現在、多くの企業で検討が進められている働き方改革。その議論では、生産性の向上やワークライフバランスの実現といった目的が語られることが多いが、それらと同様に、あるいはそれ以上に重要となるのが、人事制度改革だ。本稿では、企業が人事制度改革を進めていく上で、不可欠となる「タレントマネジメント」について考察したい。

働き方改革で高まる人材の流動性

 近年、企業の取り組むべき重要課題として浮上してきた働き方改革は、企業の人事制度にも大きな変革を促す原動力となっている。そうした中で注目を集めているのが、「タレントマネジメント」に分類される人事系アプリケーションだ。

 タレントマネジメントは、主に人材の採用・育成・業績評価・最適配置などの機能を提供するものだが、その重要性が増している背景には、働き方改革のほかにも、日本型雇用制度の崩壊がある。従来の日本企業は、年功序列・終身雇用の雇用制度で社員の“愛社精神”を育成してきた。転勤や配置換えなど、負担の大きい人事命令が下っても、社員が会社の言うとおりに動いていたのは、この雇用制度に負うところが大きいだろう。

 しかし、すでに年功序列は崩れてきており、終身雇用の維持も怪しくなっている。そこへ来て、働き方改革である。働き方改革をめぐる議論では、生産性の向上やワークライフバランスの実現などがテーマになることが多いが、それだけが働き方改革ではない。今年3月に公開された「働き方改革実行計画」には、人材の流動性を高めるための施策も数多く含まれている。

 具体的には、「同一労働同一賃金の実現」「外部スタッフに対する公正取引の推進」「兼業・副業の推進」などであるが、これらは正規社員にこだわらず、柔軟な働き方を許容する社会へと導くための政策と言ってよい。日本型雇用制度の崩壊を加速させる政策と言い換えてもよいだろう。

 政府がこのような政策を打ち出している背景には、言うまでもなく、少子高齢化に伴う労働人口の減少がある。育児・介護などを理由に休眠状態にある労働力をテレワークの推進で活性化させ、ダイバーシティの推進で外国人労働者の雇用枠を広げたとしても、労働人口の減少傾向は止まらない。限られた労働人口で日本経済を成長させていくには、人材の流動性を高めて、労働者をより競争力のある産業分野にシフトさせていく必要があるのだ。

変革を余儀なくされる企業の人事制度

 人材の流動性が高い社会では、終身雇用体制での「悪いようにはしないから、ここは我慢してよ」は通じない。正社員であることが報酬やキャリア形成の面で有利にならないのであれば、不満を抱えながら今の会社に留まる理由はなくなる。仕事にやりがいを感じられない会社からは、優秀な人材がどんどん流出してしまう。

 人材の流動性が高まるということは、会社内で中途採用の割合が増えるということでもある。日本企業では、新卒一括採用を前提に、最初の数カ月だけ研修を行い、あとは配属先でのOJT(On Job Training)で、というパターンがよく見られる。しかし、中途採用で入ってくる社員は年齢もスキルセットもまちまちであり、画一的な教育プログラムでは対応できない。より柔軟で、実効性の高い教育プログラムが必要だ。

 高額な報酬を提示することで、優秀な人材を確保することはできるだろう。しかし、その人材を繋ぎ留めておくには、「この会社には自分を正当に評価し、成長させてくれる仕組みがある」と感じてもらえるようにしなければならない。これこそが企業が真剣にタレントマネジメントに取り組むべき理由であり、新時代の愛社精神の醸成、今どきの言葉で言えば「エンゲージメントの強化」につながる道なのだ。

クラウド、ビッグデータ、AIでよりパーソナライズされたサービスへ

 タレントマネジメント・システムに求められる役割を端的に表現するならば、社員のスキルセットを正しく把握し、個々人に合わせた教育プログラムを提供して潜在能力を引き出し、能力に見合ったポジションと報酬を与える、ということになるだろう。

 その対象領域は、従来からあるHR(Human Resources)やHCM(Human Capital Management)といった人事系アプリケーションと重複している部分が多いが、タレントマネジメントの特徴は、「労働者の自己実現を後押しし、いかにエキサイティングに仕事をしてもらうか」という視点からサービスが組み立てられている点にある。

 昨今のビジネスでは、「ユーザーエクスペリエンスの向上」や「プロダクトアウトからマーケットインへ」といった言葉で顧客第一主義の重要性が語られることがよくあるが、これになぞらえるならば、タレントマネジメントは人事系システムにおける「労働者第一主義」を具現化したものと言うことができよう。

 さて、タレントマネジメント・システムの市場を牽引するプレイヤーには、SAPに買収されたSuccessFactors、Oracleに買収されたTaleo、独立系のCornerstoneなどがあるが、これらに共通しているのは、クラウド、ビッグデータ、AIといったモダンなIT技術を活用している点である。

 この3つは、いずれもクラウドネイティブで開発されたSaaS型サービスであり、その導入の容易性という特徴を活かして、タレントマネジメントを大企業のみならず、SMB市場へと拡大させてきた。そして、クラウドに蓄積されたビッグデータとAI技術を活用して、サービスのパーソナライズ化を推し進めている。具体的には、利用者のスキルセットやプロフィール情報などと、教育コンテンツの情報(利用履歴や評価など)を組み合わせることで、個々人に合わせた最適なコンテンツの提案を行うといった具合である。

 もちろん、企業の人事制度改革は、最新のタレントマネジメントを導入すればよいというほど簡単な問題ではない。人事制度のドラスティックな変更は、評価や報酬が絡むだけに大きな反発を生むおそれがあるため、社員の意識改革、特に管理職の意識改革を並行して進める必要がある。場合によっては、企業理念まで立ち返って再考を迫られることがあるかもしれない。

 しかし、道のりが遠いから言って、手を拱いていてよい問題ではないだろう。むしろ、一朝一夕に変えられるものではないからこそ、いち早く着手すべきである。他社に遅れを取れば、貴重な人材が流出してしまう。その危機感を持って人事制度改革に取り組むべきだ。