組織全体で生産性を高め、イノベーションを生み出す真のワークスタイル変革を実現するためには何が必要なのか。前編では、PwCコンサルティングの井手健一氏に、ワークスタイル変革の重要性が高まるに至った背景、企業での現状、求められる考え方、基本要素について解説してもらった。後編は、実践編として、ワークスタイル変革プロジェクトを成功させるための有効なアプローチを紹介する。

>> ワークスタイル変革を「ただの掛け声」で終わらせない![前編]はこちら

変革プロジェクト推進の軸となる「チェンジマネジメント」

写真1:PwCコンサルティング シニアマネージャーの井手健一氏

 PwCコンサルティングが、企業・組織の変革を成功させるために行っている活動が「チェンジマネジメント」だ。チェンジマネジメントは経営改善手法の1つで、チェンジ(すなわち、変革)によって発生するあらゆる抵抗に対して適切に対処することで、当初期待していた効果を出すための一連の取り組みを指す。井手氏(写真1)は、この手法をワークスタイル変革プロジェクトの軸にして推進することができると説く。

 チェンジマネジメントに基づく変革プロジェクトは、以下の4つの観点から臨むことになる。

  1. 上層部のスポンサーシップ
  2. 組織分析
  3. コミュニケーション
  4. トレーニング

 1つ目の「上層部のスポンサーシップ」は、井手氏によると4つの中で最重要だという。完全なボトムアップで組織の変革が成功することはまずなく、経営陣が、なんとしてでも変革を成功させなければならないという意識を全社に対してトップダウンで発信することでプロジェクトが始動の途につく。

 2つ目が「組織分析」である。導入しようとする制度やシステムによって、どういった人にどういった影響が生じるのか、それぞれの役職に応じて、変革によってどういう影響が出るのかということを分析することが必要となる。例えば、これまでのビデオ会議システムであれば、海外と打ち合わせをするときも部下に一声かけて設定させていたような上司であっても、例えば、「Googleハングアウト」を導入した場合、自分で設定しなければならないなどの細かい部分である。

 その分析を基に、あなたには今後こういうことをやってもらうという「コミュニケーション」を取り、納得してもらったうえで、そのために必要なプログラムを考えて「トレーニング」を行う、というのが変革プロジェクトを駆動する一連の流れとなる。

 実際、プロジェクトを進めるにあたっては、組織分析を行った際に、その取り組みに対してポジティブな人かつ周囲の人たちに影響力を持っている人を特定し、プロジェクトチームを組成していくことも必要となるだろう。

 「チェンジマネジメントはスポンサーシップと組織分析にかかっています。組織分析さえしっかりしていればコミュニケーションとトレーニングはうまくいきますし、上層部によって正当化してもらえれば、現場の人が変革を受け入れる土壌が生まれるのです」(井手氏)

 例えば、富士フイルムホールディングスでは、ツールの導入に際して、専門家による講演や実際のビデオ会議のデモなどを盛り込んだ、賑やかなイベント要素のあるキックオフイベントを開催し、予想以上の数の社員に参加してもらうことができたという。その後も、地方の事業所を複数回フォローアップセミナーを行うことで、ツールの定着を図っている。これは、チェンジマネジメントに基づいて企業の変革を成功させた好例だ。

 もし、チェンジマネジメントがしっかり行わなかった場合、たとえ最新のツールを導入したとしても、「俺はこれまでどおりこれを使う」というような社員が多くなり、部分的な導入にとどまってしまいがちだ。意気込んで導入したものの、結局、社内に“塩漬け”状態になってしまったツールがあるかと問われたら、心当たりのある人も少なくないのではないだろうか。

最先端ワークスタイルを“体感”できる「Googleイノベーションゾーン」

 ご存じのように、ワークスタイル変革のためのITシステムがたくさん存在する。それらの導入における課題の1つに、ただ「働き方が変わる」と言われても、漠然としてイメージしづらいということがある。

 例えば、ERPやSCM、CRMなどといった業務システム/アプリケーションであれば、それらの導入で、業務にどれだけインパクトがあるのかを理解するのは比較的容易だ。一方、「ビデオチャットによるコミュニケーションで働き方が変わる」とか、「フォルダベースから検索ベースの情報管理に変えれば情報探索がよりスムーズになる」、「1つのファイルを複数のメンバーで共有して同時に編集することで生産性が向上する」といったことを言われても、これまでのやり方が身についている人ほど理解が難しくなる。

 そこで、PwCコンサルティングは、新時代のテクノロジーを使った働き方を体感してもらうための体験スペースを開設することにした。2016年6月にオープンした「Google イノベーションゾーン」(写真2)である。

 そこでは、グーグルがSaaSとして提供している企業向けオフィス生産性スイート「G Suite」(メール、カレンダー、ハングアウト、ドライブ、ドキュメント、スプレッドシートなど。2016年9月に「Google Apps for Work」から名称変更)を、業務のシーンに即したかたちで試用できる。口頭や資料だけの説明ではなく、実際に触れることで、文字どおり体感で理解・習得できるようになっているのが特徴だ。

写真2:Googleイノベーションゾーン。オフィスさながらの環境で、ワークスタイルを変える新しいITを試用できる(出典:PwCコンサルティング)

 「いらした方々の中では、Google ハングアウトに対する反応がとてもよいですね。従来の仰々しい電話会議を体験していた人たちが、クラウドベースで簡単につながることを目の当たりにして驚くケースが多いです。PCとモバイル端末をつなぐデモの場合、携帯端末は4G回線につないでいますが、モバイル向け4Gでもクリアに映像が映っていることに衝撃を受ける方々も多いです」(井手氏)

 実際にGoogleイノベーションゾーンを訪れるのは、経営企画室のような部署に所属している人が多いという。実際に社内で変革を進めていくに当たり、横断的な旗振り役として他部署に影響力を行使できる部署でもある。今後は、Googleのツールを導入している企業に向けたアイデアソンやワークショップなども開催していく予定だ。そこで出てきたアイデアを、Googleだけでなく他企業のクラウドサービスなどとの連携や、新しいサービスに取り入れていきたいとしている。

 「Googleイノベーションゾーンと銘打ってはいますが、グーグルのサービスだけにこだわっているわけではありません。新しい働き方、未来の働き方を考えた時に、1つの企業のクラウドサービスだけで完結することはないでしょう。ですので、例えば、グーグル以外のベンダーが提供する、リモートでブレインストーミングできるツールなどとの連携を社内で実験したりもします」(井手氏)

 また、G Suiteのようなツールは社員のアプリケーション使用履歴ログを扱いやすい特徴がある。井手氏によると、例えば、ログから、どの部署と部署が密に連携を取り合っているのかや、成果を出している部署はどういうコミュニケーションスタイルなのかといった事を分析し、他のチームに対してベストプラクティスとして適用していくなどといった活用が考えられるという。