[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

日本が学びたい、ドイツ中小企業の“プレタポルテ”なデジタル推進:第37回

2022年12月21日(水)麻生川 静男

ドイツテレコム(Deutsche Telekom)とドイツ中小企業協会(BVMW)は先頃、「Digital X Award」の受賞5社(4社、1団体)を発表した。同アワードは企業や社会システムのデジタル化に果敢に挑戦した新規性の高いプロジェクトに対して贈られるもの。受賞企業の顔ぶれからは、産業界、とりわけデジタル化に後れを取っている伝統産業や中小企業が参考とすべきロールモデルが見出せる。掛け声だけで、デジタルトランスフォーメーション(DX)が一向に進まない日本企業にとって学ぶべき点は多いはずだ。

パイロット的なDX推進の中小企業を選出

 ドイツの工業力の強みは中小企業にあり、連邦政府や地方政府が熱心にサポートしている。このことは本連載でも何度か紹介してきた(関連記事ドイツAI国家戦略の影と希望─米国や中国に伍する日は来るのか?:第20回提唱から10年、Industrie 4.0への取り組みの実態と10の提言:第26回)。

 近年顕著なのが、企業システムのAI導入やデジタル化の強力な推進で、ドイツテレコムとドイツ中小企業協会(BVMW)が主催しているDigital X Awardでもそれが如実に示された。同アワードは、過去7年にわたり開催してきたDigital Champions Awardを引き継ぐものだ。

写真1:Digital X Award公式Webサイト
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 ドイツテレコムによると、同アワードに選ばれるのは、中小企業にとってパイロット的な役割を果たすべく画期的で持続的なデジタルトランスフォーメーション(DX)によって、生産性の向上や新しいビジネスモデルを構築した企業である。

 受賞企業の選考は、スイスの2大学、ザンクトガレン大学(University of St. Gallen)とスイス連邦工科大学ローザンヌ校(Swiss Federal Institute of Technology in Lausanne)が推薦し、利害関係のない選考委員が行う。産業界からはドイツテレコム社長のハーゲン・リックマン(Hagen Rickmann)氏、BVMW会長のマルクス・イェルガー(Markus Jerger)氏、アカデミアからはザンクトガレン大学教授のヴァルター・ブレンナー(Walter Brenner)氏がその面々である。

 イェルガー氏は「デジタル化を『するかしないか』という議論はとっくに終わり、今は『いかにするか』を議論するフェーズに入っている。デジタル化は企業の死命を制すると言っても過言ではない。コロナ禍で、デジタル化が進んでいる企業ほど強靭であることが実証されれている」と述べている。

 また、Digital X Awardの発起人でもあるリックマン氏は次のように述べる。「我々は常に、多くのデジタルテクノロジーの開発や目の醒めるようなDXの事例を必要としている。受賞企業はすでに、新しいデジタル技術を現実のものにし、中小企業でも実際に使えることを証明している。受賞企業の事例から多くのことを学んでほしい」

 いみじくもイェルガー氏が指摘したように、コロナ禍がデジタル化の試金石となったことは、2年前からのわが国の数々の混乱ぶりを見ても頷ける。一方、リックマン氏の言葉にあるように、同アワードは、中小企業のデジタル化推進のための具体策を公開することが眼目であることが分かる。

受賞したデジタル先進企業の顔ぶれと取り組み

 今回の受賞企業は、それぞれ次の部門で最優秀と評された。他に、特別賞の意味合いである栄誉賞を設けている。

●デジタル製品とデジタルサービス部門
●デジタルプロセスとデジタル組織部門
●デジタルカスタマーエクスペリエンス部門
●中小企業のDX部門
●環境と社会に配慮した企業経営部門

 以下、Digital X Awardとドイツテレコムの発表内容を基に、受賞企業の取り組みを見ていくことにする。

デジタル製品とデジタルサービス部門:
Noelle+Norhorm
(家畜健康状態のデジタル管理システム)
 ギュータースローを拠点に創業65年を迎えるNoelle+Norhormは、フランスの医療機器メーカーDexisの子会社だ。産業プラント向けにフルターンキーシステムを納入している。同社の強みは、空圧、油圧、動力、標準工作部品などの技術とサービス/システム構築力にある。

 今回、受賞対象となったのは、家畜を飼育する厩舎のデジタル管理システムである。厩舎に取り付けられた各種センサーの情報を取り込んで蓄積、分析、視覚化し、他のシステムと連携するソフトウェア/ハードウェア/クラウドからなる。データから厩舎内の家畜の衛生状態や換気状態が分かり、養鶏場の場合は産卵個数の把握も可能だ。家畜の健康状態に悪影響を与えそうな事態が発生するとアラームで知らせてくれる。同システムは厩舎ではなく、屋外で家畜を飼育しているようなケースにも適用できる。システムの新規性はさまざまな企業の部品/ソフトを調達し、1つのエコシステムに構築したことだ。

