[木内里美の是正勧告]

IT関連の紛争にも有用、裁判に代わる紛争解決手段「ADR」活用のすすめ

2024年2月29日(木)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

時折、ITシステムやソフトウェアに関する紛争・裁判のニュースが流れてくる。裁判に代わる紛争解決手段としてADR(Alternative Dispute Resolution)がある。ご存じの方も多いと思われるが、実際に当事者になってみないと具体的なことは分かりにくい。IT系の民間ADR斡旋人としての経験から解説してみたい。

 ADRはAlternative Dispute Resolutionの略称で、一般的に「裁判外紛争解決手続」と呼ばれている。公正中立な第三者が紛争の当事者の間に入り、話し合いを通じて解決を図る手続きである。日本では2007年4月に「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(通称:ADR法)が施行されてから定着し、昨年、国際水準に合わせるべく改正され、合意された調停の強制執行が可能となった。

 訴訟による裁判に比べると、ADRは一般に解決が速く、情報が公開されず、費用も少なくて済む。こうした費用や情報公開の面で、裁判にはしたくない、あるいはできない当事者が解決手段として活用できるのだ。

 ADRは裁判所や国民消費者センターなど行政系のほか、法務大臣の認証を受けた民間のADR事業者によって行われる。紛争解決手段として国もその活用を推奨していて、政府広報オンラインにも詳しい解説が掲載されている(関連リンク法的トラブル解決には、「ADR(裁判外紛争解決手続)」)。

IT関連では複数のADR事業者が存在

 民間のADR事業者は分野ごとの専門知識を活用するために、不動産トラブルや労務系のトラブル、金融トラブルなど、それぞれの業界団体やNPO法人などが担当することが多い。本誌読者にとって気になるのはIT/ソフトウェアに関係する紛争だろう。そこで以下では、IT紛争問題に関わるADRについて書いてみたい。

 IT紛争では裁判に至るケースが少なくなく、判例も多い。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「情報システム・モデル取引・契約書」(通称:モデル契約書)はこれらの判例を元にして、紛争や係争を未然に防ぐための契約の取り決め方をまとめたものだ。言い換えれば、IT係争の多くが契約の不備によるものだが、裁判になると情報が公開されてしまう。

 そこでADRである。IT関連の事案を専門に扱う民間ADR事業者は弁護士事務所系のIT-ADRセンターや、一般財団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)が運営するソフトウェア紛争解決センターなど複数ある。

情報は非公開で費用・時間も短くて済むADR

 紛争解決にはいくつかの方法がある。最も望ましいのは、当事者同士が話し合いによって解決する互譲的な解決である。被害や損害の程度が軽微の場合や当事者相互の信頼関係が維持されている場合はこの手段が取られる。しかし多くの紛争問題は感情的なことも影響して信頼関係が崩れていることが多く、法的な紛争解決の手続きが必要になる。

 一般的には裁判所の判決や調停によって解決を図る民事訴訟だが、もう1つがADRだ。筆者はIT系の民間ADRの斡旋人をしており、これまでに複数のADR案件に携わった。当事者だけでは解決できない紛争事案を裁判に持ち込むことなく和解できる可能性が高い仕組みであると実感している。改めてADRの特徴を列挙すると以下の点がある。

①中立公正である
②さまざまな情報は公開されることがない
③専門性の高い斡旋人団が審議することで納得性がある
④裁判より遥かに速く解決に導ける
⑤民間ADRに対する成功報酬はあるが、裁判費用より遥かに安価である

 このうち①の中立公正は当然として、重要なのは②の情報非公開だろう。IT紛争の当事者は、できるだけ裁判はしたくないと考えていることが多い。情報が公開されると、評判が傷つく恐れがあるからである。それに裁判になれば解決に時間や費用がかかり、当然、パートナーシップも壊れてしまうので、その後の関係は維持し難い。ADRが追求するのは一方的な判断ではなく、和解。相互に納得性があるところが有意な解決手続きである。

ADRの勘所と活用のすすめ

 民間ADRの流れを紹介しよう。まず申立人から依頼を受けた民間ADR事業者が、対応するチームを編成する。IT紛争では弁護士を交えて、ベンダーサイドの経験者とユーザーサイドの経験者が斡旋人となり斡旋団を構成する。紛争のほとんどは損害賠償金の請求であり、その妥当性や多寡が争点になっている。

 申立人からは紛争に至った背景などが書かれた主張書面や契約書などさまざまな資料が提供される。これに対し相手方からも反論としての主張書面やそれを裏づける資料等が提供される。申立人も相手方も弁護士を通じて主張するだけではなく、現場の当事者も同席して必要に応じて説明する。斡旋人は提供された資料を読み込み、矛盾点の有無や不足する情報、エビデンスとなる追加資料の提示を求めたりして、紛争の全容を把握していく。

●Next:民間ADR斡旋人経験からの「勘所」

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