売れたのと同じことになるのだが、遅かれ早けれライバル製品と料金競争が始まるだろう。クラウドモデルでは利用料金だけでない、プラスアルファの競争力が必須となるのは言を俟たない。

一方、クラウドが普及してもエンタープライズ系のシステム開発はなくなるわけではない。だが、いくつかのアプリケーションを個別に開発する仕事は消滅するだろう。自ずからソフトウェアの受託開発業務は減っていく。しかも受注価額はクラウドの利用料金に引きずられて、ますます下がっていく。多重取引の構造に依存して、人月単価方式で利益をあげるソフトウェア業の旧来のモデルは、一部で通用しなくなる。そのとき受託型ソフトウェア業はどうするのか。

ITサービス業の株式公開企業は何社?

ここで直近のITサービス業の状況を確認しておこう。確認するまでもない、と仰る向きもあるだろうが、半ば興味本位で目を通していただきたい。

株式を公開しているB2Bのソフト/サービス業に占める3月期決算企業のウエイトが高いのは他業種と同様である。このため3月期決算を見れば、おおよその業界の動向を探ることができるのは確かだ。さらに精度を高める上で、3月期決算以外の企業を加えた直近6カ月の業績はどうだったのだろうか。

6月/9月/12月期の企業は3カ月のズレなので、3月期決算企業に同期させることができる。その他の決算月の企業は四半期決算を調べて、直近の6カ月の数値を算出する。そうすることによって4〜9月を中心とする前後1カ月、つまり3〜10月における6カ月業績が算出できるのだ。たいへんに手間のかかることだが、何といっても筆者は“面白がり屋”である。閑に任せてトライしてみた。

ということで、それを踏まえて質問をいくつか。流行に即していえば「ITサービス産業検定」のようなものだが、もとよりこのような調査をやっているほど閑ではあるまい。答えられなくても落ち込む必要はない。

第1問:株式を公開しているITサービス関連企業が何社あるか、ご存じだろうか。単一業種で最も多いということは知っていても、具体的な数となると「?」と考え込んでしまう人が多いに違いない。

答えは406社だ。ただしこの中にはB2Cのインターネット接続サービス業やコンシューマ向けのゲームソフトメーカー、コンテンツ配信サービス業および、IT系人材派遣会社も入っている。B2Bの受託型ITサービス業をゲームソフトメーカーやコンテンツ配信サービス業と同列に論じることに違和感を持つ方もいるだろうが、地殻変動期なのだ、四の五の言っている余裕はない。

販売系(システム販売業やソフト製品・ライセンス販売業)を含む企業向け(B2B)ソフト/サービス業は283社(69.7%)で、その内訳は円グラフのようになった。受託ITサービス業(ソフトウェア開発、システム運用管理、BPOサービス)は192社となる。

第2問:2009年10月から2010年9月末までの1年間に上場廃止となったITサービス関連企業は何社だったでしょうか?

答えは過去最多となる34社だった。このうちB2Bのソフト/サービス業は27社(79.4%)。2008年までは株価の低迷や不透明な経理処理が上場基準に抵触するケースが少なくなかったが、昨年はM&Aや経営統合による意図的な上場廃止が多かった。ITサービス業界の再編が本格化してきたことを示している。

図1 IT関連株式公開企業における「B2B系ソフト/サービス業」の構成比
図1 IT関連株式公開企業における「B2B系ソフト/サービス業」の構成比
表1 株式公開ソフト/サービス系企業の直近6カ月の業績(1)
表1 株式公開ソフト/サービス系企業の直近6カ月の業績(1) (画像をクリックで拡大)
表2 株式公開ソフト/サービス系企業の直近6カ月の業績(2)
表2 株式公開ソフト/サービス系企業の直近6カ月の業績(2)

従業員数は増加という意外な結果

第3問:B2B系ソフト/サービス業283社、受託ITサービス業192社の従業員数は何人でしょうか?

答えは283社で35万2792人、192社で25万6574人だ。経済産業省の特定サービス産業実態調査(2009年度速報値)によると、情報サービス産業(ソフトウェア業、情報処理業、インターネット付随サービス業)の事業所数は1万5326、就業者は98万6223人となっている。

上場企業の数は全事業所数の1.8%に過ぎない。しかし従業員数は283社で35.8%、192社で26.0%を占めている。集計の対象にも従業員300人以下の企業が139社含まれているので、ITサービス業における大規模企業のウエイトは極端に高いことになる。

第4問:従業員数つながりの質問。足掛け3年越しの不況でITサービス企業の従業員はどれほど減少したでしょうか? 皆さんの感覚ではどうですか? 5%? 10%?