デジタルプロセスとデジタル組織部門:
Rauschenberger Catering&Restaurants
(AIを活用したイベント会場での食材廃棄削減)
 Rauschenberger Catering & Restaurantsは従業員500人のケータリング会社。40年以上にわたり、スポーツイベントや見本市など大規模な会場にケータリングサービスを提供してきた。ミュンヘンとシュトゥットガルトには自社レストランを持ち、レストラン運営、顧客対応、料理のノウハウを蓄積している。
 ケータリングやイベント会場での食事の準備は、依然として手書き、メール、電話での連絡が主流だ。顧客対応に費やす時間が長くなり、ミスを発生しやすい。同社はコロナ禍によるロックダウン期間を利用してケータリングサービスの提供プロセス全体のデジタル化を図った。イベント時に必要な需要をAIで予測するシステムによって、廃棄食材の削減に成功している。

デジタルカスタマーエクスペリエンス部門:
Select
(自動車補修部品サプライチェーンアプリケーション)
 Selectは、ドイツの独立系自動車補修部品卸としては3本の指に入る大手である。ドイツ国内に99カ所のオフィスを構え、協力会社と共に日々1300台の配送車で3万社の顧客企業に補修部品を配送している。年間売上は5億ユーロ(約725億8000万円)にもなる。

 今回受賞の対象となったのは、同社が開発したドライバー、企業、工場をつなぐアプリケーション「vjumi」だ。自動車部品のサプライチェーンが大きく様変わりする流れに沿ってvjumiを投入し、従来のB2BモデルをB2B2Cモデルに変革。自動車関連企業間にとどまらず、顧客とも結びつける点が評価された。同アプリにはリアルタイムのAI診断技術が組み込まれており、リアルタイムで独立系修理工場に顧客の自動車に関連するデータが送信される。修理工場は、自動車が壊れて立往生する予兆を早期に検出して顧客に知らせることができる。現在、vjumiはBMW車専用だが、将来的には、BMW以外の車にも対応する予定である。

中小企業のDX部門:
Emons Spedition
(老舗企業のビジネスモデル変革)
 1928年設立のEmons Speditionは、全世界に100以上の拠点、3000人以上の従業員を抱え、運輸/物流業をグローバルに展開する老舗企業である。100年近い歴史を持つ同社は、世の中の技術/市場トレンドから取り残されているという危機感から、デジタル化の推進とビジネスモデルの変革を断行した。

 1つは「EmonsDIGITAL」という部門の新設だ。経営トップから顧客志向で高効率を目指したデジタル化を達成するべく、自由で大胆な改革を任された。社員、パートナー企業、顧客など関係者の幅広い課題と要望をどうすればデジタル化できるかを考えた結果、アジャイル手法を採用、新しいビジネスモデルの構築までこぎつけた。もう1つがアクセレーションと名付けられたプロジェクトで、ビジネスモデル変革のための技術/市場トレンドを収集・検索するものだ。これらの取り組みの結果、同社から2つの会社がスピンオフして独立するという成果を挙げている。

写真2:Emons Speditionの公式Webサイト
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環境と社会に配慮した企業運営部門:
German Volunteers
(スポーツイベント/ボランティア管理システム)
 フランクフルトに本拠を置くGerman Volunteersは、各種スポーツイベントに携わるボランティアの管理システムを構築した。ボランティアが、自身が参加したいスポーツイベントを検索できるようになると同時に、ボランティア各人の評価も確認できるようになった。すべてのスポーツイベントを横断的に管理する同システムにより、イベント開催者は、年々増加するボランティアの中から、自分たちが求める人材を採用することが容易になった。

栄誉賞:
#WeAreAllUkrainians
(ウクライナ支援プロジェクト団体)

図1:#WeAreAllUkrainiansのロゴマーク(出典:#WeAreAllUkrainians)

 ロシアのウクライナ侵攻により、多くのウクライナ人が生活に困窮し、国外に脱出した。この危機を救うべく、元プロボクサーのウラジミール・クリチコ(Wladimir Klitschko)氏とKlitschko VenturesのCEO、タチアナ・キール(Tatjana Kiel)氏は「#WeAreAllUkrainians」という団体を立ち上げた。同団体は、他の団体と協力して、輸送手段を確保してウクライナに留まる生活困窮者や国外に脱出した難民に食料、水、医薬品、衣服などを届けている。
 #WeAreAllUkrainiansは、ドイツのDFB財団と協力して活動資金カンパのための特別口座を開設した。ここに集まった寄付金はウクライナの困窮者/難民の緊急支援のために使われる。特に、戦地で出産した母親と新生児へのケアに振り向けられているという。

●Next:ドイツの中小企業のデジタル化に学ぼう!

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