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特殊詐欺とIT力で戦う―ジャパンネット銀行の取り組み

2016年12月1日(木)杉田 悟(IT Leaders編集部)

オレオレ詐欺や架空請求詐欺などの特殊詐欺は、依然として高い水準で発生している。犯罪手口は年々巧妙化するも、金融機関などの水際対策が功を奏し、返金率は上昇傾向にある。なかでも突出した返金率を誇るのが、ネット専業銀行のジャパンネット銀行(現PayPay銀行)だ。一般に被害が防ぎ難いといわれるネット銀行ながら、なぜジャパンネット銀行は高い返金率を実現しているのか、その取り組みを追った。

 警察庁の調べによると、2015年におけるオレオレ詐欺や架空請求詐欺などの特殊詐欺の認知件数は13,824件だった。2014年比432件の増加で、依然として多くの詐欺犯罪が行われている。一方、被害額は482億円と相変わらず高い水準だったものの、2014年比マイナス83億5千億円と減少傾向にある(グラフ)。

(グラフ)特殊詐欺の認知件数・被害額の推移(出展:警察庁「振り込め詐欺を始めとする特殊詐欺の被害状況」)
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 これは、警察と金融機関による水際対策が功を奏した結果と捉えることができる。例えば、銀行やコンビニなどでの声掛けや通報で、5割近くの詐欺被害が事前に防がれているという。いわゆる振り込め詐欺救済法(犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律)による被害者への返金率も上がりつつある。

 一方、顧客と直接相対することがないため、声掛けを行うことのできないのがネット銀行だ。2015年度のネット銀行全体での返金率は77.6%。決して低い数字ではないが、まだ20%以上の顧客の被害が回復されておらず、更なる返金率向上が求められている。

 そんな中、2015年度91%の返金率を実現したのがジャパンネット銀行だ。銀行の多くは、詐欺を察知した警察から要請があり、はじめて口座を凍結する。犯人が振込資金を引き出す前に凍結するのだが、警察からの要請を受けてからの凍結では、すでにお金が引き出されている場合がほとんどである。

 モニタリングセンター長の葦田俊雄氏によると、警察からの要請どころか「被害者から金をだまし取られたと、電話が掛かってきた時にはもう遅い」と指摘する。そこでジャパンネット銀行は、犯行グループの手に渡る前に被害者の資金を確保できる独自のシステムを開発した。

 ジャパンネット銀行はこれまで、特殊詐欺の被害を未然に防いだとして36地域の警察署から感謝状を授与されている。これはネット銀行の草分けである同行が、特殊詐欺に対して粘り強く対策を取ってきた結果といえるが、一方で、先進的なIT技術を取り込んできた成果でもある。

 2006年に、モニタリングセンターの前身であるモニタリング室が数名で発足した。ちょうどインターネットのオークション詐欺が出始めたころで、当時は情報提供があった口座や属性の怪しいもの、かつて止めた口座と同じメールアドレスを使っている口座などを見つけて止めるという対策を取っていた。

 その後、より精度を上げるため、属性だけでなく、取引の内容にも着目することにした。担当者の経験値から不正と思われる取引をパターン化、これを膨大に集めて属性とともに判断材料とした。1日2回データを抽出し、これは怪しいと思われる口座を止めていった。

成果が上がれば手間も増えるというジレンマ

 いろいろなパターンが集まると、一定の効果が見られるようになった。実態に即したモニタリングが行えていたが、止める口座数が増えるにつれて、対応する手間も増えるという状況に陥った。

 それだけではない。不正口座が増えると、今度は警察署からの照会も増えてくる。捜査照会は紙の書類で逐一提出する必要があった。不審な口座を止めるという成果が上がれば上がるほど事務作業が増えるという悪循環になっていた。

 葦田氏がモニタリングセンターに着任したのは、そんな大変な時期だった。着任すると、この混乱状態を収めるには人力だけでは限界があると悟り、即座に「ITを活用するべき」と決断した。まず考えたのが、止められた人からの抗議電話への対応。これまでのような対応では時間短縮は不可能だ。そこで、電話対応のフローを作成し、現場に反映させるようにした。

 葦田氏自ら、取引パターンごとに20数種類のコールセンター用のスクリプトを作った。担当者には、相手がどんなに居丈高にきても、とにかくパターンの通り応対するように指示した。するとみるみる効果が表れた。それまで平均1時間かかっていた電話対応がわずか5分で終わるようになったという。対応パターンも「ジャパンネット銀行に電話しても無駄」と思わせるような内容にすることで、抗議電話の数自体を減らすことにも成功した。

 更に、IT導入によるペーパーレス化にも取り組んだ。これまで担当者が口座を止める際には、紙の書類で決裁処理を行っていたが、Web画面を見て「これを止めたい」とボタンを押せば申請できるようにした。

 紙で提出していた警察署からの捜査照会資料。これにも手を入れた。警察から「口座の取引明細をいただきたい」と申し込まれると、時には過去数年分の明細書をダンボール3箱分用意することもあったという。手間もかかるし、「用紙の在庫が1日でなくなってしまった」ことも。

 「これは何とかしたい」と考えた葦田氏は、警察庁とも打ち合わせを重ね、ペーパーレス化の方向性を探った。さすがに、警察署のシステムにインターネットで直結することはできないため、CD-Rにデータを焼き付けて受け渡しすることにした。これは金融業界初の試みで、「現在でもほとんどの会社が紙で行っているはず」だという。照会書類のペーパーレス化は、警察署側にもメリットが大きく、紙で提出された明細は、各警察署員が手でデータ入力を行っているため、警察庁の担当者から感謝された。

 ペーパーレス化を急速に進めた結果、それまで5、6人がかりで行っていた処理を、2~3人で行えるようになったという。その分、顧客対応やモニタリングにリソースを割けるようになった。

 これで、どうやら第一段階は乗り越え、センターの体制も整備されてきた。しかし、いくらモニタリングを強化したとしても、冒頭述べた通り、特殊詐欺の実被害を防ぐまでには至っていなかった。そこで、「どうにか被害者を救済できないか」ということを次の課題に上げた。

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