実は筆者は昨年の年初、ITサービス業のリストラが本格化する、と考えていた。雇用調整助成金の適用期限が切れること、ユーザー企業のIT投資に上向く兆しが見えないことなどが理由だった。1992年の秋に顕在化したバブル崩壊のとき、情報サービス産業の就業者数は3年間で約10万人減少した。このことから、今次のIT不況では15%程度の人員調整が行われるだろうと予測していた。

ところが集計結果は意外な数値だった。受託ソフトウェア業だけは1.2%減となっていたが、ITサービス関連企業全体の従業員数は決して減っていない。─驚いたことに283社ベースで前年同期比5.4%増、192社ベースでは8.3%増と増加していたのだ。計算式が間違っているのではないかと何度やっても同じ結果だった。景況が変化する前に内定を出していたためにブレーキをかけることができなかったといっていい。

第5問:ITサービス業は不況の底を脱することができたでしょうか?

これには立場によって様々な感想や印象があるだろう。ただ前述した筆者の調査と計算では、2010年3〜10月における6カ月間業績は、販売系を含む283社ベースの売上高が4兆863億2600万円で前年同期比0.7%増、本業の利益を示す営業利益は4695億7900万円で33.2%増、当期純利益は2319億9600万円で5.2倍増だった。また受託系に限った192社ベースの売上高は2兆5608億6900万円で8.8%減、営業利益は1253億7400万円で3.8%増、当期純利益は653億6600万円で25.3倍増だった。

水面下で変化は進展していたという事実

283社ベースで増収増益、192社ベースでは減収増益なので、「底打ち」宣言を出していいかどうかは微妙なところである。だが業態別に見たとき、受託ソフトウェア業が赤字決算から黒字に転換したことからすれば、最悪期は脱したといっていいだろう。

その結果、従業員1人当りの売上高は283社ベースで1.9%減、192社ベースで3.5%減、営業利益は283社ベースで0.4%減、192社ベースで0.9%増という結果となった。売上高、営業利益が減少しているのに従業員数が増えたのだから、1人当りの収益性が劣化するのは目に見えている。

長々と業績調査の結果を紹介したのは、受託型ITサービス業のダメさぶりを改めて強調するためではない。今回の調査ではっきりしたのは、「BPOサービス」という業態が確立されつつある、ということだ。言いたかったのは、このことにほかならない。

従来型の受託計算サービスやデータ入力・作成サービスは、ユーザーの要求に沿ってコンピュータ処理を実施する。ユーザーが処理を依頼するデータ量、すなわちプリントアウトした帳票の枚数や入力したデータ量に単価をかけて対価を請求する。

ところが、ここでいう「BPOサービス」は、インターネット技術と専門知識を駆使した業務代行サービスだ。サービスの主導権はITベンダー側にあって、対価は従量制(処理データ量×単価)だけでなく、定額制との併用もしくは定額制で決まっている。

総務・法務のコンサルティング・サービスばかりでなく、システム運用の技術とノウハウを応用したデータセンター・サービス、クラウド基盤の提供、プログラムの動作確認と品質チェック、アプリケーション・プログラムやシステムの保守、代金決済の代行、共通ポイント発行サービスといった業務に軸足を置く企業が56社に増加した。

56社の売上高、営業利益の前年同期伸び率は他の業態と比べ群を抜いて高い。従業員1人当り売上高はシステム販売とほぼ肩を並べ、営業利益はソフトウェア製品・ライセンス販売に次ぐ高さだ。こうした企業の成り立ちを観察すると、B2Cもしくはコンシューマ向けの「ネット系企業」とは異なり、つい数年前まで受託型サービスに分類されていた企業が少なくない。気がつけば業態の変化は水面下で急速に起こっていたのだ。

この記事の続きをお読みいただくには、
会員登録(無料)が必要です
  • 1
  • 2
関連キーワード

情報サービス / SIer / CIer / IT業界 / SI / JISA / ASP / SaaS

関連記事

トピックス

[Sponsored]

受託ソフト業もセカンドステージへ─クラウド時代に生き残るヒント情報システムについて、「クラウドに向けたセカンドステージ」が迫られているのはユーザー企業だけではない。システムを構築し、運用するサービスを提供しているITベンダーも、好むと好まざるとにかかわらずセカンドステージに足を踏み入れざるを得ないのだ。なぜかといえば、クラウドコンピューティングが本格的に普及すると、ソフトウェアの価格は限りなく低下していくからだ。

PAGE TOP